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2017年3月8日水曜日

フィロンの聖書解釈 Siegert, "Early Jewish Interpretation in a Hellenistic Style" #3

  • Folker Siegert, "Early Jewish Interpretation in a Hellenistic Style," in Hebrew Bible/Old Testament: The History of Its Interpretation 1: From the Beginnings to the Middle Ages (Until 1300), ed. Magne Sæbø (Göttingen: Vandenhoeck & Ruprecht, 1996), pp. 130-98, esp. pp. 162-89.

フィロンが受けたギリシア語教育は極めて広範なものだったが、現実の科学と批判的な文献学については、他のアレクサンドリアのユダヤ人同様あまり通じていなかった。彼は開かれた性格であったため、しばしば劇場を訪れたが、一方でエルサレムに巡礼に行くような敬虔さも持ち合わせていた。またフィロンは、アレクサンドリアのユダヤ人の代表者であった。

フィロンは異教徒作家からの長い引用は避け、引用するにしてもホメロス、ピンダロス、プラトン、エウリピデスからのみ引用した。彼は他のユダヤ人作家には決して言及しなかった。フィロンにとって、字義通りの意味よりもより深遠な意味の方が重要だったが、かといって律法の字義的な遵守を放棄することもなかった。フィロンにはヘブライ語能力はなかった。ただし、ヘブライ語の用語や人名に関する語源学的なハンドブックを持っていたと考えられる。

フィロンの著作ジャンルは、1)問答、2)創世記の寓意的注解、3)律法解説、4)その他のテーマ別著作、5)歴史的・護教的著作に分けることができる。これらフィロンの著作の全体に寓意的解釈は行き渡っているが、聖書テクストへの言及の仕方が違う。またエウセビオスの引用のみで伝わっている『ヒュポテティカ』と『ユダヤ人のための弁明』という著作もあった。問答形式では、まず字義的な解釈をしたあとに寓意的解釈(自然的な場合と倫理的な場合がある)へと進むという複数アプローチを取った。寓意的注解では、はっきりと寓意的解釈に比重が置かれ、しばしば字義的解釈は否定される。律法解説では、聖書本文と解説とはゆるやかにしか繋がっておらず、創造から終末への普遍的な歴史の中で寓意的に律法が解き明かされる。

フィロンは神理解において神人同型説を避けている。存在する者たるホ・オーンは動きも感情も悪も超越し、物質と接触しない不可感な存在なのである。ではそのような超越的な神がどのように世界に影響を与えるかというと、それは神の力(δύναμις)が代わりにするのである。このように、フィロンの宇宙論において、神は超越的(プラトン主義)であると共に内在的(ストア派)である。フィロン自身はそこに、神の力の二元論という要素を加えた。すなわち、神を表わすときの「主(κύριος)」は力の展開や裁きを意味しており、「神(θεός)」は創造的活動や恵みを意味しているという考え方である。同様の二元論はラビ文学にも見られるが、そこでは逆に、「主(אדני)」が恵みを、「神(אלהים)」が裁きを表わしている。

霊感説。フィロンにとって、五書の著者は神ではなくモーセである。しかしモーセは単なる律法制定者ではなく預言者でもある。十戒を受けたときなど、モーセは神の力の機械的な反響として働くばかりであり、そこにモーセの意志は介在しない。フィロンの理解では、霊感は人間側のいかなる知的営為も認めず、ストア派宇宙論におけるプネウマのような力によって、機械的な因果関係が働くのである。そして音を発しているだけのモーセの言っていることの意味を探るのは、それを読んでいる読者の解釈に委ねられる。こうして聖書解釈の正当性が担保されるのである。

聖書理解。フィロンは五書を、モーセという単一の著者による統一的な著作だと考えていた。そしてその内容は、第一に創造、第二に歴史、そして第三に律法であると分類した。ただし、文献学的な観点やヘブライ語知識を持たない彼にとっての聖書とは、常に七十人訳であった。彼は七十人訳はヘブライ語テクストと完全に同一だと考えていた。彼がヘブライ語に言及するときは、名前などに関するハンドブックに依拠していたと考えられる。フィロンはときに預言書に言及することはあっても、その関心はほぼ五書に限定されている。タナッハの三区分は知っていたようだが、あまり正典意識は持っていなかった。

フィロンの字義的解釈は細部にこだわったものであり、同時代のギリシア語文法、修辞学、弁論術などを駆使したものである。一方で彼の寓意的解釈はより同質的で組織立ったものだった。寓意的解釈においては、自然学や倫理学に基づいた寓意のみならず、神秘主義的な寓意まで進んだ。また聖書の登場人物を象徴として捉えるという手法をしばしば用いたが、これはフィロンに限らずラビ文学やギリシアのホメロス解釈にも見られるものである。ただし、フィロンのそれはとりわけ豊かでかつ一貫性を持ったものだった。

フィロン受容。ユダヤ文学において、ヨセフスはフィロンに言及しているが、ラビ文学はその名前すら記録していない。異教文学においてもその足跡は残っていない。フィロンを最も重宝したのはキリスト教の聖書解釈者たちだった。アレクサンドリアのクレメンスやオリゲネスはフィロンを模倣し、エウセビオス、キュリロス、クリュソストモスらは彼を崇拝した。ラテン世界では、アンブロシウスがフィロンの名前を出さずにその著作をラテン語訳しており、アンブロシウスを通じてアウグスティヌスも大きな影響を受けた。ヒエロニュムスは『著名者列伝』にフィロンの項を入れている。

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2017年3月7日火曜日

『アリステアスの手紙』とアリストブロス Siegert, "Early Jewish Interpretation in a Hellenistic Style" #2 

  • Folker Siegert, "Early Jewish Interpretation in a Hellenistic Style," in Hebrew Bible/Old Testament: The History of Its Interpretation 1: From the Beginnings to the Middle Ages (Until 1300), ed. Magne Sæbø (Göttingen: Vandenhoeck & Ruprecht, 1996), pp. 130-98, esp. pp. 144-62.

『アリステアスの手紙』(以下『手紙』)とアリストブロスに関する箇所を読んだ。ヘレニズム期のユダヤ人注釈家たちは、ギリシア語聖書とは別物としてのヘブライ語聖書には言及しなかった。これは『手紙』とアリストブロスにも言えることである。

『アリステアスの手紙』はギリシア語訳五書の成立縁起を扱っているので、実際のところは「報告(διήγησις)」と呼んだ方が相応しい。物語部分は政治的なプロパガンダにもなっている。『手紙』によると、七十人訳の翻訳者たちが互いに「比較(ἀντιβολή)」することで訳文を一致させたという。このἀντιβολήとは、アレクサンドリア文献学においては「校合」を意味する言葉でもある。

『手紙』はモーセをユニークな存在としてではなく、むしろ古代における律法制定者のイメージを積極的に用いて描いている。また五書の訳文の完璧な正確さと、それを変更することの禁止とに触れていることから、五書の他のギリシア語訳に反対していることが伺われる。すなわち、これはユダヤ内部の議論であると言える。

『手紙』の特徴は、犠牲のような具体的な規則を、抽象的な価値に基づいた倫理に転換することで、メタフォリカルに理解することである。神の栄光は焼き尽くす捧げ物の煙によってではなく、魂の清らかさと神の崇高な概念によって高められる。

『手紙』は聖書的伝統をギリシア哲学の枠組みの中で守ろうとした。同書を歴史書として読むと疑わしいが(アレクサンドリアのユダヤ人は当地の文献学の伝統に関心を示さなかったので)、神学護教論の文書として読むと、終末論をなくして哲学を語ろうとしている点で知的作品だと言える。

アリストブロスは、二マカ1:10に出てくる人物と同一視されることがあるが、基本的にどのような人物だったかはまるで分っていない。『手紙』よりは修辞的魅力に欠ける問答形式の作品が、5つの断片のみ残っている。それらはすべてエウセビオスによって引用されたものである。ラテン世界ではヒエロニュムスのみが彼の名に言及している。

アリストブロスによれば、モーセの言葉は必ずしも表面的な意味で受け取るべきでなく、メタフォリカルに理解しなければならないという。また彼は、ソクラテス、プラトン、ピタゴラス、さらにオルフェウスまでもが実はユダヤの律法を模倣したのだと考えた。アリストブロスもまた、ホメロスやヘシオドスの黙示的な一節を引用することに集中するあまり、アレクサンドリアの文献学の伝統には疎かった。その神理解はストア派のそれに近く、アラトスの汎神論のような記述が残されている。

アリストブロスが聖書を引用する場合、ほとんど七十人訳に依拠しているが、ヘブライ語テクストに近いところも見つかっている(出3:20)。その引用は必ずしも字義的でなく、多くの場合は短い。聖書解釈に関しては、ある一節にはいつも付加的な意味があるはずだと考えた。複数の意味の解釈を求めるという点で、ヘブライ語の用語で言うところのダラッシュに近い。

まとめると、アリストブロスは自然的な意味に対して関心を持ち、『手紙』はより倫理的な意味に対して関心を持った。前者の方が後者よりも知的だった。

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2017年3月6日月曜日

聖書解釈前史としてのホメロス解釈 Siegert, "Early Jewish Interpretation in a Hellenistic Style" #1

  • Folker Siegert, "Early Jewish Interpretation in a Hellenistic Style," in Hebrew Bible/Old Testament: The History of Its Interpretation 1: From the Beginnings to the Middle Ages (Until 1300), ed. Magne Sæbø (Göttingen: Vandenhoeck & Ruprecht, 1996), pp. 130-98, esp. pp. 130-43.

本論文は、ヘレニズム期のユダヤ文学に関する優れた概説である。著者はまず、聖書の解釈に先立って、ヘレニズム期にホメロス作品がいかに解釈されていたかということから論文を始めている。当時、文法学校では生徒たちがホメロス作品を暗記し、そこから文法を学んでいた。すなわちホメロスは教材になっていたのである。さらに言えば、神の霊感を受けた神的な詩人だとも思われていた。しかし同時に、ホメロス作品の宗教的・倫理的内容に関して疑問視されるようにもなっていた。実際、プラトンは『国家』の中でホメロス作品を禁じている。

寓意的解釈。そこで不適切に思われる箇所を「解釈」することで、ホメロス作品を救おうという試みが行われたのである。そのときに用いられたのが、「寓意的解釈」という方法であった。ストア派によれば、ホメロスは実際に語ることができたことよりも多くのことを知っていたが、それを読者に「謎(αἰνίγματα)」として残したのだという。このストア派的な解釈は、ペルガモン学派の方法論に基づくものだった。

ストア派。ホメロス作品に見られる多神教的な世界観は、哲学者クセノファネスらによって攻撃された。ストア派は物質主義的な世界観を持っており、神的な存在のことを、エーテルやプネウマなどと呼ばれる何らかの火のようなものだと考えていたが、そうした世界のシステムを説明するために、伝統的な神々の名前を用いた。こうしたある種の「神学」は、ストア派による哲学の三区分(論理学、自然学、倫理学)における「自然学」に該当するものとなった。

アレクサンドリア文献学。アレクサンドリアにおいては、ホメロス作品は文献学(歴史的・批判的アプローチ)の対象となった。アレクサンドリアの図書館において、文献学者たちは伝えられているテクストを削除することなく、批判記号を用いて校訂した。当時、ホメロス作品を他のギリシア文学から区別するような正典意識があったため、引用するときにもテクストを改変することは許されなかったのである。また彼らは、「ホメロスをホメロスから解釈する」という原則を持っていた。

ハンドブック。ホメロス作品を解釈するに当たって出くわす問題点を解決するために便利な、ハンドブックも書かれた。高等学校の教師たちは、そうしたハンドブックを用いて授業を準備したのだった。代表的なものは、偽プルタルコス『ホメロスについて』、問答形式のヘラクリトス『ホメロス問題』、そしてコルヌートス『ギリシア神学抄』である。これらの他にも、ストラボンはホメロスの地理的な知識の正しさを基に、ホメロスを擁護した。

他の解釈法。ホメロス作品の解釈は寓意的な方法だけではない。中期プラトン主義者であるプルタルコスは、崇高な真理を伝えるために神話という形式も必要だと考えた。プルタルコスは寓意的解釈をまったく否定するわけではなく、象徴を「真の意味」にあえて置き換えたりせずに、神話の一般的な輪郭に適合するような類推を見つけようとしたのである。一方で、ウェルギリウスは、ホメロス作品を類型論的(typoligical)に用いることで、ローマの国家の起源を示してみせた。

ヘレニズム・ユダヤ文学の文脈においては、ヨセフスがホメロス作品の合成的な性質やテクストの多様性を指摘し、プラトンによる禁止にも言及している。しかしながら、興味深いことにヘレニズム期のユダヤ人は、ヨセフスを除いて、テクストに対する文献学的な観点に興味を示さなかった。ホメロス作品のみならず、聖書に関しても、アレクサンドリアの文献学が適用されるのはキリスト者であるオリゲネスを待たねばならなかった。その代わり、ユダヤ人は聖書を寓意的に解釈することにより大きな関心を持っていたのである。

古代においては、ユダヤ人はしばしば、他の民族から孤立していることを批判された。ユダヤ人は自分たちの礼拝を清浄に保つためにシナゴーグを建て、他の民族と交わることを望まなかったからである。そこでモーセもまた人間嫌いとして非難された。しかしながら、ユダヤ人は異教の神話や神学との接触を避けようとはしていなかった。彼らもまたホメロスを学び、ヘラクレスやヘルメスを称え、フィロンのような開かれた人物は劇場にも通ったのだった。

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2017年3月4日土曜日

修辞学の歴史 Kennedy, Classical Rhetoric

  • George A. Kennedy, A New History of Classical Rhetoric & Its Christian and Secular Tradition from Ancient to Modern Times (2nd ed.; Chapel Hill: The University of North Carolina Press, 1999).
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本書は、古典的な修辞学が古代から現代にかけてどのように発展したかを検証したものである。著者によると、修辞とは、特定の目的を遂げるために書いたり話したりすることで説得を試みるようなコミュニケーションのことであるという。そして修辞には、一次的(primary)なものと二次的(secondary)なものがある。一次的な修辞とは、口頭のもので、前5世紀にギリシアの修辞学の中で最初に出来上がったものであり、一方で二次的な修辞とは、より広く、文学、芸術、言説といった非口頭的な修辞のためのテクニックのことである。

一次的な修辞の発展は、前4世紀になると、ギリシアでソクラテス、プラトン、アリストテレスらの哲学によってなされた。これらの哲学の中にある「弁証法的な論法(dialectic reasoning)」は法廷においても活用されるようになった。アリストテレスの考えでは、修辞学はある人が無実の罪で牢屋に入れられそうなときなどに役立つという。また彼は、話し方、様式、配置などの具体的な修辞法についても議論している。

ローマ時代になると、キケロー『発明について』やクインティリアヌス『弁論家の教育』などは修辞学の教科書として使われた。いずれも、修辞学は人々の共通の善に使えるべきものだとしている。クインティリアヌスはイソクラテスからの影響を大きく受けており、修辞学的技法を洗練され得るものであるとし、また状況を支配するために使うものだと考えた。彼もまたアリストテレスのように、修辞学における話し方と様式に関心を持ち、体の動かし方、顔、腕、手、足などをいかに使うかをアドバイスしている。一方でキケローは、ソフィストの哲学の伝統と技巧的な修辞学のそれとを合成しようとした。話者は哲学に通じた上で、人々を楽しませつつ、異なった価値観へと聞き手を連れていくのである。

キリスト教時代の修辞は、聖書的なものと非聖書的なものとに分かれる。前者としては、旧約聖書の預言、説教、そして律法における修辞や、新約聖書の使徒行伝の使徒たちの修辞が挙げられる。後者としては、アウグスティヌスに対する護教家たちの説教などがある。上で見たギリシアとローマの修辞が、教父時代にキリスト教説教の中でいっしょになるのであった。異教の修辞とキリスト教の修辞との違いは、キリスト教においてはしるしや奇跡によって神の啓示が明かされたと信じていることである。キリスト教の説教には4種類あり、それぞれ宣教、預言、説教、称賛とされている。

オリゲネスは解釈の三つのレベルとして、論理的(logical)、倫理的(ethical)、感情的(emotional)と区分けしたが、これはアリストテレスの論理的(logos)、精神的(ethos)、感情的(pathos)に由来する。ただしオリゲネスは、神からの啓示は聖書のもともとの内容を変える可能性があると考えている。すなわち、オリゲネスは皮肉にも、聖書を解釈する際にはコンテクストから離れてはいけないという反面教師になったのである。

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古代と現代の文学批評の類似性 Nünlist, The Ancient Critic at Work

  • René Nünlist, The Ancient Critic at Work: Terms and Concepts of Literary Criticism in Greek Scholia (Cambridge: Cambridge University Press, 2009).
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本書はスコリアに注目することで、古代の文学批評の実態を検証したものである。スコリアとは、古代の文学作品の特定の一節に関する短い注釈を集めたもののことである。古代の文学批評に関する多くの研究では、アリストテレスの『詩学』やデメトリオスの『様式について』などといった論文が扱われることが多かった。そもそもW. Arendのような研究者は、アレクサンドリアの学者たちの仕事であるスコリアによって、文学作品としてのホメロスの詩は損なわれてしまったと考えていたほどであった。

一方で、著者があえてスコリアを選んだのは、第一に、スコリアは原理の形成よりもその応用を示すからであり、第二に、スコリアは諸論文よりも大きなコーパスを提供するので、より多くのトピックを扱っているからであり、そして第三に、諸論文が散文の修辞に注目するのに対し、スコリアは詩に注目するからである。著者はこのスコリアの利点を生かすために、ホメロス、ヘシオドス、古典劇作家、ピンダロス、カリマコス、テオクリトス、ロードスのアポロニオス、ルキアノスらの作品に関するスコリアを扱っている。

著者によれば、こうしたスコリアを集中的に扱うことによって、古代の注釈者たちは現代の用語で表わされる文学批評の概念をすでに知っており、それらを自分たちの文学批評において用いてたという。著者が扱っているのは以下のトピックである:プロット、時間、物語と台詞、焦点化、読者への効果、欠落と削除、詩的逸脱、著者の特定、様式、ほのめかし、隠された意味、登場人物、神話学、など。たとえば焦点化(focalization)に類似する議論としては、古代の注釈家たちは「話者を考慮することによる解決(λύσις ἐκ τοῦ προσώπου)」といった洗練された議論を持っていた。

こうした現代的な概念が、必ずしも当時の用語での表現ではないにせよ、実際に古代の注釈者たちによって親しまれていたというのは驚くべきことである。古代の議論の価値は、彼らがテクストにしたことと我々がテクストにしていることとの目を見張る類似性に注意を払うことで、現代の読者の目においても高いものとなる。

2017年3月1日水曜日

セルウィウスの寓意的解釈 Jones, "Allegorical Interpretation in Servius"

  • J.W. Jones, Jr., "Allegorical Interpretation in Servius," Classical Journal 56 (1960-1), pp. 217-26.

本論文は、ウェルギリウスの注解で知られるセルウィウスがどのように寓意的解釈を用いたかを検証した論文である。ラテン作家たちにとっての「寓意(allegoria)」とは、後代での用法のように解釈のひとつの種類のことではなく、いわゆる「比喩(figure of speech)」のことを指していた。つまり、セルウィウス自身はウェルギリウスの詩を寓意的に解釈したつもりはなく、ウェルギリウスが用いていた比喩表現を発見したと考えていたのである。

古代においては、現代で言うところの「寓意的解釈」に当たるものとして、四つの解釈法が考案された:第一に、「歴史的(historical)解釈」では、実在の人物や出来事が何らかの意味を暗示していると見なされた。第二に、「自然的(physical)解釈」では、神々が自然現象や力と同一視された。第三に、「倫理的(moral/ethical)解釈」では、神々が抽象的な概念に同一視されたり、表面上は悪の行為や状況に倫理的な価値が見出された。第四に、「エウヘメリズム的(euhemeristic)解釈」では、神々が神格化された人間の英雄たちのことだと理解された。著者は、これら四つの「寓意的解釈」に加え、セルウィウスの注解の中には第五の解釈として「ローマの祭儀からの(ex ritu Romano)寓意的解釈」とでも言うべきものがあると指摘している。

「歴史的解釈」は53例あり、あちこちで見られるが散発的であると言える。セルウィウスの考えでは、ウェルギリウスは『アエネーイス』の主人公であるアエネーアースの人物像をローマ皇帝に匹敵するものだと見なしていたが、実際にはそれはセルウィウス自身の考えであった。そこで、セルウィウスはウェルギリウスによってアエネーアースに帰されている行為を、皇帝による同様の行為の先駆けと見なしたのだった。

「自然的解釈」は35例ある。これは、ウェルギリウスが神々を描写するときに、あるときには神人同型的に扱い、またあるときには単純な自然現象として扱ったことに由来する。セルウィウスは「自然的解釈」を施すときには、ギリシアの自然哲学者たち(physici)に直接的に依拠したり、あるいは間接的に依拠したりした。間接的の場合には、ストア派のコルヌートス、偽ヘラクリトス、キケロー、ウァッローらを参照したようである。

「倫理的解釈」は18例あり、特に『アエネーイス』第6巻に集中している。セルウィウスはこの巻に出てくる冥界のシーンの全体を寓意だと見なしている。彼は特にエピクロス派詩人のルクレティウスや、ピタゴラスなどに依拠しながら、作中の出来事に倫理的な意味を持たせた。

「エウヘメリズム的解釈」は44例もある。多くの場合セルウィウスは、ウェルギリウスによって言及されている神話的な獣や怪物などは、もともとは別の存在が獣化・怪物化したものだと解釈しようとした。エウヘメリズムとは神々の起源を神格化された英雄に求める考え方であるが、セルウィウスの時代には神々は「自然的解釈」をされることが多かった。パラエファロスやポリュビオスのように、セルウィウスもまた神話のような物語(fabula)の元には何らかの真理が存すると考えた。そこで、セルウィウスはウェルギリウス作品中の獣や怪物とは、もともとは障がいを持った人や現実の動物を詩人が比喩的に表現したものだと解釈した。ただし多くの場合、セルウィウスの解釈には出典があった(ウァッロー、サルスティウス、ヒュギアノス、セプティミウス・セレヌス、エラトステネス、シチリアのディオドロスら)。

これらに加えて、著者は「ローマの祭儀からの寓意的解釈」を20例挙げている。これらの中で、宗教的な事柄に関するウェルギリウスの知識が執拗に議論されている。一見、あたかもウェルギリウスの見解であるかのように見えるが、『ダニエルのスコリア』と呼ばれるスコリアの中に収められたセルウィウスの注解は、実は彼自身のものではなく、アエリウス・ドナトゥスの失われた注解ではないかと考えられている。それゆえに、セルウィウス自身の注解ではこれらの解釈を否定することもある。なぜなら、第一に、セルウィウスの見解はより哲学的なものであり、第二に、少し前の世代であるドナトゥスの読者にとっては祭儀の問題は重要でも、セルウィウスの時代にはすでにそうではなかったからである。

以上より、セルウィウスが中世の寓意的解釈と異なり、単一のプランによって『アエネーイス』を寓意的に扱っているわけではないことが分かる。また一般的に、セルウィウスが言及している寓意は、ウェルギリウス自身が用いた寓意を明らかにしようとするものではなく、むしろ注解者自身の声や彼が影響を受けた者の声だと言える。

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死海文書と聖書の起源 Ulrich, The Dead Sea Scrolls and the Origins of the Bible

  • Eugene Ulrich, The Dead Sea Scrolls and the Origins of the Bible: Studies in the Dead Sea Scrolls and Related Literature (Grand Rapids, Mich.: Eerdmans, 1999).
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本書は、クムランで発見された写本のうちの聖書写本を主として扱うことによって、ヘブライ語聖書の起源について検証したものである。著者はDJDシリーズの編者の一人として、死海文書研究に長く携わってきた一人である。

本書でのクムランにおける聖書テクストの研究から著者が中心的に主張しているのは、聖書テクストの「多面性(pluriformity)」である。聖書の節や物語には二重あるいは多重の版が存在する。たとえば、出エジプト記にはマソラー本文と七十人訳の版と、4QpaleoExodmの版があり、エレミヤ書には七十人訳と4QJerbの短い版とマソラー本文の長い版があることが知られている。著者は、聖書テクストには唯一の権威あるテクストがあったのではなく、第二神殿時代を通して複数の版が存在していたのだと結論付けた。当時のユダヤ人は、単一の統一的なテクストを決めずに、多面性を保ちながら一定の文書をゆるやかに「権威ある」ものとして見なしていたのである。

聖書テクストに見られるこれらの多面性の理由を、Frank Moore Crossはそれらのテクストの成立した土地に求め(local text types)、Shemaryahu Talmonはグループに分けた(Gruppentexte)。これに対し著者は、写字生たちの貢献が大きかったと主張する。すなわち、写字生たちは、写本を写していく過程で、補足的な伝承を入れたり誇張したりして、テクストを調和させていったのである。

この写字生の貢献が聖書テクストの多面性の理由であるという点を説明するに当たって、著者は聖書学の方法論にも一家言を呈している。すなわち、聖書学者はしばしば、「テクストの作成(text's composition)」の問題と「(作成された)テクストの伝達と翻訳(text's transmission and translation)」の問題とを明確に分け、前者を文学的かつ神学的な判断に基づく「高等批評(higher criticism)」の領域とし、後者を完成されたテクストの筆写に関する「下等批評(lower criticism)」の領域として分けたがる。しかし、著者はこうした二項対立を作り出すのはやめにして、聖書テクストに関する創造的な文学活動はテクストの伝達の過程になっても続いていたと考えるべきだと主張した。実際、「多面的」なテクストのは後2世紀の前半まで並行して作られていったと著者は考えている。

こうしたテクストの「多面性」のひとつの証拠として著者が提示するのは、ヨセフス『古代誌』におけるサムエル記の扱いである。著者によれば、ヨセフスは『古代誌』においてサムエル記の内容を説明するに当たって、当然ヘブライ語聖書に依拠したわけだが、そのとき彼はマソラー本文ではなく、4QSamaに関係する別のヘブライ語テクストを用いたというのである。この発見は著者を有名にした。

またオリゲネスの『ヘクサプラ』についても研究を残している。著者によれば、オリゲネスが自身に入手可能なギリシア語テクストを、ヘブライ語テクストに合わせて「修正」したことは、そのギリシア語テクストの起点テクスト(別のヘブライ語テクスト)の持っていた別の伝承を失うことになってしまったという。いうなれば、オリゲネスはギリシア語訳のオリジナルに遡ろうとすることで、かえってそこから遠いところに行ってしまったということである。