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2016年2月6日土曜日

偽プルタルコス『ホメロスについて』概説 Lamberton, "Introduction"

  • Robert Lamberton, "Introduction," in Plutarch: Essay on the Life and Poetry of Homer, ed. J.J. Keaney and Robert Lamberton (American Philological Association American Classical Studies 40; Atlanta: Scholars Press, 1996), pp. 1-31.
Plutarch: Essay on the Life and Poetry (American Philological Association American Classical Studies Series)Plutarch: Essay on the Life and Poetry (American Philological Association American Classical Studies Series)
Plutarch

Oxford University Press, U.S.A. 1996-05
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偽プルタルコスの『ホメロスについて』は、ホメロスを諸学の祖として称揚しつつ、その言語、思想、世界観、そして作品の内容を分かりやすく説明した、初学者向けの古代のハンドブックである。本書は13世紀のマクシモス・プラヌデスによってプルタルコスに帰され、『モラリア』と共に保存されていたが、現在では明らかに著者はプルタルコスではないと考えられている(これを最初に主張したのはDaniel Wyttenbach)。というのも、4世紀に作成されたプルタルコスの著作リストである「ランプリアス・リスト」の中に本書は挙げられていないのである。とはいえ、本書の一部が3世紀のパピルスに残っていることから、プルタルコスと同時代から2世紀末頃までに書かれたものではあるとされている。このterminus ad quemの算定は、2世紀に発達したピタゴラス神秘主義的な寓意が本書のどこにも含まれていないことからくるもので、やや曖昧なものである。著者がプルタルコスを知っていた可能性も高いが、プルタルコス本人の主張と明確に異なることも述べられている。

偽プルタルコスの目的は、ホメロスを諸学の祖として証明することで、彼を称揚することであった。プラトンは、ソクラテスがしきりにホメロスを否定していたと書き残しているが、偽プルタルコスはこのプラトン的伝統には無関心であった。かといって、ストア派哲学に完全に依拠しているわけでもない。ただし、はっきりと反エピクロス派ではあった。また、彼は後代の思想家のアイデアをホメロスの記述の中に「発見」することもあった。

偽プルタルコスがホメロスの真作と考えていたのは『イーリアス』と『オデュッセイア』だけであり、それぞれ肉体の強さと魂の気高さとを象徴しているとした。ホメロスの作品に悪徳が登場することについて、彼は、ホメロスが徳と悪徳との両方を登場させたのは、読者が自分自身で倫理的感覚を磨き、自ら徳を選ぶように期待しているからだと説明した。すなわち読者の積極的な役割が求められているのである。

ホメロスの言葉遣いを、偽プルタルコスは寓意と定義している。彼によると、この寓意はあるものを別のもので言い換えることだが、そのとき皮肉や風刺が関係してくるという。寓意は、ヒント(ヒュポノイア)と言い換えることも可能である。こうした、表面上の意味以上の意味は、謎(アイノス、アイニグマ)という言葉でも表されている。

偽プルタルコスはホメロスが発明した人間の議論を、歴史的(ヒストリコス)、理論的(セオレティコス)、そして政治的(ポリティコス)とに分けている。歴史的議論は、過去の出来事の物語を扱うものである。理論的議論は、自然学(physics)、倫理学(ethics)、そして弁証法(dialectic)に分けられる。

理論的議論中の自然学の中では、宇宙論、神論、霊魂論などが扱われる。偽プルタルコスは、ホメロスが神を非肉体的、非物質的なものと考えていたと述べている。言い換えれば、ホメロスが肉体的な神を描いたのは、詩を書くにあたって必要に迫られたからだというのである。ホメロスの神々は、実際にはプラトン、アリストテレス、テオフラストスが考える神だったのである。霊魂に関しては、偽プルタルコスは特にピタゴラス主義的な考え方を持っていた(霊魂移入など)。プラトン『クラテュロス』からの影響も見られるが、それもピタゴラス主義的に変えられている。オデュッセウスの冥府下りも、魂の肉体からの分離と理解された。こうした物質的な魂理解はピタゴラスに依拠しているが、非物質的な魂というプラトンとアリストテレスからの影響も見られるという。倫理学に関しては、偽プルタルコスはストア派的というよりも、逍遥学派的であるという。とはいっても、オデュッセウスの英雄的行為のプラトン主義的理解とストア派的理解とを並置することもあり、こうした諸学派間の矛盾に関してはあまり興味を持っていないようである。

政治的議論は、実際にはホメロスの修辞学的側面、すなわち彼の演説の修辞学的力と弁論家のテクニックに関する彼の知識を扱っている。

興味深いのは、ホメロスの詩を占いに用いる観点である。偽プルタルコス以前にホメロスのテクストに魔術的目的のために言及しているものはないようである。こうした叙事詩を占いに用いるという方法は、ハドリアヌス帝の時代にウェルギリウスの『アエネーイス』を寓意的解釈することで始められたことなので、ローマで生まれた実践法がギリシアに輸入された好例であるといえる。

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