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2018年5月31日木曜日

教父学概論の定番 小高『古代キリスト教思想家の世界』

  • 小高毅『古代キリスト教思想家の世界:教父学序説』創文社、1984年。
古代キリスト教思想家の世界―教父学序説 (1984年)古代キリスト教思想家の世界―教父学序説 (1984年)
小高 毅

創文社 1984-11
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本書はいわゆる教父学(Patristic Studies)の入門書として定評のある一書である(ちなみに、本書によると「教父学(Patrologia)」という名称は、1653年、ルター派の神学者J. Gerhardによって確立された)。今から30年以上も前に、さまざまな教父の引用を豊富に紹介しつつも、不必要に難しすぎない入門書を書き上げた著者には、深い敬意を覚える。本書は現在でも、古代キリスト教思想家という「果てしない森」に分け入るための最適の一書であろう。

第1章で、著者は「教父」とはいかなる人を指すのかについて説明する。初期教会において、教師、特に司教が「父」という名で呼ばれていた。さらに、325年のニカイア公会議に参集した司教たちが、特別な意味で「父」と呼ばれるようになった。以降、公会議に参集し、信経を正しく解釈した司教たちが「父たち」すなわち「教父たち」と呼ばれた。しかし、後代になると、ヒエロニュムスのように司教ではなく司祭であっても、教父と呼ばれるようになる。このようにして基準を明確化していった結果、教父の定義としては、以下の4点が挙げられる:
  1. 教理の面で正統信仰を保持していること(doctrinae orthodoxia)
  2. 聖なる生涯(sanctitas vitae)
  3. 教会の承認(approbatio ecclesiae)
  4. 古代教会に属すること(antiquitas)
これらの基準を満たす教父としては、東方教会では、ダマスコのヨアンネス(749年没)、西方教会では、大グレゴリオス教皇(604年没)あるいはセビリアのイシドルス(636年没)が最後とされる。基準をひとつでも満たさない著作家は、教父ではなく教会著作家と呼ばれる。

第2章では、教父と聖書との関係が論じられる。すべての教父たちは、その信仰や思想を聖書のうちに培った。教父たちは、聖書を神によって書かれた一つの書と考え、新約はもとより旧約聖書の中にもキリストを見出している。ただし、彼らの旧約聖書は「七十人訳」と呼ばれるギリシア語訳であり、その翻訳は神感によるものだと考えられていた。ユダヤ人がヘブライ語原点を重視し、キリスト者が七十人訳を読むことによって、正典論が問題となった。使徒教父たちは外典からも多く引用したが、サルディスのメリトン、ユリウス・アフリカヌス、ヒエロニュムスらは、ユダヤ人の正典目録を重視した。これに対し、オリゲネスやアウグスティヌスらは、キリスト者の正典は教会の伝承に従うべきだと考えた。

第3章では、教父と伝承の問題が取り上げられる。伝承とは、もともとは父なる神に発し、使徒たちを通して教会のうちに伝えられたものである。エイレナイオスやバシレイオスらが生きた時代になると、グノーシス主義をはじめとする異端が現れたため、教会は正統信仰の確立を迫られていた。エイレナイオスは、教会のうちに保持されている伝承が唯一のものであり、その伝達は人間的な力によるものではないと主張した。すなわち、普遍性、古さ、同意性こそが伝承の特徴である。また聖書に基づく信仰は、個人の任意ではなく、伝承を伝える教会の中にあって初めて正しく理解される。つまり、伝承は、聖書と共に信仰の拠り所なのである。

第4章では、教父がどのように哲学と対峙したかが描かれる。ユスティノスは、キリスト教を哲学と見なし、自らを哲学者と呼んでいる。こうした考え方はユスティノスだけのものではなく、異教徒のガレノスもユダヤ人とキリスト教徒を哲学者と呼んでいる。事実、ユダヤ教からの自立と、断続的に襲ってくる迫害から身を守るために、キリスト教知識人が必要とされていた。ユスティノスはストア派のロゴス論をキリスト教的に解釈している。彼の先達者であるアレクサンドリアのフィロンによれば、理性によってギリシアの哲学者たちが習得したことは、啓示によってモーセが習得したこと類似性が認められるが、それは哲学者たちが聖書に負っているからであるという。ユスティノス、オリゲネス、アレクサンドリアのクレメンスらは、この考え方を引き継いでいる。一方で、哲学に対して不信を抱く者たちもいた。その代表者がタティアノスやテルトゥリアヌスであるが、異端との論争において、彼らもまた哲学的な語彙を用いるのであった。

第5章では、教父と異端との関係が語られる。異端とは、キリスト教の教理において、洗礼を受けた人物によって保持された教説であり、それが教会によって退けられ、教会から排斥すると宣言された偽りの教説である。異端の思想は、その原典が残っていないことが多いため、論争相手だった教父たちの著作を通して知ることができる。異端とは、ギリシア語の「選択する」に由来し、ある教説や生き方を選択することである。言い換えれば、使徒たちの伝承と権威を否定し、自分の選択によって偽造の教えを奉じるということである。それゆえに異端はしばしば、ラディカルな理想主義や英雄的なリゴリズムを必要とし、その信徒は少数になる。またラディカルに反社会的であることも、社会に対してまったく無関心であることもある。そして終末論的ラディカリズムに向かう傾向がある。教会は、教会会議によってこれらの異端に対処した。

第6章では教父と神学である。神学という言葉は、ウァッローの「三種の神学」に端を発することからも分かるように、もともとは異教の神々について述べる合理的な説明のことを指していた。これをキリスト教に適用したのはオリゲネスであった。彼は父と子の神性に関する考察を神学的考察(theologia)と呼んだ。これをエウセビオス、ナジアンゾスのグレゴリオスらが踏襲した。西方教会では、同様の用法は12世紀のアベラルドゥスまで待たなければならなかった(中世においては、聖なる教え(sacra doctrina)という言葉が支配的であった)。また教父たちの「神学」は、トマス・アクィナスの神学大全のような体系的な思想ではなく、実践的動機や外的状況、すなわち異郷や異端に対して信仰を擁護するためのものだった。体系化の動きは、オリゲネス『諸原理について』、ニュッサのグレゴリオス『大信仰教育講話』、エルサレムのキュリロス『信仰教育講話』などにわずかに見られるのみである。

第7章では司牧としての教父の姿が語られる。教父たちは司教として、典礼儀式の充実を図った。東方教会で行われていた詩篇や賛美歌の詠唱は、ミラノのアンブロシウスによって西方教会に取り入れられた。説教の名手としては、アウグスティヌス、ナジアンゾスのグレゴリオスらが挙げられる。説教の中でも特に聖書講話は、オリゲネスやヨアンネス・クリュソストモスらが得意とした。

第8章では、信仰の人としての教父が論じられる。教父といえども人間であり、欠点がある。とりわけヒエロニュムスやアレクサンドリアのキュリロスらは性格的に問題があった。教父たちの信仰の発露として、隠遁生活や修道生活がある。これはアントニオスによって始められた習慣だが、迫害の世から逃れるための生活ではない。むしろ、砂漠で悪魔との戦いに赴くことだった。バシレイオスやナジアンゾスのグレゴリオスは、修道生活を共にしながら、オリゲネスの『フィロカリア』を編んだ。

本書には、教父からの引用が豊富だが、それぞれの教父の生涯などについてはほとんど触れられていない。そうした情報については、同じ著者の『父の肖像』(ドン・ボスコ社、2002年)がある。

父の肖像―古代教会の信仰の証し人父の肖像―古代教会の信仰の証し人
小高毅

ドン・ボスコ社 2002-07-01
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2016年11月7日月曜日

1-2世紀の教会における聖書 Simonetti, Biblical Interpretation in the Early Church #1

  • Manlio Simonetti, Biblical Interpretation in the Early Church: An Historical Introduction to Patristic Exegesis (trans. John A. Hughes; Edinburgh: T&T Clark,1994 [1981]), pp.1-33.
Biblical Interpretation in the Early Church: An Historical Introduction to Patristic ExegesisBiblical Interpretation in the Early Church: An Historical Introduction to Patristic Exegesis
Manlio Simonetti Anders Bergquist

T&T Clark Ltd 2002-02
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本章では、1世紀から2世紀にかけての聖書解釈の概要を扱っている。

ユダヤ人とギリシア人の聖書解釈は、それぞれ字義的解釈と寓意的解釈とを特徴としている。キリスト教会において、字義的解釈は、とりもなおさずユダヤ人の聖書解釈のことだと同一視されていた。初期のユダヤ的聖書解釈としては、タルグム、ミドラッシュ、そして死海文書のペシェルが挙げられる。いずれも、聖書を現実的(actualizing)に解釈しようとする点が共通している。

ギリシア人は、文学的・哲学的テクストを読み解くテクニックの伝統を持っていた。彼らは注解形式で詩や哲学書に注釈を加えた。ギリシア人の解釈テクニックである寓意的解釈には、二つのレベルがあった。第一に、著者自身が意図していた深い意味を探るというもの、そして第二に、著者自身さえ意図しなかった深い意味を探るというものである。ギリシア人は、特にホメロスのような権威ある作品を解釈する際には、それを寓意的に捉えることで、ホメロスが馬鹿げた神話に言及していても、そこには別の意味があったに違いないと考えてホメロスを正当化したのだった。

ヘレニズム化したユダヤ教アレクサンドリアのフィロンは、注解形式と問答形式の聖書解釈を残している。彼は、ギリシア人がホメロスの解釈に用いてきた寓意的解釈を聖書に用いることによって、神人同型説を解決しようとした。これは、ギリシア人にユダヤ教を紹介することでもあった。フィロンは、字義的解釈を完全に否定したわけではないが、あくまで寓意的解釈に対して副次的なものとして理解していた。フィロンの寓意的解釈として特筆すべきは、聖書に出てくるものや場所や人の名前を、語源学的に解釈することで、寓意的な意味を引き出したことである。

新約聖書は、当時のユダヤ教の聖書解釈の方法論に従って、旧約聖書を解釈している。それは、新約聖書における旧約引用やミドラッシュ風の部分、またペシェル風の部分に見ることができる。新約聖書は、旧約聖書をメシア的に読解することで、イエスのメシア性を証明しようとした。

初期キリスト教の保守的なグループは、イエスへの信仰とユダヤ法の順守とを結びつけたが、パウロを始めとするグループは、隠された霊的な使信にこそ価値を認めた。彼らは、本当の割礼ではなく心の割礼を求めた。彼らの聖書解釈の特徴は、予型論(typology)的解釈である。彼らは、旧約聖書の出来事を、キリストと教会の予型として寓意的に解釈したのである。

初期キリスト教ローマのクレメンスは、旧約聖書を主として字義的に解釈した。ただし、パウロのように、旧約聖書の登場人物のことを、キリスト教信仰の好個の例として重視した。『イグナティオスの手紙』にはあまり旧約聖書は使われていないが、『偽バルナバの手紙』は旧約聖書をほとんどミドラッシュ的に解釈している。偽バルナバは、ユダヤ人が律法を字義的に解釈するあまり、その霊的な意味を逸してしまったのだと主張した。そこで、特に数字をシンボリックに解釈することで、旧約聖書から寓意的解釈を引き出した。

グノーシス主義。上のように、キリスト教は旧約聖書を予型論的に解釈することで、教会において旧約聖書が占める位置を確保したわけだが、キリスト教グノーシス主義者たちは、至高神の啓示としての新約聖書に対し、旧約聖書は創造神(デミウルゴス)の啓示であるとして、これを否定した。ただし、ウァレンティノス派のプトレマイオスのように、律法をある程度認める中葉の立場の者もいた。『ヨハネのアポクリファ』は、律法に書かれていることはモーセの能力を超えるものだったために、律法は事実と異なることを含んでいるのだと主張した。それゆえに、キリスト教グノーシス主義者は、旧約聖書を寓意的に解釈したのである。

グノーシス主義者の新約聖書の解釈もまた、キリストの啓示を明らかにするための寓意的なものだった。ウァレンティノス派は数字のシンボリズムに注目し、プトレマイオスやヘラクレオンはヨハネ福音書を念入りに解釈し、一節毎の組織的な注解書を著した。

アジア学派の反ユダヤ的・反グノーシス主義ユスティノスは、律法を完全に否定するのではなく、その価値を認めていた。しかし、律法はあくまでもキリストと教会の予型(typoi)であり、ユダヤ人にとっての預言(logoi)ではないと主張した。彼によれば、ユダヤ人は預言はすでにキリストによって成就していることを認めようとしないので、依然として予型をその表面的な部分でしか捉えていないのだという。アジア学派の特徴としては、予型論を重視するが、それをあくまでキリストや教会の具体的な出来事と結びつけることである。すなわち、アレクサンドリア学派のように霊的な応用をあまりしなかった。

もう一人のアジア学派であるエイレナイオスは、旧約と新約とを連続的に捉えようとした。彼もまた、ユスティノスのように、予型(typoi)と預言(logoi)との区別を重視した。彼はレビ記における、反芻とひづめによる動物の区別を用い、反芻とは律法を咀嚼すること、そしてひづめとは父と子に対する硬い信仰のこととすることで、キリスト者、異教徒、ユダヤ人を比較した。すなわち、キリスト者は反芻しひづめがある者、異教徒は反芻もひづめもない者、そしてユダヤ人は反芻するばかりでひづめがない者だと言うのである。

ユスティノスもエイレナイオスも、アジア学派の物質主義的な特徴どおり、基本的には字義的解釈を重視した。その際には、聖書の神人同型説的な記述にも違和感を覚えなかったようである。しかし、律法の予型論的解釈を用いることで、寓意的解釈をも認めていたと言える。彼らは旧約聖書の出来事をキリストの予型と捉えるという意味では反ユダヤ的であり、一方で、旧約聖書を認め、過度な寓意的解釈を否定したという意味では反グノーシス主義的であった。こうした傾向は、テルトゥリアヌスのような教父にも見られることである。

ここからも分かるように、字義的解釈と寓意的解釈との違いは、聖書解釈のテクニック的な問題というよりも、さまざまな立場間の論争上の問題であると言えるだろう。

ヒッポリュトスもまた、新約聖書のみならず旧約聖書をも積極的に解釈することで、反グノーシス主義的姿勢を明らかにしている。彼の注解は教義的には一貫しているが、解釈テクニックにおいてあまり優れているとは言えない。彼はダニエル書における殉教の記述に注目し、反ローマ的な解釈を加えている。ほとんど予型論的解釈は用いていないが、唯一用いているのがスザンナのエピソードに対してである。彼の解釈は、ユスティノスやエイレナイオスもエピソードに基づく解釈に比して、より組織的なものだったが、聖書の文献学的な事実には無頓着だった。彼は旧約聖書をキリスト論的に解釈したが、はっきりとした原理は持たなかった。