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2018年8月17日金曜日

オリゲネスと旧約のテクスト問題 Kamesar, "The Problem of the Text of the Old Testament Before Jerome" 

  • Adam Kamesar, Jerome, Greek Scholarship, and the Hebrew Bible: A Study of the Quaestiones Hebraicae in Genesim (Oxford Classical Monographs; Oxford: Clarendon Press, 1993), 4-40.
本章は、ヒエロニュムスの前史としてのオリゲネスの聖書文献学について論じている。『マタイ福音書注解』15.14によると、オリゲネスは七十人訳をヘブライ語テクストに合わせることで、七十人訳の正しいテクストを再構成しようとしている。これを彼はテクストを「癒す」と表現する。しかし、このときオリゲネスがテクストのプラスやマイナスを示す校訂記号の付された、ヘブライ語聖書に基づいて修正された七十人訳をよしとしていたのかどうかは不明である。一方で、『アフリカヌスへの手紙』9(5)によると、校訂記号は、キリスト者がユダヤ人との論争において原典テクストの無知を糾弾されないようにするためだったという。

論文著者によると、問題は、オリゲネスがヘブライ語テクストに基づいて改訂した七十人訳(=『マタイ福音書注解』)と、純粋な(あるいは伝統的な)七十人訳(=『アフリカヌスへの手紙』)のどちらをよしとしていたのかであるという。ヒエロニュムスは前者だと考え、エピファニオスとルフィヌスは後者だと考えた。現代の研究者では、P. WendlandとP. Kahleは前者、S.P. Brockは後者を取った。いずれにせよ、オリゲネスの立場は七十人訳を中心としたもの(LXX-centred)であった(例外は、七十人訳の代わりにテオドティオン訳を採用したダニエル書)。ただし、どちらのタイプの七十人訳も問題が残る。改訂版七十人訳の場合、七十人のヘブライ語テクストとオリゲネスのそれは異なったはずであり、そもそも七十人が逐語訳をしたかどうかは分からない。純粋七十人訳の場合、科学的な達成は薄れ、単なる護教的な道具に堕してしまう。

これらの問題に対し、P. Nautinは、オリゲネスの主たる関心は実は七十人訳ではなくヘブライ語テクストだったと考えた。そして『ヘクサプラ』作成の目的も、聖書のヘブライ語原典テクストに至るためだったと主張した。しかし、この見解を裏付ける証言は存在しない。そこでNautinは、『ヘクサプラ』はヘブライ語テクストに至るためのオリゲネスの個人的な道具であって、その真の目的を知るためには彼の説教や注解を見なければならないと述べる。論文著者はこれに反対して、第一に、オリゲネスの注解は本文批評ではなく釈義を目的としたものであり、第二に、『ヘクサプラ』が個人的かつ予備的習作でも、『ヘクサプラ』に含まれる改訂版七十人訳は異なると述べる。改訂版七十人訳は、校訂記号が付され、すでに「癒された」テクストなのであるから、習作ではあり得ない。以上より、『ヘクサプラ』はヘブライ語テクストに至るためのものではなく、改訂版七十人訳を用意するためのものだった。

つまり、論文著者によれば、やはりオリゲネスは七十人訳中心主義的であるが、ヘブライ語テクストを用いて七十人訳のテクスト上の誤りを「癒す」ことはできると考えていたのである(=改訂版七十人訳)。それはたとえば、固有名詞の綴りや語順などである。さらに、オリゲネスは、アステリスコス記号が付された箇所、すなわち七十人訳には欠けているのでアクィラ訳などから補った箇所にもコメントを加えている。

一方で、オリゲネスが純粋七十人訳を好んだと取ることも可能である。というのも、第一に、オリゲネスは、オベロス記号が付された箇所、すなわち七十人訳のみにある付加部分を十分に考慮に入れており、第二に、オリゲネスの注解には、教会の聖書と神の摂理の結びつきを肯定的に捉えているものがあるからである。七十人訳の中にある神的な霊の働きのようなものを、オリゲネスはしばしば「オイコノミア」と呼んでいる。オリゲネスにとって、このオイコノミアは、あるときは元来の七十人訳からの逸脱を生じさせ、またあるときは翻訳が正確に原典を反映するようにさせたのだった。

以上のように、オリゲネスにとって、七十人訳の原典への忠実さは神的な力と人的な力の両方に依拠するものだったといえる。七十人訳の信頼性はある種の超越的な力にもよるし、翻訳者たち自身の力にもよるのである。そして、それゆえに、オリゲネスは意図的な逸脱を含む純粋七十人訳を好んでいた一方で、このテクストをヘブライ語テクストに基づいて改訂しようともしていたと言うことができる。これは矛盾ではない。なぜなら、オリゲネスは単純に、翻訳者自身による意図的な改変と後代のテクスト破損とを区別するという前提に立っているだけだからである。

オリゲネスは、釈義的な著作において、オベロス記号もアステリスコス記号も付されたより長いテクストを用いたが、それはD. Barthelemyの言うように神の啓示がギリシア語とヘブライ語の両方で示されたというアウグスティヌス流の「2テクストのアプローチ」ではなく、聖書のサイズを広げることによって、解釈の可能性を広げるためであった。論文著者はこれを「釈義的マキシマリズム(exegetical maximalism)」と呼んでいる。このことは、オリゲネスが異読や写字生の誤記にすら意味のある解釈を見出そうとしたことから分かる。こうしてオリゲネスは、潜在的に権威ある一節となり得る聖書箇所を排除することのないように、ある意味では保守的な姿勢を取ったのだった。

言い換えれば、オリゲネスはテクストの意図的な改変とテクスト上の破損を区別できる可能性を持ちつつも、それにあまり拘らなかった。彼は、ヘブライ語テクストが七十人訳を修正できる可能性にも、七十人訳が純粋な形のままである可能性にも開かれた態度を取った。いわば、ヘブライ語テクストはあくまで七十人訳に資する場合にのみ優先されるという意味で、オリゲネスの基本的な立場はやはり七十人訳中心主義的だといえる。

この七十人訳中心主義に対して、P. Nautinはヘブライ語テクスト中心主義を、D. Barthelemyは七十人訳とヘブライ語テクストの同等主義を主張している。Nautinは、『アフリカヌスの手紙』の記述を過小評価し、『マタイ福音書注解』のみを重視している。しかし、オリゲネスはヘブライ語テクストが破損する可能性と七十人訳が意図的に改変している両方の可能性を考慮しつつ、むしろ七十人訳の起源に迫ろうとした。またオリゲネスが逐語訳的な翻訳を用いるのは、七十人訳を説明するためであって、その逆ではない。Barthelemyの言うような同等主義も疑わしい。なぜなら、アクィラ訳などと七十人訳に同等の価値を与えているように見えても、それはテクストのさらなる意味を明らかにする可能性を保持するための「釈義的マキシマリズム」なのである。いわば、オリゲネスがアクィラ訳などを用いるのは本文批評のためではなく釈義のためである。

こうしたオリゲネスの教会伝統への拘り科学的な態度は、共に影響を与えた。まず前者に関して、七十人訳の権威は教会の伝統によって保証されるが、この考えが発展し、七十人訳はとりわけ「異邦人(キリスト者)の聖書」と見なされた。使徒たちは旧約引用にも異邦人伝道にも七十人訳を用いた。エウセビオス、モプスエスティアのテオドロス、ルフィヌスなどがこの流れに与する。とりわけルフィヌスは、使徒たちは自分で翻訳を作れたにもかかわらず、彼らに伝えられた七十人訳を用いたことを評価している。すなわち、使徒たちは七十人訳がただそこにあったから選んだのではなく、そこには入念な理由があったのである。

ヨアンネス・クリュソストモスが言うように、イエスが七十人訳から引用し、使徒がイエスから、そして異邦人が使徒から引用したことから、異邦人まで伝統の鎖が続いているのである。これはユダヤ教の口伝律法に比すべき考え方である。実際、ポワティエのヒラリウスは、モーセの口伝は七十人訳に受け継がれていると主張した。この知識のおかげで、七十人はより正しい翻訳を作成できた。七十人訳の正しさは、第一に、フィロンの影響下のエウセビオスが言うように、神的なオイコノミアによって保証される。第二に、七十人訳の正しさは動的なものである。七十人訳は原典から改変されている箇所があるが、それはエピファニオスやアウグスティヌスが言うように、ユダヤ人から異邦人へ遺産が移ったことを確証している。七十人訳は、単なる翻訳ではなく、異邦人キリスト者のための特別な分け前なのである。

一方で、オリゲネスの改訂版七十人訳と『ヘクサプラ』はキリスト教の学問にヘブライ語テクストという問題を投げかけた。これによって、七十人訳は独占的な地位に甘んじることはできなくなったのである。ただし、このオリゲネスの科学的な側面は、長い間正しく理解されなかった。パンフィロスとエウセビオスによって改訂版七十人訳が出版されたが、それは特権的な地位を持たず、「三重の多様性」の中にあった。アクィラ訳なども、七十人訳を理解するための付加的な補助として以外、あまり使われなかった。七十人訳とアクィラ訳などが対立するとき、教父たちは原典への興味を駆り立てられるよりは、七十人訳の権威を守ることに専心した。七十人訳はイエスの誕生より前の成立なのである程度の偏りは当然だし、アクィラ訳などはキリストに言及しているはずの証言を破壊したというのである。中にはエウセビオスなど、場合によっては七十人訳よりもアクィラ訳などを好む者もいたが、実は大してオリゲネスの立場と変わらない。

『ヘクサプラ』に収録されているヘブライ語テクストは、概してギリシア教父たちの原典への関心を誘うものではなかったが、アンティオキア学派の何人かは例外である。エメサのエウセビオスは、実際には「シリア人の」テクストを優先していたにせよ、それを通してヘブライ語テクストへの関心を示した。ただし、アンティオキア学派の中でも、モプスエスティアのテオドロスはこの傾向に反対し、「シリア人の」テクストを重視する者らに辛らつな態度を取ったし、ヒエロニュムスのヘブライ語テクストに基づく翻訳も馬鹿にした。結局、テオドロスは科学的な場においてより厳格に七十人訳に依拠したのだった。いずれにせよ、ギリシア世界においては、ヘブライ語テクストに向かう傾向はほとんど見られなかった。『ヘクサプラ』の価値を見抜き、改訂版七十人訳を十分に活用したのはラテン世界であった。
In fact, before Jerome there does not seem to have existed in the Church an appreciation of the importance of the Hebrew text taken as a whole and in its own right, and consequently, there were no real attempts to come to terms with it. (p. 27)

2016年11月21日月曜日

西方の聖書解釈史 Simonetti, Biblical Interpretation in the Early Church #4

  • Manlio Simonetti, Biblical Interpretation in the Early Church: An Historical Introduction to Patristic Exegesis (trans. John A. Hughes; Edinburgh: T&T Clark,1994 [1981]), pp. 86-109.
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西方の聖書学は、2世紀のアフリカで聖書が部分的にラテン語訳されると、次第にラテン世界で広まっていった。初期の注解者としてはローマのヒッポリュトゥスがおり、彼は詩篇を寓意的に解釈した。ノウァティアヌスは、ユダヤ人の字義的解釈を批判した。ペッタウのウィクトリヌスは聖書に出てくる数字を神秘主義的に解釈した。ただし、こうしたラテン世界の解釈は、同時代のギリシア世界でエウセビオスらによってなされていた解釈にはまるで匹敵しないものだった。

西方の聖書学もまた、東方のモデルを受けついで、説教、組織的な注解、そして問答の三形式で行なわれた。ラテン教父たちは、ヒエロニュムスを除いて、聖書の文献学的・歴史的な側面に関心を持たず、概して寓意的解釈にいそしんだ。ヒラリウスもアンブロシウスも、オリゲネスとフィロンの影響下で典型的なアレクサンドリア的解釈を行なった。とりわけアンブロシウスは、字義的・倫理的・神秘主義的な意味を区別した上で、オリゲネス同様に神秘主義的な意味を最も重視した。またヒエロニュムスやルフィヌスによるオリゲネス説教のラテン語訳も、ラテン世界にアレクサンドリア的な聖書解釈を広める一助となった。

一方で、アンティオキア学派からの影響は大きくはなかった。ただし、ウィクトリヌスやエクラヌムのユリアヌスらは、モプスエスティアのテオドロスらの影響で、字義的解釈を多用している。といっても、彼らも雅歌における恋人たちを、キリストと教会の比喩において理解していた。いうなれば、多くのラテン教父は、あるときは寓意的解釈をやめて字義的に解釈するようになるし、またあるときはアレクサンドリア風の寓意的解釈を求めたのだった。

4世紀のマリウス・ウィクトリヌスは、文献学や文学の知識を持った異教徒の文法学者だったが、長じてからキリスト教に改宗した。彼はギリシア語に堪能だったために、オリゲネスらのギリシア教父の聖書解釈を自分で学ぶことができた。彼はさまざまなラテン語テクストを手元におきつつ、パウロ書簡の字義的な解釈を基にした注解を書いた。彼のパウロ書簡注解には二つの特徴がある:第一に、旧約聖書に関する知識が乏しいこと、そして第二に、同時代のパウロ書簡への関心の高まりと軌を一にしていることである。事実、ウィクトリヌスの時代には、アンブロシアステル、ペラギウス、ブダペスト写本、ヒエロニュムス、ルフィヌス、そしてアウグスティヌスといった教父たちがパウロ書簡の注解を発表している。

ドナティストであったアフリカ人ティコニウスは、聖書解釈の7つのルールをもうけた。第一に、聖書は、キリストに言及するときに、キリストとその体である教会とを分けていない。第二に、聖書が言及する教会とは、よき人々と悪しき人々という二つの部分からできている。第三に、ローマ書とガラテヤ書とで矛盾している一節は、律法から信仰へと移ったためである。第四に、聖書はしばしば部分から全体へ、また全体から部分へと移る。第五に、聖書の時系列の矛盾は換喩法によって解決である。第六に、聖書はしばしば、より広い範囲をカバーするはずの概念を、あえて一つの重要なときに配置する。第七に、聖書は、悪魔に言及するときに、悪魔とその体である悪に属する人々とを分けていない。

ティコニウスは黙示録に関する注解を書いたが、これは同時代のペッタウのウィクトリヌスのものに比べると、より寓意的で霊的な解釈であった。ウィクトリヌスは千年王国説が基づいている箇所については字義的に解釈していたが、ティコニウスはそれすらも寓意的に解釈することで、実質的には千年王国説を成立しないものにしてしまったのである。

ヒエロニュムスの聖書解釈は、特に初期においては、オリゲネス、ディデュモス、そしてアポリナリオスらのそれをパラフレーズしたものにすぎなかった。彼はそのことを批判されると、自分の注解はラテン語読者に東方の異なった聖書解釈を示すことにあるのだと反論した。しかし、ヒエロニュムスは文法学者ドナトゥスに鍛えられ、オリゲネスの文献学に触れたことで、ヘブライ語テクストからの聖書翻訳を始めるに至った。

ヒエロニュムスは、オリゲネス論争が始まると、反オリゲネス派にまわる。そのときに、彼はアンティオキア学派の文献学的・言語学的な解釈という新しい尺度を自身の聖書解釈に取り入れた。彼はこうして、アンティオキア学派に従って、アレクサンドリア学派の恣意的な寓意的解釈への批判をする一方で、オリゲネス由来の聖書の三重の意味(歴史的、倫理的、霊的)をも認めるようになり、その注解は一貫性を欠くようになった。ヒエロニュムスの聖書解釈は、中庸であるゆえにとりとめがなく、その寓意的解釈には必然性がない。いうなれば、ヒエロニュムスの素晴らしさは、聖書解釈の方法論の一貫性や独創性ではなく、文献学的な視点や素材の豊富さにあるといえる。

若い頃には聖書に感心していなかったアウグスティヌスは、アンブロシウスの影響下で寓意的解釈を強く押し進めた人物である。彼は極めて修辞学的な繊細さを持ち合わせており、それを教会における説教で、比較的学問のない信徒たちを霊的に励ますために発揮した。これは、学問的かつ文献学的な性格のヒエロニュムスとは大きく異なる点であった。彼の基本的な解釈法は、アレクサンドリアの伝統に則った強い寓意的解釈だが、生涯の中で複数回行なっている創世記注解を比較すると、後期には寓意的でない解釈にも理解を示している。彼はひとつの聖書箇所に複数の解釈があることを認め、それを神意として受け入れた。彼の理解では、それは神が聖書テクストをより豊かにするために施した工夫だったのである。

2016年11月17日木曜日

東方の聖書解釈史 Simonetti, Biblical Interpretation in the Early Church #3

  • Manlio Simonetti, Biblical Interpretation in the Early Church: An Historical Introduction to Patristic Exegesis (trans. John A. Hughes; Edinburgh: T&T Clark,1994 [1981]), pp. 53-85.
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4世紀から5世紀にかけて、説教と注解の二大ジャンルによる聖書解釈の伝統が花開いた。これには当時の神学論争における、アレイオス主義とマニ教の脅威への対抗意識も働いている。オリゲネスに代表される寓意的解釈の影響は絶大だったが、その方法論の恣意性は、たとえば新プラトン主義哲学者であるポルフュリオスらによって、批判の対象にもなっていた。また、歴史的、科学的、考古学的な聖書の読み、すなわち世俗的な関心に基づく聖書の読み方も、寓意的解釈よりは字義的解釈を引き寄せることになった。

カイサリアのエウセビオスは、オリゲネスの崇拝者ではあったが、その文献学的な側面に注目した。事実、彼はオリゲネスの『テトラプラ』を筆写している。エウセビオスの聖書解釈の特徴は、歴史的・考古学的な関心を持っていたことである。ただし、そうした関心は予型論的な解釈と結びついていた。確かにエウセビオスは歴史的な人物としての父祖たちに大いに関心があったが、それはキリストの予型としての彼への関心であった。ヒエロニュムスは、エウセビオスがイザヤ書を歴史的に解釈すると言いながら、実際にはオリゲネス的な寓意的解釈をしている点を批判している。エウセビオスによれば、預言者たちはときに字義的に、またときに寓意的にそのメッセージを伝えてくるのである。この点で、聖書全体と通して霊的な解釈が可能だと考えていたオリゲネスとは異なる。エウセビオスは特に詩篇を重視した。というのも、詩篇は旧約聖書全体の要約であると考えたからである。

アンティオキア学派の黎明。シリア・パレスティナを中心とするアンティオキア学派は、七十人訳の校訂版を作成したルキアノスによって始められたと考えられているが、彼の聖書解釈は知られていない。アンティオキア学派の聖書解釈の特徴は、伝統的な予型論的解釈を伴った、字義的解釈である。ここには、ユスティノスやエイレナイオスらのアジア学派とオリゲネスのアレクサンドリア学派との両方からの影響が見られるが、それだけでなく、エウセビオスからの影響も見られる。すなわち、寓意的解釈の再考と、文献学・歴史学への目配りである。

4世紀のシリア・パレスティナ地方で、上のような影響下で字義的解釈を押し進めた者たちとしては、カイサリアのアカキオスエメサのエウセビオス、そしてラオディケイアのアポリナリスがいる。彼らは字義的解釈を中心に、倫理的に応用された予型論的解釈をも用いた。言い換えれば、彼らは寓意的解釈を否定することはなかったが、そのすべてを受け入れることもなかったのである。寓意的解釈は一見魅力的だが、テクストの問題点を解決することからの逃げでもあったからである。他にも、ニシビスのエフライムは、基本的に字義的解釈にこだわり、ごくたまにだけキリスト論的解釈をしている。これは、学術的、歴史的、そして科学的な当時の傾向をよく表している。

カッパドキア教父もまた字義的解釈を好んだ。カッパドキアはもともと、アステリオスなどアレイオス主義者が多くいた土地柄だった。バシレイオスはオリゲネスの称揚者だったが、現存する著作の中では主として字義的解釈を好み、奨励的・倫理的な説教をした。また彼は動物学など当時の科学的な知識をも活用した。ニュッサのグレゴリオスは、初期には寓意的解釈を批判したが、次第に神秘主義的な性格を強め、寓意的解釈に傾いた。グレゴリオスによれば、雅歌を始めとする聖書の語りは謎めいており、また寓話になっており、より高次の解釈を必要としている。『モーセの生涯』においては、グレゴリオスは歴史的な解釈と寓意的解釈を同じテクストに対して行なっている。後者の部分には、フィロンからの強い影響が見られる。

アンティオキア学派は、学問的な組織であったアレクサンドリア学派と比べて、組織性は低い。アンティオキア学派とアレクサンドリア学派とは、しばしばそれぞれが字義的解釈と寓意的解釈を方法論としていたという点で比較されることがあるが、近年では再考が問われている。なぜなら、アンティオキア学派の字義的解釈はそう単純なものではないからである。彼らの「テオーリア」という解釈、すなわち字義的解釈を前提とした上で、その上部にあるより高次の意味を探る解釈は特筆に値する。さらに、アンティオキア学派と一口に言っても、さまざまな注解者がいるので、一枚岩とは言えないのである。

アンティオキア学派の創始者とされるディオドロスは、寓意的解釈とテオーリアとを区別している。彼の著作は字義的解釈に終始しており、それぞれが一貫するように書かれている。

モプスエスティアのテオドロスは、旧約聖書の出来事を新約聖書の予型として解釈したこともあったが、基本的には字義的解釈を旨とした。たとえば詩篇については、はっきりと新約聖書でキリストに応用されている例のみを予型論的に解釈した。雅歌については、キリストと教会の比喩ではなく、単純な愛の歌として解釈している。またテオドロスは誰よりも旧約と新約との差を強調した。そして彼の歴史観である、異教、ユダヤ教、キリスト教の三部構造を、多神教、一神教、三位一体に当てはめた。テオドロスによれば、聖書解釈とは過度に脱線することなく、聖書の難しいところを説明することであった。テオドロスは、象徴的にもなり得る比喩的言語を否定することなく、しかし何よりも字義的解釈に拘ったのである。

ヨアンネス・クリュソストモスはアンティオキア学派でも随一の雄弁家であった。彼は字義的解釈を旨としつつも、その意図としては、聴衆を教化し、倫理的にさせようとしていた。

テオドレトスは、ディオドロスやテオドロスの厳格な字義的解釈に、伝統的なキリスト論的解釈を加えた。すなわち、アンティオキア学派特有の字義的解釈を緩め、アレクサンドリア学派の聖書解釈と和解したのである。そのためには、しばしばオリゲネスに依拠することさえあった。ただし、彼の注解は読者の便宜を図るために、極めて短いものであった。その代わり、ほとんどすべての律法と歴史書に関する注解を残している。

4世紀のアレクサンドリア学派であるアタナシオスは旧約聖書にキリスト論的な解釈を施した。盲目のディデュモスは忠実なオリゲネスの追随者ではあったが、オリゲネスの持っていた文献学的な関心はあまりなかった。ディデュモスは、字義的(歴史的)な意味はあくまで神秘的かつ寓意的な解釈へ至るための手段として考えていた。ディデュモスの『創世記注解』は、ギリシア教父によって書かれた、全体が残っている創世記注解としては最古のものであるが、ここからオリゲネスの解釈を再構成できる。またハガルとサラの物語の解釈については、フィロンのものに依拠している。

アレクサンドリアのキュリロスは、一見するとアレクサンドリア学派的な寓意的解釈を旨としたように見えるが、実際には寓意的解釈と字義的解釈の中和を図ったと見なし得る。彼の注解は、アレクサンドリア学派の誰よりも字義的であり、過度な寓意的解釈に走らず、節度を持ったものであった。キュリロスによれば、モーセはキリストの予型ではあるが、それはモーセが出てくるすべての場面でそうなのではない。すなわち、旧約聖書を常にキリスト論的に読むことはできないということである。こうした寓意的解釈への節度は、同時代におけるオリゲネスの異端論争が影響していると考えられる。一方で、アレクサンドリア学派による寓意的解釈の全体性は、キュリロスの注解では失われ、コンパクトなものになっている。

2016年10月14日金曜日

オリゲネス研究の最前線 Dorival, "Origen"

  • Gilles Dorival, "Origen," in The New Cambridge History of the Bible 1, ed. James Carleton Paget and Joachim Schaper (Cambridge: Cambridge University Press, 2013), pp. 605-28.
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本論文は、新ケンブリッジ版『聖書の歴史』第1巻に収録された、2013年時点でのオリゲネス研究の成果をまとめたものである。1970年代くらいまで、オリゲネスはどちらかというと組織神学者として見なされていたが、Marguerite Harl, Manlio Simonetti, Herman Josef Vogt, R.P. Hansonらの研究により、オリゲネスは何よりもまず聖書神学者であることが強調されるようになった。

オリゲネスの聖書学的な業績といえば、今では四つの断片が残るだけである『ヘクサプラ』が挙げられる。論文著者は、このカイサリアで完成した『ヘクサプラ』に関する議論を9つにまとめている:
  1. ヘブライ語テクストである第一欄は存在したのか。現存する断片には含まれていないが、『アフリカノスの手紙』やヒエロニュムスの証言によると存在したと考えられる。
  2. なぜ第二欄でヘブライ語テクストがギリシア語音訳されているのか。キリスト者のヘブライ語学習のため、母音のないヘブライ語の読みを助けるためなど、さまざまな理由が考えられるが、オリゲネスはそれをアレクサンドリアのユダヤ人用の共観聖書で見つけた。
  3. 第五欄の七十人訳は共通版なのかオリゲネス校訂版なのか。語順などヘブライ化が見られるので、第五欄はオリゲネス校訂版である。
  4. 第六欄はテオドティオンだけだったのか。テオドティオンを含む「カイゲ」グループの翻訳も収録されたはずである。
  5. 『ヘクサプラ』以前に共観聖書はあったのか。Pierre Nautinは、キリスト者たるオリゲネスが七十人訳を第五欄に入れていること、そして音訳はヘブライ語が分かるユダヤ人だけに有用であることから、オリゲネス以前にユダヤ共観聖書があったとする。
  6. 翻訳の掲載順をどのように説明するのか。アクィラ訳やシュンマコス訳はヘブライ語からの翻訳なので先に来て、テオドティオンは七十人訳の改訂なので最後に来る、という説明と、ヘブライ語テクストにより忠実な順になっているという説明がある。
  7. 『テトラプラ』や『テトラッサ』とは何か。『テトラプラ』はオリゲネスの試作品であるという説明、『ヘクサプラ』完成後に作った簡略版という説明があり、『テトラッサ』は四巻本のオリゲネス改訂版だという説明がある。
  8. なぜオリゲネスは『ヘクサプラ』を作成したのか。第一に、ユダヤ人との論争に役立てるためという論争的理由(『アフリカノスへの手紙』9)、第二に、混乱した七十人訳写本の状況を解決するためという文献学的理由(『マタイ書注解』15.14)、そして第三に、自身の聖書解釈の可能性を広げるため、という理由が考えられる。
  9. 『ヘクサプラ』には複数の版があったのか。アレクサンドリアで最初の版を作って、カイサリアで第二版を作った可能性はある。
オリゲネスの聖書観は、基本的には七十人訳を重視するものである。彼にとって、七十人訳こそが教会の旧約聖書であって、ヘブライ語テクストが取って代わることはできない。ただし、次の三つの場合は、必ずしも七十人訳ばかりを優先するわけではない。第一に、ユダヤ人との論争においては、ヘブライ語テクストをベースにするべきである。第二に、明らかにヘブライ語テクストに基づく読みが正しい場合、それを優先するべきである。ただし、そのときでも七十人訳に注釈を加える必要がある。第三に、明らかにアクィラやシュンマコスなどの読みが正しい場合、それを優先するべきである。

オリゲネスは新約聖書に関して、ヨハネ黙示録を正典に入れるべきと考えていた。当時、ナジアンゾスのグレゴリオスなど、黙示録の正典性を疑問視している者もいたが、オリゲネスはそうではなかった。

霊感と一貫性。オリゲネスの聖書解釈は、霊感を受けたテクストを解釈することだった。彼はアリスタルコスなどアレクサンドリア文献学の伝統に則って、聖書から聖書を解釈しようとした。そのためには、聖書には一貫性があることを前提としなければならない。こうした「一貫した連続性」は「アコルーシア(akolouthia)」と呼ばれる。このアコルーシアを明らかにするために、オリゲネスはまず広いコンテクストからある聖書箇所を解釈し、それから一語ずつ、一句ずつの説明に移った。その際に彼が注意したのは、第一に、テクストの目的、第二に、複数の文書があるときにはその順序、第三に、文書の題名、そして第四に、誰が誰に語っているかという点であった。これは、聖書をあたかも劇のようにして読むということである。

聖書の意味。オリゲネスは、聖書の真の(true)・霊的な(spiritual)意味は救済の神秘を表わすことであるが、聖霊はそれを多くの者が理解できるように、より単純な歴史的(historical)・法的(legal)なテクストにして隠している、と考えていた。そして、聖書の見える部分である歴史や律法は、見えない部分である霊的な真理の予型(typoi)として、互いに血縁関係(syngeneia)を持っている。また仮に聖書の表面に非一貫性(adynata)が見えたとしても、それは読者をより深い理解へと誘うためのフックなのである。

オリゲネスは、この表面上の字義的な意味を「肉的(corporeal)」、そして隠れた深い意味を「魂的(pneumatic)」あるいは「霊的(spiritual)」と区別した。後者の高次の意味(anagoge)あるいは知的な意味(noesis)には、予型(typos)、象徴(symbolon)、像(eikon)、そして謎(ainigma)が隠されている。そして、こうした深い意味を探し出すためのテクニックが、寓意的解釈(allegoria)と予型論的解釈(tropologia)であった。

『諸原理について』4において、オリゲネスはさらに高次の意味を区別し、全部で三種類――肉的、魂的、霊的――な意味があると述べている。これらはそれぞれ、キリスト教の初心者、進歩者、そして完全者のためのものであった。同様のことは、『民数記注解』9.7における、クルミの皮たる肉的意味、その殻たる倫理的意味、そしてその内部たる神的な神秘という比喩でも語られている(『フィロカリア』1.21の『レビ記説教』にも似たような記述あり)。そして、この三層構造は、フィロンの解釈に従って、哲学の三分野――自然学、倫理学、論理学――にも比されている(『マタイ書注解』17.7)。オリゲネスにとって、聖書は哲学に等しいものだった。

論争の役割。オリゲネスの聖書解釈の論争相手は、ユダヤ人、異教徒、異端、そして単純すぎるキリスト者たちであった。オリゲネスにとってユダヤ人は、聖書の字義的解釈に拘泥するあまり、キリスト者のような予型論的・寓意的な解釈を見失っている者たちであった。

異教徒であるケルソスは、寓意的解釈は通常神話にのみ適用されるものなのに、歴史や法を含む聖書にそれを適用するのはおかしいと批判した。これに対しオリゲネスは、異教の神話はあまりに馬鹿げているので字義的に読むことができず、寓意的解釈をせざるを得ないが、聖書は寓意的解釈のみならず、字義的にも読めるのだ、と反論した。

異端であるグノーシス主義者は旧約聖書を否定したが、オリゲネスは、旧約聖書と新約聖書とは神の霊感を受けて一体となっているのだと反論した。

単純なキリスト者たちは、質料的・神人同型的な神理解をしがちであるが、オリゲネスは、神の摂理を人間の生の基準に沿って解釈してはいけないと反論した。

聖書に関する著作。オリゲネスの聖書著作といえば、説教と注解である。説教とはユダヤ教由来の文学ジャンルである。2世紀には、シナゴーグではトーラーの割り当て箇所が読まれたあとに預言書からそれに関する箇所が読まれ、それから説教が行われていた。キリスト者の説教で最古のものは、メリトーのサルディス、アレクサンドリアのクレメンス、そしてローマのヒッポリュトスらのものである。オリゲネスは、カイサリアとエルサレムで、毎日旧約聖書の、そして水曜日、金曜日、土曜日に新約聖書の説教をしていたという。旧約は300篇、新約は100篇以上ものした。彼の説教の多くは、ルフィヌスとヒエロニュムスのラテン語訳で読むことができる。

注解とは異教由来の文学ジャンルである。ホメロス、プラトン、アリストテレスの注解が書かれてきた。キリスト者による最古の聖書注解は、ヒッポリュトスの『ダニエル書注解』である。オリゲネスは、注解に関して、旧約は160巻、新約は100巻以上ものした。現在では、エウセビオスの引用、『フィロカリア』、カテーナ、ラテン語訳などを通して注解を読むことができる。オリゲネスは、フル注解を書く代わりにスコリアやストロマテイスの形式で注解を書くこともあった。

オリゲネスの遺産。4世紀になると、オリゲネスの寓意的解釈に対して、真の予型論を同定しようとする理論(theory)を持ったアンティオキア学派が出てきた。タルソスのディオドロスやモプスエスティアのテオドロスらは、旧約聖書は実際にはキリストについて数えるほどしか触れていないと主張した。異教の遺産である寓意的解釈は疑われ、アレクサンドリアのキュリロスはそれを避けるようになった。

予型論的解釈と寓意的解釈について、Jean Danielouは前者が教会の、後者がヘレニズムの伝統と見なした。Henri de Lubacは、これに対し、アンティオキア学派の勃興以前には両者の区別はなかったと考えた。Manlio Simonettiは、予型論的解釈とは内容の問題で、寓意的解釈とは方法論の問題なので、それぞれが寓意的なのであると述べた。

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2016年9月30日金曜日

アンティオキア学派再考 Young, "Traditions of Exegesis"

  • Frances M. Young, "Traditions of Exegesis," in The New Cambridge History of the Bible 1, ed. James Carleton Paget and Joachim Schaper (Cambridge: Cambridge University Press, 2013), pp. 734-51.
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本論文は、特にアンティオキア学派に注目しながら、キリスト教の聖書解釈の諸特徴を明らかにしたものである。著者は、これまでの聖書解釈史の研究がアレクサンドリア学派やアンティオキア学派といった学派の方法論の違いに注目するあまり、共通する伝統の中にある議論の実際を等閑に付してしまっていると指摘している。

アンティオキア学派と見なされるのは、以下の教父たちである:ヨアンネス・クリュソストモス、タルソスのディオドロス、モプスエスティアのテオドロス、キュロスのテオドレトス、エメサのエウセビオス、そしてアドリアノスらである。

これまでの研究では、アレクサンドリア学派が霊的な寓意的(allegorical)解釈をその特徴とするのに対し、アンティオキア学派は字義的(literal)・歴史的な(historical)解釈をその特徴とすると考えられてきた。しかし、著者はそうした一貫した解釈伝統があると言い切っていいのかどうかを問うている。

アンティオキア学派は、少なくとも寓意的解釈を問題視している。ガラ4:24でパウロは明らかに寓意的解釈をしているが、これについてモプスエスティアのテオドロスは、パウロはここで歴史的解釈を退けているわけではなく、ただ過去と現在の出来事と比較するためのものとして寓意的解釈を用いているにすぎないと主張する。言い換えれば、アンティオキア学派が追及しているのは、ユダヤ教の字義的解釈とヘレニズムの寓意的解釈の中間の、予型論的解釈(typology)だということである(この用語自体は現代の研究者によるもの)。

タルソスのディオドロスによると、そもそもギリシア文学における寓意と聖書のそれとは異なるという。ギリシア文学における寓意とは、ある方法で言われている何かや出来事を別様に理解することである。一方で、聖書は歴史を捨て去ることなしに、「観想(テオーリア)」を展開することで、そうした出来事をより高次なレベルで理解するのだった。ディオドロスは、パウロが寓意と呼んでいるのは、この観想のことであると主張した。また彼は、寓意と「隠喩(トロポロギア)」あるいは「直喩(パラボレー)」との違いについても説明している。

テオドロスによれば、聖書解釈が聖書上に見られる文献学的・歴史的な問題の解決を目指すものであるのに対し、説教は明らかな言葉に関して語る教育的・倫理的なものであるという。しかしながら、一般に説教者として知られるクリュソストモスの著作にも問題解決的なものがあり、一方で聖書解釈者として知られるテオドロスの著作にも教育的なものがある。

アンティオキア学派の聖書解釈は、ただ文献学的・歴史的であるだけでなく、教育的・倫理的でもあるのである。倫理的な解釈をも含んでいる以上、アンティオキア学派の特徴である字義的・歴史的な解釈とは、現代の歴史批評家のそれとは大きく異なると言える。逆に、アレクサンドリア学派の代表格であるオリゲネスの聖書解釈にも、寓意的であると同時に、文献学的な方法論が用いられていることを忘れてはならない。

アンティオキア学派とアレクサンドリア学派との違いは、かつてホメロスやギリシア神話の解釈をめぐってなされた修辞的な学派と哲学的な学派との論争に比することができる。ただし、それぞれの学派の主張は、これまで考えられていたように一枚岩ではない。正確に言えば、寓意的解釈をめぐっては両学派は相対しているが、共に倫理的な解釈を重視している点では一致している。ただし、その倫理的な解釈をするための方法論として、アレクサンドリア学派が寓意的解釈を用いるのに対し、アンティオキア学派は説明的・予型論的な方法論である「観想(テオーリア)」を用いたのである。

アンティオキア学派の「観想(テオーリア)」は、人や出来事の類似性に注目し、人の意図や物語の連続における教義的な真理や倫理的な教えを見出すものである。一方で、アレクサンドリア学派の「寓意」は、テクスト上で言われていることとは別のことに隠れている、聖霊の意図を見つけるためのヒントを探し出すことである。アレクサンドリア学派が聖書テクストに地上的な領域と霊的な領域との二重のレベルを見るのに対し、アンティオキア学派はすべての聖書物語のうちに、神の人間愛の神的な働きを追求するのである。ただし、それぞれの特徴は相互に影響し合っている。

以上より、これまで言われてきたように、独立した異なる伝統というものは存在しないと言えるだろう。アンティオキア学派が寓意を否定したのは、それが救済の歴史を揺るがすかもしれないからだった。彼らはテクストの一つの意図に固執したが、歴史性や字義性はアンティオキア学派の主要な特徴とは言えない。