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2015年11月17日火曜日

アブラハム神殿放火物語に見るビザンツ・シリア・ユダヤの聖書解釈の関係性 Adler, "Abraham and the Burning of the Temple of Idols"

  • William Adler, "Abraham and the Burning of the Temple of Idols: Jubilees' Traditions in Christian Chronography," Jewish Quarterly Review 77 (1986), pp. 95-117.

本論文の中で著者は、エデッサのヤコブやバル・ヘブラエウスといったシリア語聖書解釈の中にある、アブラハムの偶像破壊に関するユダヤ教由来の聖書解釈が、『ヨベル書』のようなユダヤ文献に直接基づくものではなく、実はシュンケッロスらビザンツ時代の古代誌家たちが保存するより古代のギリシア語伝承(エウセビオス、アンドロニコス、アフリカノス、アンニアノスら)に基づくものであると論じている。

ビザンツの古代誌家たちは、アブラハムの偶像破壊やそれに続くハランからの脱出というユダヤ教ミドラッシュを知っており、それを『ヨベル書』から引用したとさえ主張しているが(ゲオルギオス・ケドレノス)、しばしばそれは現在残っているエチオピア語訳『ヨベル書』の内容とは異なっている。論文著者は、4種類の聖書解釈(何人かのロゴセテス古代誌家たちの要約、ゲオルギオス・シュンケッロス、ゲオルギオス・ケドレノス、修道士ゲオルギオス)をまず紹介する。それによると、ロゴセテス歴史家とシュンケッロスの解釈がより古いものであるという。しかし、修道士ゲオルギオスの解釈はエピファニオス『パナリオン』を翻訳し、かつヨアンネス・マララスの解釈を折衷したものであったり、ロゴセテス歴史家の解釈はユリオス・アフリカノスからのものであったりする。つまり、エチオピア語訳『ヨベル書』から直接引用したものではない。

シュンケッロスは、アブラハムとテラの年齢に関する時系列の矛盾を解決するための解釈を保存している。時系列ではハランでのテラの死の方がアブラハムのハラン出発より先に来ているが、それはテラが先に実際に死んだのではなく、アブラハム出発後のテラは精神的には死んだも同然だったからだという解釈である。これはユダヤ教文書である『創世記ラバー』に収録されている解釈である。『創世記ラバー』の解釈とはこうである:年齢だけを見ると、アブラハムは明らかにテラの死より先にハランを出発したことになっているが、聖書ではテラの死を先に書くことで、父を置いて出て行ったという罪状からアブラハムを解放し、同時に偶像崇拝者であるテラの生など死も同然だと指摘している。ただし、シュンケッロスと『創世記ラバー』では細部が異なるので、論文著者は、シュンケッロスのネタ元は、5世紀のアレクサンドリアの古代誌家であるアンニアノスとパノドロスではないかと述べている。

著者はさらに、アブラハムに関する同様の解釈を、なぜシリア語で著作した古代誌家たちも知っていたのかを検証する。そこで彼が議論の叩き台とするのが、次のSebastian Brockの論文である。
この中でBrockは、ヒエロニュムスが保存するアブラハムに関するユダヤ伝承と『ヨベル書』とをまず比較し、両者共に、アブラハムがウルを出発したのが60歳であったと言及していることに注目する。同時にこの60歳という数字は、シリア語伝承にも残されている。しかし、Brockは『ヨベル書』とシリア語伝承との相違も指摘している:アブラハムの神殿放火とウルからの出発を因果関係で結ぶシリア語伝承に対し、『ヨベル書』ではそれが薄く、神殿放火とウルからの出発との間に3年のブランクを置いているため、創世記の時系列と矛盾をきたしている。こうしたことから、Brockは、シリア語伝承は現在の『ヨベル書』に依拠しているのではなく、むしろ『ヨベル書』と共通のより古く純粋なソースに依拠していると論じている。

しかしながらAdlerは、このBrockの主張に対し、次の2点を反論する:第一に、ヒエロニュムスが保存するユダヤ伝承とシリア語伝承とは同じものではない。シリア語伝承は、時系列の矛盾に関する関心が薄いのである。第二に、ヒエロニュムスが保存するユダヤ伝承の時系列とシリア語伝承のそれとは異なっている。前者ではアブラハムがハランで75年過ごしたとされるのに対し、後者では14年である。ヒエロニュムス、シリア語伝承、『ヨベル書』が共有しているのは、アブラハムが偶像崇拝にはっきりと反対したのは60歳のときだったということである。

こうしたことから、Adlerは以下のように主張する:シリア語伝承は、Brockの言うように『ヨベル書』のプロトタイプからのものではなく、ビザンツ古代誌家に知られていたギリシア古代誌家たちの解釈からのものである。そもそもBrock自身が、シリア語伝承の中にギリシア語からの影響を認めているではないか。つまり、しばしばあるシリア語伝承がユダヤ伝承由来とされることがあるが、ことはそう単純ではない。その伝承は、直接ユダヤ教聖書解釈から来たものではなく、ビザンツ古代誌家がギリシア古代誌家から知り得た解釈を通して来たものなのである。

2015年11月16日月曜日

アブラハム物語の時系列における矛盾 Brock, "Abraham and the Ravens"

  • S. P. Brock, "Abraham and the Ravens: A Syriac Counterpart to Jubilees 11-12 and Its Implications," Journal for the Study of Judaism 9 (1978), pp. 135-52.

本論文において、著者は『ヨベル書』11-12章におけるアブラハムの物語に関して、『ヨベル書』と、それと似た内容を保存するシリア語伝承とを比較することで、後者が実は単なる前者の翻訳ではなく、むしろ同じソースを共有していること、なおかつ後者の方が元来の解釈意図に沿っていることを示している。このシリア語伝承は、『カテーナ・セウェリ(Catena Severi)』と、エデッサのヤコブによるリタルバのヨハネ宛て書簡に保存されている。

『カテーナ』と『ヤコブ書簡』とは、共に同じソースに依拠していると考えられる。論文著者は、この2つのシリア語伝承と『ヨベル書』とを比較しつつ、いくつかの類似点と相違点とを明らかにしている。そのうち特に以下のことを挙げておきたい:
  • 両者共に、アブラハムが異教の神殿を燃やしたときの年齢を60歳にしている;
  • 『ヨベル書』はアブラハムによる神殿放火と、ウルからの出発とを結びつけていないが(実際、神殿放火のあとも彼らは3年間ウルに住み続けている)、シリア語伝承はこの2つの出来事を因果関係として結びつけている。
  • 『ヨベル書』では、アブラハムがハラン移住後に父テラと14年間共に住んだことが明らかにされているが、テラの死には触れられていないのに対し、シリア語伝承では、ウル出発から14年後にテラがハランで死に、そのときアブラハムは74歳だったことが言及されている。
こうした比較から、論文著者は、シリア語伝承の方が『ヨベル書』よりも、特に時系列の矛盾の解決に関して、物語の発展における古代の状態を維持していると述べる。では、その時系列の矛盾とは何か。

創世記11章から12章にかけて、アブラハムの年齢とテラの年齢には矛盾がある。11:26において、テラは70歳のときにアブラハムが生まれたとされており、11:32では、テラは205歳で死んだことになっている。しかしながら、テラの死に言及したあとの12:4で、アブラハムがハランを75歳で出発したことになっているが、それだとテラはアブラハムのハラン出発のあとさらに60年生きていたことになってしまう。この矛盾は早くから知られており、『創世記ラバー』39:7や使徒行伝7:4などに、その解決の一端を見ることができる。最もラディカルなのはサマリヤ五書で、何とテラが死亡した年齢を変えて、145歳で死んだことにしている。こうすると、70歳(アブラハムが生まれたときのテラの年齢)+75歳(アブラハムがハランを出発したときの年齢)=145歳となり、アブラハムはテラが145歳で死んでからハランを出発したことになる。

しかし、これでは聖書本文を改変せざるを得なくなる。聖書本文を変えずにこの矛盾を解消する方法としては、2つ考えられる。第一に、バル・ヘブラエウスのように、アブラハムは75歳のときに一度ハランを出発し(テラ145歳)、その後ウルに戻ってきて、テラが205歳で死んでから(アブラハム135歳)、再びハランを出発したという解釈である。この二度の出発のうち、聖書は最初の出発のみに言及しているとバル・ヘブラエウスは考える。

第二に、ヒエロニュムスのように、テラが死んだ205歳のときにアブラハムが135歳ではなく75歳であるようにするために、アブラハムが60歳の時に火をくぐることで生まれ変わり、そこを0歳として数えなおすという解釈である。つまり、ヒエロニュムスは火事に関わる出来事がアブラハムが60歳のときに起こったことだという解釈を保存しているわけだが、すでに見たように、60歳という数字は『ヨベル書』にもシリア語伝承にも残されている。

ただし、ヒエロニュムスはテラの死との関係性をもとに60歳という数字を出しており、テラの死はシリア語伝承でも言及されているわけだが、『ヨベル書』には言及がないので、論文著者は、『ヨベル書』は60歳という数字を知っているだけにすぎず、その背後にある解釈のロジックには無知であると主張する。また、ウルからの出発と火事の出来事とを因果関係で結んでいることから、ヒエロニュムスが保存する伝承は、『ヨベル書』よりもシリア語伝承により近いものだと言える。

他にもいくつかの理由から、論文著者は、以下のような結論を導いている:第一に、シリア語伝承は、『ヨベル書』そのものではなく、『ヨベル書』が下敷きにしたソースに由来するものであること、第二に、両者は創世記の時系列の矛盾を解消するために腐心しているが、シリア語伝承の方がより古い状態を保存しており、『ヨベル書』はその解釈の背後にある論理を無視したまま、いくつかの要素を再利用しているにすぎないこと、などである。