ページ

ラベル ストア派 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル ストア派 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2017年3月8日水曜日

フィロンの聖書解釈 Siegert, "Early Jewish Interpretation in a Hellenistic Style" #3

  • Folker Siegert, "Early Jewish Interpretation in a Hellenistic Style," in Hebrew Bible/Old Testament: The History of Its Interpretation 1: From the Beginnings to the Middle Ages (Until 1300), ed. Magne Sæbø (Göttingen: Vandenhoeck & Ruprecht, 1996), pp. 130-98, esp. pp. 162-89.

フィロンが受けたギリシア語教育は極めて広範なものだったが、現実の科学と批判的な文献学については、他のアレクサンドリアのユダヤ人同様あまり通じていなかった。彼は開かれた性格であったため、しばしば劇場を訪れたが、一方でエルサレムに巡礼に行くような敬虔さも持ち合わせていた。またフィロンは、アレクサンドリアのユダヤ人の代表者であった。

フィロンは異教徒作家からの長い引用は避け、引用するにしてもホメロス、ピンダロス、プラトン、エウリピデスからのみ引用した。彼は他のユダヤ人作家には決して言及しなかった。フィロンにとって、字義通りの意味よりもより深遠な意味の方が重要だったが、かといって律法の字義的な遵守を放棄することもなかった。フィロンにはヘブライ語能力はなかった。ただし、ヘブライ語の用語や人名に関する語源学的なハンドブックを持っていたと考えられる。

フィロンの著作ジャンルは、1)問答、2)創世記の寓意的注解、3)律法解説、4)その他のテーマ別著作、5)歴史的・護教的著作に分けることができる。これらフィロンの著作の全体に寓意的解釈は行き渡っているが、聖書テクストへの言及の仕方が違う。またエウセビオスの引用のみで伝わっている『ヒュポテティカ』と『ユダヤ人のための弁明』という著作もあった。問答形式では、まず字義的な解釈をしたあとに寓意的解釈(自然的な場合と倫理的な場合がある)へと進むという複数アプローチを取った。寓意的注解では、はっきりと寓意的解釈に比重が置かれ、しばしば字義的解釈は否定される。律法解説では、聖書本文と解説とはゆるやかにしか繋がっておらず、創造から終末への普遍的な歴史の中で寓意的に律法が解き明かされる。

フィロンは神理解において神人同型説を避けている。存在する者たるホ・オーンは動きも感情も悪も超越し、物質と接触しない不可感な存在なのである。ではそのような超越的な神がどのように世界に影響を与えるかというと、それは神の力(δύναμις)が代わりにするのである。このように、フィロンの宇宙論において、神は超越的(プラトン主義)であると共に内在的(ストア派)である。フィロン自身はそこに、神の力の二元論という要素を加えた。すなわち、神を表わすときの「主(κύριος)」は力の展開や裁きを意味しており、「神(θεός)」は創造的活動や恵みを意味しているという考え方である。同様の二元論はラビ文学にも見られるが、そこでは逆に、「主(אדני)」が恵みを、「神(אלהים)」が裁きを表わしている。

霊感説。フィロンにとって、五書の著者は神ではなくモーセである。しかしモーセは単なる律法制定者ではなく預言者でもある。十戒を受けたときなど、モーセは神の力の機械的な反響として働くばかりであり、そこにモーセの意志は介在しない。フィロンの理解では、霊感は人間側のいかなる知的営為も認めず、ストア派宇宙論におけるプネウマのような力によって、機械的な因果関係が働くのである。そして音を発しているだけのモーセの言っていることの意味を探るのは、それを読んでいる読者の解釈に委ねられる。こうして聖書解釈の正当性が担保されるのである。

聖書理解。フィロンは五書を、モーセという単一の著者による統一的な著作だと考えていた。そしてその内容は、第一に創造、第二に歴史、そして第三に律法であると分類した。ただし、文献学的な観点やヘブライ語知識を持たない彼にとっての聖書とは、常に七十人訳であった。彼は七十人訳はヘブライ語テクストと完全に同一だと考えていた。彼がヘブライ語に言及するときは、名前などに関するハンドブックに依拠していたと考えられる。フィロンはときに預言書に言及することはあっても、その関心はほぼ五書に限定されている。タナッハの三区分は知っていたようだが、あまり正典意識は持っていなかった。

フィロンの字義的解釈は細部にこだわったものであり、同時代のギリシア語文法、修辞学、弁論術などを駆使したものである。一方で彼の寓意的解釈はより同質的で組織立ったものだった。寓意的解釈においては、自然学や倫理学に基づいた寓意のみならず、神秘主義的な寓意まで進んだ。また聖書の登場人物を象徴として捉えるという手法をしばしば用いたが、これはフィロンに限らずラビ文学やギリシアのホメロス解釈にも見られるものである。ただし、フィロンのそれはとりわけ豊かでかつ一貫性を持ったものだった。

フィロン受容。ユダヤ文学において、ヨセフスはフィロンに言及しているが、ラビ文学はその名前すら記録していない。異教文学においてもその足跡は残っていない。フィロンを最も重宝したのはキリスト教の聖書解釈者たちだった。アレクサンドリアのクレメンスやオリゲネスはフィロンを模倣し、エウセビオス、キュリロス、クリュソストモスらは彼を崇拝した。ラテン世界では、アンブロシウスがフィロンの名前を出さずにその著作をラテン語訳しており、アンブロシウスを通じてアウグスティヌスも大きな影響を受けた。ヒエロニュムスは『著名者列伝』にフィロンの項を入れている。

関連記事

2016年5月9日月曜日

コルヌートスとヘラクリトスの語源学と寓意的解釈 Dawson, "Ch. 1: Pagan Etymology and Allegory"

  • David Dowson, Allegorical Readers and Cultural Revision in Ancient Alexandria (Berkeley: University of California Press, 1992), pp. 23-52, 258-64.
Allegorical Readers and Cultural Revision in Ancient AlexandriaAllegorical Readers and Cultural Revision in Ancient Alexandria
David Dawson

Univ of California Pr on Demand 1992-02
売り上げランキング :

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
本書の第一章は、ストア派哲学者のコルヌートスとヘレニズム期文法家のヘラクリトスとを題材に、寓意的解釈の発展を概観している。コルヌートスは、語源学的分析を通して、ホメロスが保存した古代の神話の中で表現されている科学的な知恵を明らかにしようとした。対するヘラクリトスは、そもそも詩人自身が寓意的解釈をしていたと考えることで、ホメロスが被っていた非倫理性の批判に反論しようとした。いわば、コルヌートスにとっての語源学は、古代のテクストから科学的な知識を抽出するための手段であったわけだが、一方でヘラクリトスにとっての寓意的解釈は、哲学者の元祖であるホメロス自身の解釈を見つけることだったのである。

コルヌートスによれば、古代の神話は自らの哲学的・宇宙論的な知恵を英雄や神々の名前の中に表現しており、のちにそれらをホメロスやヘシオドスが詩の中で伝達したのだという。それゆえに、コルヌートスは、文学の中に埋め込まれたそうした神話の断片を同定し、彼らの哲学的・宇宙論的な真理を解釈しようとしたのである。ただし、詩人たちはもともとの神話が意図するところを誤解したり、詩的装飾を加えることによって曲解したりしている。そこで、解釈者は語源学的な解釈を用いることで、そこにもともとあった哲学や宇宙論を見つけなければならない。そしてそのときに見つかるであろう哲学とは、当然ストア哲学と一致する。こうした語源学的な解釈は、ヘラクリトスのようなストア派の専有物というわけではないが、やはりストア派の特徴のひとつであるといえる。

ストア派は、「概念(エンノイアイ)」を二つに分けることで、神話作者たちが描いた神話と、その中に含まれている彼らの哲学との差を説明した。その二つとは、第一に、文化的に規定され、教育によって導き出されるもの(conception);そして第二に、人間の直接的な経験によって生み出されるもの(preconception)である。神話作者は世界を知覚することで得たpreconceptionを、神話というconceptionに定式化したのだった。コルヌートスはこのconceptionを把握するために、擬音など語源学的な要素に注目し、「真の」意味を見つけ出そうとした。

ストア派の語源学は言葉の「意味」に関する議論を深めた。彼らによれば、意味には、「命名的な(nominal)」意味と「提示的な(propositional)」意味との二つがあるという。「命名的な意味」とは、名前とそれによって示されるものとの物理的な関係性のことを指す。対象の本質や内容こそが、言葉の意味だと考えたわけである。語源学的解釈はこの「命名的な意味」に属する。一方で、「提示的な意味」とは、オウムでもできるような単なる言語表現(lexis)ではなく、意味を持った理性的な発話(logos)のことを指す。このようにしてストア派は、名前とそれによって表される対象(nominal meaning)とを区別し、それと同時に、文章とそれが意味する意味(propositional meaning)とを区別したのだった。

コルヌートスの語源学的解釈は、このうち命名的な意味を扱うものであった。彼は擬人化された神々の名前を語源学的に解釈することで、そこに隠されているであろうストア派的な宇宙論を「解読」しようとしたのである。彼が寓意的解釈を用いたのは、こうしたストア派哲学を高めるための比較神話学的「研究」のためであり、詩人の非倫理性や神人同型説への非難に対して反論するためではなかった。
一方で、ヘラクリトスは、主としてプラトンとエピクロスによって投げかけられていた詩人の非倫理性と神人同型説への非難に対し、彼を擁護しようとした。ヘラクリトスは、コルヌートスのように、古代の神話作者と彼らをソースとする詩人という二段構えにはせず、詩人をコルヌートスの神話作者と同列に置いた。またコルヌートスにおいては神話という言葉は価値ある寓意哲学であったが、ヘラクリトスにおいては否定的な意味合いしか持たなかった。すなわち、ヘラクリトスによれば、ホメロスを文字通り読むならば、確かに彼の詩は下らない不敬虔な神話とけなされても仕方がないが、寓意的に読むならば、それは深遠な哲学的な知恵の間接的な表現なのである。

ヘラクリトスはコルヌートスのように、もとになる神話と詩人による装飾とを分けず、ホメロスの詩を倫理的かつ科学的真理の寓意として意図的に書かれたものと見なしたので、その一貫性が重要な点であった。ホメロスは一貫して寓意的に詩を書いたのであるから、それを文字通り読んで非倫理的な描写をあげつらうのはお門違いだと言うのである。なぜなら、ホメロスは詩人であると同時に哲学者として、古代の神話を寓意的に表現することで、自らの倫理的あるいは科学的真理を明らかにしているのだから。そしてヘラクリトスは、そうした自身の寓意的なホメロス解釈は、恣意的なものではなく、ホメロス自身が実はそう読まれることを求めていた解釈だと主張するのだった。

ヘラクリトスによれば、ホメロスの批判者たちはジャンルを誤っているのだという。彼らはホメロスの詩を額面通りに受け取って、「不敬虔(アセベイス)」であるとか「不適切(アプレペイス)」であるとか述べている。しかし、ホメロスの物語には二つの階層があるのである:第一に、神話的な詩という文字通りの表面的なレベル。第二に、より深い哲学的真理という寓意的なレベルである。ホメロスが表面的なレベルにおいて書いていることは、実はより深い真理のほのめかしだったのである。

ヘラクリトス自身は、ホメロスの表面的なプロットに従い、しかもそれを寓意的に読むときには一貫した解釈を心掛けていた。それゆえに、一見コルヌートスの解釈法とそれほど変わらないように見えても、ヘラクリトスは解釈の放縦を慎み、相互に抵触するような解釈は採用しなかった。なおかつ、たとえば「アポロがアカイア人に死をもたらした」という箇所において、アポロを太陽と解釈しても、「死をもたらした」という部分まで寓意的に解釈して、「アポロがアカイア人に死をもたらした」を「太陽が輝いた」と読み替えることはしなかった。あくまで寓意的解釈は特定の主語にのみ適用し、動詞には適用しなかったのである。そのようにして、ホメロスの表面的な物語を解き切ってしまわずに、一貫した寓意的な意図を保持したのだった。

このようにしてヘラクリトスは、まずホメロス自身を寓意的解釈の作家であると述べることで彼を擁護し、同時に自らの寓意的解釈を提供することによって、ホメロスの元来の意図を回復させることを目指したのだった。ヘラクリトスによれば、ホメロスを批判する者たちはホメロスが表面上の物語の下に潜ませている哲学を理解しそこなっているにすぎない。それゆえに、一旦それを了解すれば、表面上の物語に見られる非倫理性や神人同型説は、本来ホメロスが意図した哲学や科学的な真理として正しく理解できるのである。そのホメロスの哲学というのは真に独創的なものであり、のちの哲学者たちの見解というのは実はホメロスから引き出したものである。ヘラクリトスの語源学的な分析は、この真理へと読者が引き返すことを可能にする。

2016年5月8日日曜日

ヘラクリトスと寓意的解釈 Konstan, "Heraclitus: Homeric Problems"

  • David Konstan, "Introduction," in Heraclitus: Homeric Problems, ed. Donald A. Russel and David Konstan (Writings from the Greco-Roman World 14; Leiden: Brill, 2005), pp. xi-xxx.
Heraclitus: Homeric Problems (Writings from the Greco-Roman World)Heraclitus: Homeric Problems (Writings from the Greco-Roman World)
David Konstan Heraclitus D. A. Russell Donald A. Russell

Society of Biblical Literature 2005-06-30
売り上げランキング : 398940

Amazonで詳しく見る by G-Tools
後1世紀から2世紀の間に書かれたと考えられているヘラクリトス『ホメロス問題』は、ホメロスが神々について述べていたことは寓意的に解釈されるべきであり、その内容は例えばストア派の神観にも比されるべき高度な内容だったと主張することによって、ホメロスが受けていた非難から彼を救出することを目的として書かれた書物である。

寓意的解釈の始まり。寓意的解釈とは、前1世紀のトリュフォンの定義によれば、あることを適切な意味で表現するが、一方で類似性によって他の何かの概念を供給するような言葉やフレーズのことである。ヘラクリトスは、この寓意的解釈を用いて、宗教的敬虔さに関するホメロスの悪評判を解消しようとしたのである。寓意的解釈をホメロスに適用した者として、最も古い記録は、前6世紀のレギウムのテアゲネスである。同様の解釈は、フェレキュデス、メトロドロス、コロフォンのクセノファネスらによっても試みられていた。しかし、彼らよりも古くからホメロスの寓意的解釈は存在したはずだと考えられている。

ホメロスの権威。プラトンは、ホメロスはすべての学芸の権威であり、すべての種類の知恵の源であると考えていた。ストラボンは、ホメロスは地理学の創始者であると考えていた。ストア派の哲学者たちは、ホメロスのことを哲学的教えの証人あるいは源泉であると見なしていた。なぜなら、ストア派は賢者のみが真の詩人だと考えていたからである。

寓意的解釈の本質。ホメロスの詩の一節は、しばしば古代の批評家にとっても不明瞭だった。それを何とか解釈するために、彼らは換喩的解釈や、語源学を用いた。プルタルコスによれば、古代の詩人たちが神々のイメージを用いたのは、概念を表す特定の用語を持っていなかったからであるという。

神話へのアプローチ。ストア派やキュニコス派は、ホメロスの描く徳のある行為のモデルを求めた。すなわち、知恵や忍耐の模範となるような人物をホメロス作品の中に見出そうとするのである。これはホメロス擁護にもつながっている。なぜなら、アキレウスやオデュッセウスのような英雄は、彼らを描いた詩人自身の清廉潔白さのしるしになるからである。ただし、神話を合理的に解釈することのすべてが寓意的解釈へと行きつくわけではない。パライファトスやエウヘメロスらは、神話への歴史的アプローチを取った。またオルフェウス教のような宗教的カルトは、ホメロスやヘシオドスのオリュンポスによって描かれる神々の寓意的解釈よりも広い間口を持っていた。プラトンは、『プロタゴラス』などにおいて、伝統的な神話の寓意的解釈を行なっているが、ホメロスによる神理解に含まれる不敬虔を非難したのだった。

プラトンによるホメロス批判。『国家』第2巻において、プラトンはホメロスを批判した。彼によれば、神話の中に真実を含むものがあることは確かであるが、若者はそうした物語における暗黙の意味をきちんと読み取ることができない。それゆえに、こうした詩は皆の前で朗誦されるべきではない、というのである。キケローやプルタルコスなどのプラトン支持者はこれに従った。これに対し、ストア派はホメロス擁護にまわった。ゼノン、クリュシッポスなどはホメロス解釈において、寓意的解釈を用いてその神学を強調することによって、彼を擁護した。後代のヘラクリトスは、プラトンもエピクロスも、共にホメロスに自分たちの教えの基礎を置いているのだから敬意を持つべきだと反論した。

寓意的解釈の種類。本来の寓意的解釈の他に、換喩法、語源学、歴史的出来事における神話の起源の探究、徳の模範としての英雄像の模索、倫理的・哲学的教えを支えるようなホメロス引用の整理などが挙げられる。これらはみな、ホメロスが不敬虔であるという言説に対する反論として、またホメロスがすべての学術において万能であることの証明として、そして表面的な意味と異なる謎めいた一節の説明として機能した。これらの解読法によって、隠された意味が明らかになる。しかもその隠された意味は、教育的な効果へと高められるのである。

Wolfgang Bernardは、寓意的解釈を、「代替的寓意(Substitutive allegory)」と「分割的寓意(Diaeretic allegory)」とに分けた。前者は、物語の登場人物と、抽象概念やエレメントとが、一対一対応になるものである。これはストア派やヘラクリトスに見られる。一方後者は、個別の登場人物ではなく、エピソード全体が寓意化されるものである。こちらはプルタルコスのようなプラトン主義者に帰される方法である。オリュンピオドロスのような新プラトン主義者は、より体系的に寓意的解釈を用いた。

2016年4月18日月曜日

教師としての詩人 Russell, "The Poet as Teacher"

  • D.A. Russell, "The Poet as Teacher," in Criticism in Antiquity (Berkeley: University of California Press, 1981), pp. 84-98.
Criticism In Antiquity (Bristol Classical Paperbacks)Criticism In Antiquity (Bristol Classical Paperbacks)
D. A. Russell

Bristol Classical Pr 1995-03
売り上げランキング : 2506297

Amazonで詳しく見る by G-Tools
本章は、古代の文芸批評における、詩人の役割について扱っている。アリストファネスはかつて、子供たちが教師を持っているように、大人たちは詩人を持っていると述べた。古代のギリシア・ローマにおいて、詩人の仕事はある種の教育を授けることでもあったのだ。

ただし、詩人をこのようにある意味で実用的に理解するというのは、必ずしも普遍的な見解ではなかった。むしろ詩は娯楽を与えるためのものであるというのが前5世紀からの共通見解であった。それが次第に、娯楽と実用性とのコンビネーションが賢明な詩人の目的だったと理解されるようになった。ヘレニズム期の理論家であるネオプトレモスは、実用性は詩の内容から、娯楽は言葉の響きから来るものだと説明した。他にも、詩人の目的な徳を教えることであり、娯楽は偶然それについてくるものだと説明する者もいた。

このような議論があったのは、詩が主題とする神話の中に、しばしば倫理的に非難されるべき箇所があるからであった。こうした詩の倫理について最初に批判した人物としては、クセノファネスが挙げられる。彼は、倫理の教育のために社会的な機会を用いるような詩のスタイルを推奨していた。これは翻って言えば、少なくとも前5世紀までは詩の伝統的な主題は非倫理的であると見なされていたということである。またヘロドトスは、ホメロスが物語の娯楽要素である美的効果にこだわるあまり、事実を曲げていることを批判した。

このように、倫理的な低さおよび事実の歪曲に関して、詩は否定的に評価されることがあったわけだが、これに対し、二つの点から擁護がなされた。第一に、詩が祭儀、法、そして生活の芸術において文明的な貢献をしたこと(アリストファネス、ホラーティウス)、第二に、詩人が問題のある物語を寓意化し、その内的な意味を明らかにしたことである。

ただし、プラトンはこれらの擁護の両方を否定した。『国家』において、プラトンはさまざま徳について語っているが、ホメロスにおける英雄や神々は、この徳のことごとくに当てはまらないのである。プラトンによれば、詩は明らかに読者の感情に影響を及ぼし、そうして刺激された感情は人間の自然な傾向や弱さを推し進めてしまうのだという。プルタルコスは、プラトン主義者として、この考え方をむろん引き継いではいるが、彼は詩の文脈を理解することと、詩人の言葉や状況の特殊性を歴史的に理解することなどを重視した。プラトンもプルタルコスも、詩の教育的な力を認めており、詩が読者の倫理的な姿勢を決めるとしている。それゆえにこそ、詩は厳格にコントロールされねばらないのである。

アリストテレスは、より複雑な見解を持っていた。彼が重視していたのは、詩の美的な質であり、その倫理性についてはほとんど関心を示さなかった。彼は、必要とあれば、詩において悪を模倣することも認めていた。アリストテレスによれば、確かに詩にも教育的な効果はあるが、あくまでそれは二次的で、詩の娯楽性が学びを含んでいるのだと考えた。すなわち、仮に詩が教育的あるいは実用的なレベルにおける有用性を持っていたとしても、それはあくまで付随的なものだというのである。アリストテレスは、詩人を倫理的な観点から批判する者たちの言説を一切認めようとはしなかった。

アリストテレスの考え方は、どうやら後代の者たちによく理解されていなかったような節があるという。ホラティウスはアリストテレスの影響を強く受けていたが、それでも彼は詩の倫理的な側面についてよく述べていた。と同時に、詩にとって真実であることは主たる目的ではなく、聴衆の関心を引くことが肝要であるとも考えていた。

アレクサンドリアの文献学者たちは、詩の目的をはっきり娯楽(プシュカゴギア)であると宣言した。彼らによれば、詩の中に神話的で非合理なことが出てきても、それをもって詩人を非難するのは的外れだと述べた。なぜなら、詩人の目的は真実を語ることではなかったからである。カリマコスなどは特に、詩のテクニックについて主として関心を持った。一方でストア派は、はっきりとホメロスは教育的であったと宣言した。ストア派によれば、詩のテクニックは、教育的な需要を満たすためのものであるという。そしてこうした見解を持ちつつ、ストア派が詩を解釈するに際して用いたのが、寓意的解釈であった。

ヘラクリトスは、寓意的解釈の萌芽を、アルキロコスやアルカイオスら初期の抒情詩人の中に見ている。ヘラクリトス自身の寓意的解釈は、神々や神話の寓意的解釈のみならず、抽象名詞の擬人化のようなものまで含んでいる。そしてそのようにして行なった解釈を、詩の作者の本当の意図だったと考えた。彼の考え方においては、寓意的解釈と象徴化とがあまり区別なく同居しているのである。

2016年4月8日金曜日

古代の詩人たちに関するコルヌートスの見解 Tate, "Cornutus and the Poets"

  • J. Tate, "Cornutus and the Poets," The Classical Quarterly 23 (1929), pp. 41-45.

コルヌートスは、ネロ帝の時代に活躍したストア派の哲学者である。本論文は、コルヌートスがホメロスやヘシオドスといった詩人たちの哲学的な側面をどのように評価していたかを検証したものである。

ギリシア神学を扱った論文の第17章において、コルヌートスは、詩人たちが歌う神話を安易に寓意的に解釈することを批判している。これは寓意的解釈の有効性を主張するストア派の主流派とは異なる見解である。コルヌートスによれば、ソクラテス以前の哲学者も神話を用いたが、詩人たちは神話のロマンスの部分ばかりを取り上げ、古代の哲学者たちによる寓意を部分的にしか伝えていないのだという。

コルヌートスの寓意的解釈自体はストア派由来のものであるが、詩人に対する低い評価はその限りではない。というのも、クリュシッポスは、古代の詩人をあたかもストア派であったかのように語っていることをキケローから批判されているし、ストラボンはホメロスの詩は哲学論文であり、ホメロスは哲学者であると見なしているし、そして寓意的解釈者のヘラクリトスはホメロスの哲学と知恵について語っているからである。とはいえ、ホメロスがストア派において最も理想的な人物であるかといえばそうではない。ストア派哲学者たちは、ホメロスが自分の創作を入れていること、彼の知識が不足していること、そして大衆を相手にしていることなどを批判してはいる。しかし、ホメロスがそうした非科学的な箇所を含みながらも、寓意的解釈によって正しい知識をも伝えようとしていることを、ストア派は高く評価していたのである。

それゆえに、詩人の誤りの強調と、その哲学的な性格の否定とは、コルヌートスがストア派から異なっている特徴になっている(彼は、語源学的解釈に関しても、クレアンテスやクリュシッポスよりも穏当なものをよしとした。言葉遊びはなるべく慎まなければならないという方針だったからである)。こうしたコルヌートスの逸脱は、キケローによる批判(古代の詩人を、現在から見ることで、あたかもストア派の哲学者であったかのように解釈するべきではない)に対するコルヌートスなりの回答であったと思われる。コルヌートスによれば、古代の詩人たちは確かにストア派哲学者ではないが、彼らの作品における神話は、ストア派的な寓意的解釈と親和性が高く、また彼らよりも前の哲学者らの見解を反映しているという。

コルヌートスにおけるこうした非ストア派的な考え方は、アリストテレスに依拠したものであると思われる。アリストテレスは、神話から、エッセンスとなる神学を抽出し、残りは創作だから必要ないものだと考えた。また彼は、ずっと古代にも哲学はあったのだが、それは詩人たちの神話の中にしか残っていないのだとも考えていた。

以上から、コルヌートスは、詩人たちが哲学的な真理を含んでいると考える点においてはアリストテレス的であるが、それがほんのわずかでしかないと考えるアリストテレスに対し、もっと多くがあるはずだと考える点においてはストア派的である。一方で、すべてのストア派的な原理が詩人たちの作品にあるとは考えなかった点においては非ストア派的であるが、詩人たちが哲学的なシステムを必ずしも伝えなくてもいいと考えていた点では非アリストテレス的である。

2016年3月20日日曜日

ギリシア哲学諸派による文学批評 Grube, "The Schools of Philosophy"

  • G.M.A. Grube, "The Schools of Philosophy," inThe Greek and Roman Critics (London: Methuen, 1965), pp. 134-49.
The Greek and Roman CriticsThe Greek and Roman Critics
G. M. A. Grube

Hackett Pub Co Inc 1995-03
売り上げランキング : 995214

Amazonで詳しく見る by G-Tools
本章では、アカデメイア、ストア派、ペリパトス派、ヘルマゴラスの学派らが、どのように詩や修辞の理論を扱ったかについて説明されている。前2世紀のヘルマゴラスまでは、修辞学者よりも哲学者の方がむしろ、修辞的な理論のイニシアチブを取っていた。とはいえ、その姿勢は学派によって大きく異なってもいる。ただし、エピクロス派のみは修辞学にまったく意味を見出さず、文学批評の理論にいかなる貢献もしなかった。

アカデメイアの者たちは、プラトンの偏見を受け継ぎ、修辞学をあまり重視しなかった。プラトン自身は、文学批評に関しても、少なくともある程度の貢献をしたが、彼の弟子たちはまるで無関心だったようである。

ストア派は修辞学に強い関心を示した。中でも彼らが熱中したのは、語源学である。アレクサンドリアの文献学者たちが、語源学を単に言葉の歴史的な学問と捉えたのに対し、ストア派はオノマトペをもとに、ものそれ自体とその名前との自然的な関係性を考察した。その点で、analogistであったアレクサンドリア文献学者に対し、ストア派はanolmalistの性格を持っていた。ストア派は修辞学と弁証法との類似関係を指摘しつつ、ストア派的な哲学者のみがよき弁論家になれると主張した。ただし、ストア派は虚飾を好まないので、修辞的な徳目に簡潔さを加え、また形式よりも内容を重視した。一方で、哲学の真理に至るには詩的な工夫も必要と考えていたので、音のよさをないがしろにしたわけではなかった。

アリストテレスの議論を受け継いだペリパトス派は、文学と修辞学の歴史にも最大の影響を与えている。ただし、彼らが学派として何か独創的なことを主張したというより、アリストテレスとテオフラストスの独創的な見解に依拠して語っていたと見るべきである。たとえば、3種類の弁論(審議、法廷、演示)、5種類の修辞技法(創案、主題の配置、様式、提示法、記憶)、文学スタイルの4種類の徳目(正しい言葉、明晰さ、適切さ、装飾[、簡潔さ(ストア派)])などの定式は、基礎となる部分をアリストテレスとテオフラストスに依拠しつつ、ペリパトス派が定めたものである。ただし、文学の3種類のスタイル(素朴、壮大、その中間)や弁論の4部分(導入、物語、証明、結論)は、ペリパトス派のものとは考えにくい。特に弁論の4部分は、イソクラテスやテオデクテスなどによって、4つ以外の定式も提案されている。

またペリパトス派の文学理論で特筆すべきは、失われたアリストテレス『詩学』第2巻にあったと考えられる、喜劇の理論である。コイスリニアヌス小論(Tractatus Coislinianus)という掌編は、この失われたアリストテレスの理論を部分的でも含んでいると考えられている。その中で、笑いは言語による笑いと状況による笑いとの2つに分類され、それぞれさらに7つと9つの下位分野に分かれている。言語による笑いは、同音異義語、同意語、饒舌、類音語、指小語、言葉の変化、そして言葉の性などの誤りに分けられ、状況による笑いは、あることを別のもののようにすること、欺き、不可能性、非論理的な方法を通して潜在的な終わりに至ること、思いもよらぬこと、ある人物を実際よりも悪く描くこと、大衆的な踊り、よりよい選択が可能な中でのより悪い選択、そして論理的な手順を欠くことに分けられる。細かい点において疑いはあれど、大きなくくりではこれはアリストテレス的といえる。

ここまでは、哲学者が修辞学の理論を先取りしてきたが、前2世紀のヘルマゴラスがこうした議論を修辞学のフィールドに引き戻したのだった。彼は、弁論家の主題を、一般と特殊に分けた。また彼は弁論における4つの立場(事実、定義、質、異議)を定義した。こうした定式は、修辞学の歴史ならびに法律学の歴史にも属している。ヘルマゴラスによって再興された修辞学は、ローマ世界に伝えられた。

関連記事

2016年2月6日土曜日

偽プルタルコス『ホメロスについて』概説 Lamberton, "Introduction"

  • Robert Lamberton, "Introduction," in Plutarch: Essay on the Life and Poetry of Homer, ed. J.J. Keaney and Robert Lamberton (American Philological Association American Classical Studies 40; Atlanta: Scholars Press, 1996), pp. 1-31.
Plutarch: Essay on the Life and Poetry (American Philological Association American Classical Studies Series)Plutarch: Essay on the Life and Poetry (American Philological Association American Classical Studies Series)
Plutarch

Oxford University Press, U.S.A. 1996-05
売り上げランキング : 1066453

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
偽プルタルコスの『ホメロスについて』は、ホメロスを諸学の祖として称揚しつつ、その言語、思想、世界観、そして作品の内容を分かりやすく説明した、初学者向けの古代のハンドブックである。本書は13世紀のマクシモス・プラヌデスによってプルタルコスに帰され、『モラリア』と共に保存されていたが、現在では明らかに著者はプルタルコスではないと考えられている(これを最初に主張したのはDaniel Wyttenbach)。というのも、4世紀に作成されたプルタルコスの著作リストである「ランプリアス・リスト」の中に本書は挙げられていないのである。とはいえ、本書の一部が3世紀のパピルスに残っていることから、プルタルコスと同時代から2世紀末頃までに書かれたものではあるとされている。このterminus ad quemの算定は、2世紀に発達したピタゴラス神秘主義的な寓意が本書のどこにも含まれていないことからくるもので、やや曖昧なものである。著者がプルタルコスを知っていた可能性も高いが、プルタルコス本人の主張と明確に異なることも述べられている。

偽プルタルコスの目的は、ホメロスを諸学の祖として証明することで、彼を称揚することであった。プラトンは、ソクラテスがしきりにホメロスを否定していたと書き残しているが、偽プルタルコスはこのプラトン的伝統には無関心であった。かといって、ストア派哲学に完全に依拠しているわけでもない。ただし、はっきりと反エピクロス派ではあった。また、彼は後代の思想家のアイデアをホメロスの記述の中に「発見」することもあった。

偽プルタルコスがホメロスの真作と考えていたのは『イーリアス』と『オデュッセイア』だけであり、それぞれ肉体の強さと魂の気高さとを象徴しているとした。ホメロスの作品に悪徳が登場することについて、彼は、ホメロスが徳と悪徳との両方を登場させたのは、読者が自分自身で倫理的感覚を磨き、自ら徳を選ぶように期待しているからだと説明した。すなわち読者の積極的な役割が求められているのである。

ホメロスの言葉遣いを、偽プルタルコスは寓意と定義している。彼によると、この寓意はあるものを別のもので言い換えることだが、そのとき皮肉や風刺が関係してくるという。寓意は、ヒント(ヒュポノイア)と言い換えることも可能である。こうした、表面上の意味以上の意味は、謎(アイノス、アイニグマ)という言葉でも表されている。

偽プルタルコスはホメロスが発明した人間の議論を、歴史的(ヒストリコス)、理論的(セオレティコス)、そして政治的(ポリティコス)とに分けている。歴史的議論は、過去の出来事の物語を扱うものである。理論的議論は、自然学(physics)、倫理学(ethics)、そして弁証法(dialectic)に分けられる。

理論的議論中の自然学の中では、宇宙論、神論、霊魂論などが扱われる。偽プルタルコスは、ホメロスが神を非肉体的、非物質的なものと考えていたと述べている。言い換えれば、ホメロスが肉体的な神を描いたのは、詩を書くにあたって必要に迫られたからだというのである。ホメロスの神々は、実際にはプラトン、アリストテレス、テオフラストスが考える神だったのである。霊魂に関しては、偽プルタルコスは特にピタゴラス主義的な考え方を持っていた(霊魂移入など)。プラトン『クラテュロス』からの影響も見られるが、それもピタゴラス主義的に変えられている。オデュッセウスの冥府下りも、魂の肉体からの分離と理解された。こうした物質的な魂理解はピタゴラスに依拠しているが、非物質的な魂というプラトンとアリストテレスからの影響も見られるという。倫理学に関しては、偽プルタルコスはストア派的というよりも、逍遥学派的であるという。とはいっても、オデュッセウスの英雄的行為のプラトン主義的理解とストア派的理解とを並置することもあり、こうした諸学派間の矛盾に関してはあまり興味を持っていないようである。

政治的議論は、実際にはホメロスの修辞学的側面、すなわち彼の演説の修辞学的力と弁論家のテクニックに関する彼の知識を扱っている。

興味深いのは、ホメロスの詩を占いに用いる観点である。偽プルタルコス以前にホメロスのテクストに魔術的目的のために言及しているものはないようである。こうした叙事詩を占いに用いるという方法は、ハドリアヌス帝の時代にウェルギリウスの『アエネーイス』を寓意的解釈することで始められたことなので、ローマで生まれた実践法がギリシアに輸入された好例であるといえる。

2016年2月1日月曜日

キリスト教文法学:アレクサンドリアのクレメンスとオリゲネス Irvine, "Clement of Alexandria and Origen"

  • Martin Irvine, The Making of Textual Culture: ‘Grammatica’ and Literary Theory, 350-1100 (Cambridge Studies in Medieval Literature 19; Cambridge: Cambridge University Press, 1994), pp. 164-69.
The Making of Textual Culture: 'Grammatica' and Literary Theory 350–1100 (Cambridge Studies in Medieval Literature)The Making of Textual Culture: 'Grammatica' and Literary Theory 350–1100 (Cambridge Studies in Medieval Literature)
Martin Irvine

Cambridge University Press 2006-11-02
売り上げランキング : 392129

Amazonで詳しく見る by G-Tools
古代の文法教育に関して、アレクサンドリアのクレメンスとオリゲネスとの見解をまとめたものを読みました。クレメンスの主要作品としては『プロトレプティコス』『パイダゴゴス』『ストロマテイス』といったものが残っているが、これらはアレクサンドリアの文法学(グランマティケー)によって準備された文学文化の産物である。聖書は新しい教育(パイデイア)のためのテクストとなったので、それを教育し、解釈することを通してキリスト教的共同体が作られるようになった。

特に『ストロマテイス』は、ヘレニズム期に流行したアンソロジー形式で書かれており、テクストと注解、古典文学の批判、解釈の目的に関する反省、古典文学や聖書文学の寓意的解釈、言語に関する議論、そして古代哲学の解釈などが雑録風に収録されている。『ストロマテイス』は、キリスト教的解釈の高度なグノーシスを求めて文法学の訓練をしている者たちのための解釈の訓練のためのものだった。

クレメンスにとって、キリスト教聖書解釈者はキリスト教的グノーシスの予備知識としてのギリシア哲学にも通じている人物でなければならなかった。なぜなら、ギリシア的教育は真理を区別し、またそれを守るための精神を訓練してくれるからである。それゆえに、彼は自らを、ディオニュシオス・トラクスのようなギリシアの文法学者の伝統に連なる者として考えていた。

クレメンスは、文法と意味論に関してはアリストテレスとストア派に、またロゴスの形而上学に関してプラトンに依拠していた。アリストテレスに倣い、彼は語り(speech/phone)が名前(names)、概念(concepts)、そして実際のもの(actual things)から成り立っていると考えた。すなわち、名前(name/ta onomata)とは概念(concept/ta noemata)を象徴するものであり、また概念とは実体(subjects/ta hypokeimena pragmata)の印象のことなのである。この区分は、名前(onomata)と実際のもの(pragmata)という二分割でも表現されることがある。そしてキリスト者は、表現(lexis)ではなく意味されるもの(semainomena)に関心を持つべきであるとした。一方で、プラトンに倣い、彼は神とは何よりも発声(phone)、すべての思考(noema)、すべての概念(ennoia)であり、決して語られたり書かれたりはしないものと考えた。それゆえに、高度なグノーシスは、謎めいた語りや寓意的な解釈からのみ得られるものだという。

オリゲネスの仕事は多岐にわたっているが、ヘレニズム期の文法学者から続く伝統的なジャンルの作品を残している:スコリオン、注解、雑録、校訂版、対話篇、そして正典の組織などである。エウセビオスは、オリゲネスとはキリスト教の文法学者であると述べている。またポルフュリオスは、オリゲネスがプラトン、ロンギノス、ストア派のカイレモン、コルヌトスらの影響を受けていると見なしている。オリゲネスもまた、アレクサンドリアの文学文化の中で、同じヘレニズム的な文法学的解釈の伝統の中に位置しているのである。寓意的解釈を最初に体系的に取り入れたキリスト教作家として、オリゲネスはアンブロシウス、ヒエロニュムス、アウグスティヌスらに大きな影響を与えている。

中でも重要なのが『雅歌注解』である。彼はソロモンの書物(コヘレト書、箴言、雅歌)がそれぞれギリシアの文学的ジャンルおよび哲学的原理に呼応していると考えた。箴言は神秘への関心を呼び起こし、コヘレト書は目に見えるものや肉体的なものが空しいと教え、そして雅歌は知恵を探し求める者が、愛に覆われた霊的な意味を持った、永遠かつ目に見えないものに至ると説いた。

2015年11月20日金曜日

ギリシア哲学者としてのアブラハム Feldman, "Abraham the Greek Philosopher in Josephus"

  • Louis H. Feldman, "Abraham the Greek Philosopher in Josephus," Transactions and Proceedings of the American Philological Association 99 (1968), pp. 143-56.

本論文の中で著者は、アピオーンやアポロニオス・モロンによるユダヤ人批判に反論するヨセフスの護教的テクニックの一つとして、アブラハムをギリシア哲学者として描くことを挙げている。ヨセフスのアブラハムは、神の存在に関する目的論的議論を洗練された方法で逆転させる鋭さを持ちつつも、相手の話を聞く柔軟さを併せ持ち、しかも自身の科学的知識をエジプトの哲学者たちと共有する気前良さをも持っていた。

『古代誌』におけるヨセフスの護教論の目的は、非ユダヤ人からの批判に対抗することであったので、そうした非ユダヤ人読者にアピールするようなアブラハム像を創り出したのだった。ヨセフスは、トゥーキュディデースが描いた政治家ペリクレスのように、論理学と説得能力を持ったアブラハムを描いた。そもそも、古代における哲学の目的は、相手を説得し、転向させることであった。

論文著者は、そうしたアブラハムの論理的な演繹法のうちでも最も重要なものとして、神の唯一性の証明を挙げている。ユダヤ文学の中では、『アブラハムの黙示録』、『ヨベル書』、『創世記ラバー』などで、アブラハムが自身の理性を通じてこの見解に至ったことが描かれている。ただし、ヨセフスのアブラハムは、ストア派などギリシア哲学における証明方法を用いているのが特徴的である。しかも、多くの哲学者が天体の秩序だった動きに基づいて神の存在を証明するの対し、ヨセフスのみは――論文著者の調べた限りでは――ただ一人、天体の無秩序な動きに基づいてそれをしているという。キケロー『神々の本姓について』で描かれるクレアンテスは、神の存在を証明するものとして、嵐や地震といったこの世界における異常な出来事と共に、天体の秩序だった動きを挙げている。ヨセフスは、完全な自由意思を持った非物質的なユダヤ的な神概念を持っているがゆえに、クレアンテスの二つの議論を一つにまとめたような証明に至ったのだと考えられる(ただし、論文著者によれば、ヨセフスは哲学者というガラではないという)。

こうしたアブラハムを賢者として描く方法は偽エウポレモスにも見られるものであるから、ヨセフスの独創ではないが、ヨセフスはアブラハムを天文学者かつ論理学者として、より強調して描いている。ラビ文学や偽フィロンが、アブラハムが巻き込まれるカルデアでの騒動を、主に信仰の問題として描くのに対し、ヨセフスは、アブラハムが科学的かつ哲学的な議論において反発されたとしている。

ピタゴラスやソロンのようなソクラテス以前の哲学者たちが、マギ、インド人、エジプト人などの賢者たちと哲学的な議論するという典型的なイメージがヘレニズム時代にはあったが(フィロストラトス、プラトン『ティマイオス』)、アブラハムがエジプトを訪れたこともこのイメージを下敷きにして描かれている。事実、ヨセフスは『アピオーンへの反論』の中で、教養あるユダヤ人が小アジアにいたアリストテレスを訪ねて、知識を交換する様子を描いている。
ラビ文学にも同様の描写はあるが(ベホロット8b)、そちらではアブラハムは伝道者として描かれることが多く、ヘレニズム的な様式の哲学的な議論はほとんど出てこない。ヨセフスの描くエジプト人と対話するアブラハムは、論理学、哲学、修辞学、科学に秀でた極めて知性的で教養あるヘレニズム的紳士であった。それどころか、アブラハムは、のちにエジプト人が名声を得るに至った計算術や天文学に関する知識を、当のエジプト人に教えた人物となった。そうした知識を惜しげもなく与えるほど気前のよい人物としてアブラハムを描きたかったのである。ラビ文学においては、天文学の知識を持つアブラハムを肯定的に描く伝統は、中世になるまでなかった。むしろ、ラビたちは天文学や占星術を魔術と見なしていたので、アブラハムがそれを知っているがゆえに子供をなかなか得ることができなかったと説明していたほどである。

天文学者としてアブラハムを描くのは、先に述べたように偽エウポレモスにも見られるものであったので、ヨセフスはそれを流用して、ギリシアの読者にアピールするように、天文学のような科学的な精神を持った人物としてアブラハムを描いた。しかしながら、興味深いことに、フィロンはアブラハムはカルデアで天文学の知識を持っていたが、それは目に見える世界への執着であり、そこから出て目に見えない世界へと入ることによって、純粋な哲学者になったとした。ラビ文学は、アブラハムが占星術に関する知識を持っていたとしているが、神がアブラハムを説得して占星術を手放させたと伝えている。

ヨセフスは護教的理由から、哲学者かつ科学者としての側面を強調しつつ、アブラハムを典型的な国民的ヒーローとして描こうとしたのだった。

2015年10月18日日曜日

ヘカタイオスとストラボン(およびポセイドニオス) Gager, "Moses the Wise Lawgiver of the Jews"

  • John G. Gager, Moses in Greco-Roman Paganism (SBLMS 16; Nashville: Abingdon Press, 1972), pp. 25-43.
Moses in Greco-roman PaganismMoses in Greco-roman Paganism
John G. Gager

Society of Biblical Literature 1972-01-30
売り上げランキング : 1289773

Amazonで詳しく見る by G-Tools

異教のギリシア文学におけるモーセへの最初の言及は、アブデラのヘカタイオス(前300年頃)『エジプト史』においてである。『エジプト史』はシケリアのディオドロス(前1世紀)『歴史叢書』の中に引用され、さらにそれがフォティオス『図書総覧』の中に引用されて残っている。

冒頭では、すべての外国人がエジプトから追放された出来事に触れている。これはギリシア的な視点から書かれているが、卓越したエジプト人たちに対する、ギリシア人とユダヤ人という描き方になっている。といっても、モーセに対しては特別の敬意が払われており、他のエジプトの法制定者に対するのと同じ敬称が付されている。

引用者であるディオドロスは別の箇所において、非エジプト人の法制定者たちのリストを挙げ、最後に神「Iao」に使えるモーセを挙げている。ユダヤ人の神をIaoと呼ぶのは、ウァッロー(前27年死去)などにも見られるが、前6-5世紀のエレファンティネのパピルスにも同様の表現が見られるので、ディオドロスのみならず、ヘカタイオスもこの神の名を知っていた可能性もある。

ヘカタイオスはモーセの立法上の活動を説明している。その律法は宗教的なものと社会的なものに分かれるが、いずれもギリシア的なモデルに従って説明されている。たとえば、モーセの偶像禁止は、ギリシア哲学における伝統的な神人同型説の否定および同一化に由来するものとなる。

ヘカタイオスの説明の中には、五書からの引用と思しき一節があるが、ヘカタイオスの時代に完全なギリシア語訳聖書は存在しなかったので、おそらくアレクサンドリアにおけるユダヤ人から口頭で伝わってきたものを、彼がパラフレーズしたと考えられる。

ヘカタイオスはモーセが12部族を分けたと述べている。これはむろん聖書の記述とは矛盾するが、フィロンも同様の説明をしている。プラトンは、『法律』において、法制定者が人々に12の部分を割り当てるべきであるという説明をしているため、ヘカタイオスもフィロンも、哲学的なギリシアの法制定者のイメージをモーセに付しているといえる。

ヘカタイオスの説明においては、土地の割り当ては平等になされるべきだが、祭司たちは特別に他の人々よりも多くの割り当てをもらうことになっている。これも聖書の記述とは矛盾するが、ヘカタイオスはギリシア人の考え方に従って、リーダーは些事にわずらわされるべきでないということと、市民は法に守られるということをここで示しているのである。また、そうして得た土地は勝手に売ってはいけないことが述べられているが、これは貧者の救済と人口レベルの維持を目的としたものだった。特に人口のコントロールはギリシア哲学の課題であった。

ヘカタイオスの説明は概してユダヤ人に対して肯定的なものだが、二か所だけ否定的にも取れる箇所がある。それは、ユダヤの儀礼と文明が「異なっている(exellagmenos)」という説明と、彼らの文化は「外国人に対して非社会的で敵対的である(apanthropos tis kai misoxenos)」という説明である。しかし論文著者によれば、ディオドロスの他の箇所での「異なっている」という言葉の使い方から、この語は必ずしも否定的とはいえないし、また当時の民俗誌学的な作家の常として、thaumasiaとnomina barbarikaに関するセクションを入れるものだったのだという。

いうなれば、ヘカタイオスによるユダヤ人の描写は、ヘレニズム民俗誌学の典型とえるものである。さらにいえば、ヘロドロス以前のイオニア民俗誌学から受け継いだ伝統的な要素と、ヘレニズム期特有の要素との融合である。前者は特に、①神理解と犠牲の実践を含む「宗教的な法(religious laws)」、②結婚の慣習などを含む「普通でない慣習(unusual customs)」、そして③埋葬方法などに強い関心を持つ。一方で、後者はアリストテレスや逍遥学派の影響下で、政治制度への関心を強め、さらにさまざまな人々の歴史的な起源や、外国人の特異性に関心を持つ。

ストラボンの『地理誌』16巻におけるユダヤ人の描写は、ポセイドニオスに帰されることが多い。この中で、ユダヤ人はエジプト人の子孫であるとの説明があるが、これはよく言われていた説であり、ストラボンはあえてそれを選択しているように思われる。リュシマコスやアピオーンは、ユダヤ人の出エジプトを、疫病に罹患したエジプト人が追い出された物語であると説明しているので、ストラボンの説明は、ある意味ではこうした反ユダヤ的説明の一解釈であるともいえる。

こうした経緯から、モーセもまたエジプト人の祭司であったということになる。これはマネトンやアピオーンらによっても述べられていた見解である。つまり、モーセはヘリオポリスの地元の祭司として知られたエジプト人であるという説は、ストラボン以前の少なくとも前1世紀にはあったのである。

ストラボンはユダヤ教の神を説明するに際して、2つの要素を挙げている:第一に、神は天や地を含む我々すべてを含む一者である。第二に、神は我々が言うところの点や地や自然(フュシス)である。第一の説明はヘカタイオスにも見られるものだったが、第二の説明は明らかにストア派的な言説である。またヘカタイオスは、モーセによる偶像禁止の理由を、神は人間と同じ形をしているわけではないことから説明したが、ストラボンは、エジプト人の神獣同型説とギリシア人の神人同型説との両方の否定だと説明している。これはギリシアの伝統的な批判の方法でもあった。

ストラボンはモーセを神学者としてのみならず、影響力のある教師としても描いている。そこでモーセは軍事ではなく、神殿や祭儀に関する法を定める者となる。神殿祭儀の法においては、神はただ贅沢な犠牲では喜ばないというピタゴラス派のアイデアが入っている。モーセの軍事行動にも注目したヘカタイオスと異なり、ストラボンのモーセは自身の制度や外交手腕によって物事をさばいている人物という印象である。さらにいえば、ストラボンはヘカタイオスよりも、モーセの宗教指導者としての側面に注目しているのである。そしてそれを自身のストア派哲学のイメージの中で説明するという手法を取っている。

2015年10月14日水曜日

エピクロス派とストア派 Long, "Epicureans and Stoics"

  • A.A. Long, "Epicureans and Stoics," in Classical Mediterranean Spirituality, ed. A.H. Armstrong (London: SCM Press, 1986), pp. 135-53.
Classical Mediterranean Spirituality: Egyptian, Greek, Roman (World spirituality series)Classical Mediterranean Spirituality: Egyptian, Greek, Roman (World spirituality series)
Arthur Hilary Armstrong

Alban Books Ltd 1989-07
売り上げランキング : 2447043

Amazonで詳しく見る by G-Tools

本論文の中で著者はエピクロス派とストア派とを対比的に説明している。ストア派にとっての神は最高神のゼウスであるが、自然の全体に内在し、人間の倫理的な幸福に関心を持っている。一方で、エピクロス派の神は人間のかたちをしているが、この世界の者ではなく、人間界の出来事といかなる因果関係も持っていない。両者共に、ギリシアの伝統的な神理解を用いて自身の哲学を説明しようとしている。

前341年にアテーナイで生まれたエピクロスは、永続する幸福を獲得することを目標とした。彼の教えは哲学と宗教の両方にまたがり、すべての原理を空間の中にあるアトムに帰した。彼のシステムの全体は、ものごとの正しい理解を通して、いかにして精神的な健康と幸福とを獲得するかということであった。彼の作った共同体では、当時としては異例なことに、女性もまた男性と同等に扱われていた。

さまざまな人間界の欲望に対し、エピクロスは人間が必要な基本的な幸福は実はシンプルなものだと説明した。彼によれば、人間の欲望には、「自然な」ものと「無駄な」ものとがあり、「自然な」ものの中には「必要な」ものと「ただ自然な」ものとがあるという。さらに、「必要な」もののうちには、「幸福のために必要な」もの、「肉体の自由のために必要な」もの、そして「人生そのもののために必要な」ものとがあるという。

エピクロス派の神学としては、否定的なものと肯定的なものとがある。否定的な神学において説かれているのは、世界は神々によって作られたものではなく、人間のふるまいを含めたすべての出来事は神々を喜ばせたり悲しませたりはしないということである。世界は神々によって作られたにしてはあまりに不完全だというのが彼の考え方であった。一方で肯定的な神学において説かれているのは、神の存在は疑いなく、その像を正しく受け取れば人間にとってよいことになるということである。ただし、神の像は原子的なイメージによって作られているので、それを人間が誤って受け取ってしまうと、ときに人間を傷つけるということもあり得る。エピクロスは神々が人間の姿をしていると考えたが、それは人々の間で共通のイメージを用いて自身の神学を説明するためであった。エピクロスの神々は客観的な存在として生きているのではなく、人間の生の理想化されたものであるともいえる。

エピクロスは、神々が世界と人間の運命をコントロールとしていることを否定することによって、宗教信仰の中心にあると考えられていたことを取り除いたのである。

ストア派は、キティウムのゼノン、クレアンテス、クリュシッポスらから始まり、キケロー、セネカ、プルタルコス、エピクテトス、そしてマルクス・アウレリウスらの思想にも大きく影響を及ぼしている。ストア派は、多くの点に関して、プラトン、アリストテレス、キリスト教と歩調を合わせ、エピクロス派を否定することを述べている。たとえば、第一に、神的な事柄は世界の存在や我々自身の基礎であり、第二に、世界は秩序とシステムを示すことで、神的な原理の存在を証ししており、第三に、人間は神の似姿をしている、といったストア派的な言説のうち、第一と第二はエピクロス派と真っ向から対立する。一方で、プラトンやアリストテレスと大きく異なる点として、人間の魂や最高神ゼウスを肉体的(corporeal)なものとして捉えていることと、世界が創造され、のちに破壊されることとを説いている。またストア派は理性の概念を広げ、欲望やよい感情(エウパテイアイ)などをも含めつつ、情念や精神的な動揺などといった魂の無秩序な状態に対比させている。

ストア派は伝統的な宗教的アイデアや言説を基にして自分たちの神概念を形成した。ゼウスをはじめとする神々をそのまま受け継ぎつつ、それらに世界の特定の特徴を付与したのである。ストア派はこのようにして一貫したシステムを築き上げ、第一に、神はすべてのものの設計者であり作成者であること、第二に、人間は神々の枝分かれでありパートナーであること、そして第三に、人間の機能は神々と調和して生きることを強調した。

第一と第二の点に関して、ゼウスはすべての存在を創造し、自然法(natural law)を活動させる者として、その力の代理者である雷を持っている。この自然法によって出来事の不可避的な秩序が保たれ、さらには倫理的な秩序も保たれる。この世で起きるすべての出来事は正しいという理解から、出来事の秩序と倫理的な秩序とは同一視されている。ストア派によれば、人間の精神活動のすべては、神の一部でありパートナーなのだと理解される。

第三の点に関して、神は自然のすべてを構築したが、人間の理性(ロゴス)のみは神の属性でもあり、それによって人間は神と特別に関係していると考えられる。正しい理性には、内面的な側面と外面的な側面とがある。内面的な側面は、いわゆるストア派的な倫理の原理を作っている。外面的な側面は実際の出来事の中で自らを明らかにする。しかもそれはもはや神の領域でもあるので、人間の倫理的な価値観では測れない。ストア派的な神学とは、倫理的な掟と、世界は神々が我々に提供した最良のものであるという主張とを和解させる試みであるといえる。