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2018年7月24日火曜日

非メシア待望、非終末論的テクストとしての『4Q創世記注解』 Niccum, "The Blessing of Judah in 4Q252"

  • Curt Niccum, "The Blessing of Judah in 4Q252," in Studies in the Hebrew Bible, Qumran, and the Septuagint Presented to Eugene Ulrich, ed. Peter W. Flint, Emanuel Tov, and James C. VanderKam (VTSup 101; Leiden: Brill, 2006), 250-60.
創49章の解釈である4Q252の断片6(第5欄)は1956年にJohn Allegroによって出版されている。メシアとヤハッドについて語っていることから、Yigael Yadinらから党派的文書と見なされてきた。Moshe Bernsteinは、4Q252の主題上の統一性のなさから、著者の意図は党派的な関心から形成されたというより、創世記の釈義上の問題点を解決することだったと考えた。その一方で、Bernsteinは、断片6に限っては「党派的」かつ「メシア的/終末論的」であり、またクムランにおける他の一節の背景の中で読むと、極めて「クムラン的」であると結論付けた。

論文著者は、Bernsteinの4Q252全体に関する立場を支持しながらも、断片6についての見解は疑問視する。他の断片の中で見ても、断片6におけるユダへの祈りの注解は釈義上の困難を解決しようとするものであり、他の断片と同じように、クムランやメシア待望と関連するものとは限らない。

創49のヤコブの祝福は、ユダヤの聖書解釈では終末論的に読まれてきた。とりわけ10節の「王笏はユダから離れず、統治の杖は足の間から離れない。ついにシロが来て、諸国の民は彼に従う」は、待望されたダビデの後継者の軍事的成功と、その支配の千年王国的な性質のことだと理解された。

創49のこのような解釈史は、ゼカ9:9-17に始まる。ここでは創49:10-12のテクストが軍事的な用語や終末論的な用語と関連付けられている。メシア的とまでは言わなくとも、預言者はユダへの祈りの成就が捕囚後のエルサレムにおけるダビデ的指導力になると考えている。次に、より後代のユダヤ解釈も同じ主題を展開する。たとえば、タルグム・オンケロス、『バビロニア・タルムード』、『創世記ラバー』などである。興味深いことに、イスラエルの敵を征圧するメシアというイメージは、ラビ文学でも後代に現れるものであり、そのときはいつも創49はイザ63章と関連付けられている(タルグム・偽ヨナタン、ナオフィティ、イザヤ・タルグム)。

ただし、これらのどれも4Q252における解釈とは異なっている。そこで関連付けられているエレ33:14-26は、創49章に関する何らかの伝承に依拠しており、ダビデのつながりと関連している。ここでは、第一に、神自身がその預言が未来のある時のことを指していると述べており(「その日、その時、わたしはダビデのために正義の若枝を生え出でさせる。彼は公平と正義をもってこの国を治める……」)、第二に、ダビデへの約束はレビ人への約束と関連しており、イスラエルの世俗的な支配と霊的な支配が結び付けられている(「量り知れない海の砂のように、わが僕ダビデの子孫と、わたしに使えるレビ人の数を増やす)。こうして、ユダへの祝福はメシアの到来までの現在進行中の聖書解釈となる。このとき、トーラーの学習はダビデ専制の最終的な到来を確かなものとすることに役立つ。すなわち、4Q252は、軍事的かつ千年王国的な解釈と共に発展した、創49章のハラハー的解釈でもある。

これと似たような解釈は、ユスティノス『対話』1.52に見られる。ただし、キリストの時代までは、イスラエルが霊的および政治的指導力を持っていたが、それ以来失ったという裏面からの論理である。またタルグム・オンケロスや『創世記ラバー』にも似た解釈がある。

以上より、ユダへの祝福を解釈する場合、もし注解者がメシアの到来に注目するときには、軍事的かつ千年王国的な考えが前面に出てくる。しかし、もしメシアの到来以前の状態に注目するときには、イスラエルの法的教えの同時代的な状態が強調される。4Q252はこのうち後者の立場に近い。

4Q252のテクスト上での「幾千もの人々」や「旗」への言及は、軍事的なメシアを想起させる。事実、Y. Yadinはこの箇所と『戦いの巻物』とを比較している。あるいは、他の研究者もダビデ的な軍事王をイメージしているが、これらの解釈は適当でない。なぜなら、第一に、創49を軍事と結びつけるのはイザ63章と関連付ける後代の解釈に見られるものであり、第二に、これ以外のヒントがないからである。

結論としては、4Q252は、創49章の3つの主なユダヤ的解釈のうち、ハラハー的なものに近い。このテクストは聖書解釈上の問題を解決しようとし、メシア待望とは離れた鍵語を持ち、契約と律法への関心が見られる。メシアの来臨を考えてはいるが、編纂者の関心は未来よりも現在であり、軍事的な制圧や千年王国的強調よりはトーラーの解釈である。この結論は、Bernsteinによる、4Q252は創世記の難解な箇所の注解だという主張を支持する。ただし、Bernsteinがこの箇所を他の部分とは異質なものと見たのは間違いである。なぜなら、中心的な課題はメシア的でも終末論的でもないからである。また「ヤハド」の語が見られるが、それ以外はクムラン的な感じは受けない。

2018年5月31日木曜日

教父学概論の定番 小高『古代キリスト教思想家の世界』

  • 小高毅『古代キリスト教思想家の世界:教父学序説』創文社、1984年。
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本書はいわゆる教父学(Patristic Studies)の入門書として定評のある一書である(ちなみに、本書によると「教父学(Patrologia)」という名称は、1653年、ルター派の神学者J. Gerhardによって確立された)。今から30年以上も前に、さまざまな教父の引用を豊富に紹介しつつも、不必要に難しすぎない入門書を書き上げた著者には、深い敬意を覚える。本書は現在でも、古代キリスト教思想家という「果てしない森」に分け入るための最適の一書であろう。

第1章で、著者は「教父」とはいかなる人を指すのかについて説明する。初期教会において、教師、特に司教が「父」という名で呼ばれていた。さらに、325年のニカイア公会議に参集した司教たちが、特別な意味で「父」と呼ばれるようになった。以降、公会議に参集し、信経を正しく解釈した司教たちが「父たち」すなわち「教父たち」と呼ばれた。しかし、後代になると、ヒエロニュムスのように司教ではなく司祭であっても、教父と呼ばれるようになる。このようにして基準を明確化していった結果、教父の定義としては、以下の4点が挙げられる:
  1. 教理の面で正統信仰を保持していること(doctrinae orthodoxia)
  2. 聖なる生涯(sanctitas vitae)
  3. 教会の承認(approbatio ecclesiae)
  4. 古代教会に属すること(antiquitas)
これらの基準を満たす教父としては、東方教会では、ダマスコのヨアンネス(749年没)、西方教会では、大グレゴリオス教皇(604年没)あるいはセビリアのイシドルス(636年没)が最後とされる。基準をひとつでも満たさない著作家は、教父ではなく教会著作家と呼ばれる。

第2章では、教父と聖書との関係が論じられる。すべての教父たちは、その信仰や思想を聖書のうちに培った。教父たちは、聖書を神によって書かれた一つの書と考え、新約はもとより旧約聖書の中にもキリストを見出している。ただし、彼らの旧約聖書は「七十人訳」と呼ばれるギリシア語訳であり、その翻訳は神感によるものだと考えられていた。ユダヤ人がヘブライ語原点を重視し、キリスト者が七十人訳を読むことによって、正典論が問題となった。使徒教父たちは外典からも多く引用したが、サルディスのメリトン、ユリウス・アフリカヌス、ヒエロニュムスらは、ユダヤ人の正典目録を重視した。これに対し、オリゲネスやアウグスティヌスらは、キリスト者の正典は教会の伝承に従うべきだと考えた。

第3章では、教父と伝承の問題が取り上げられる。伝承とは、もともとは父なる神に発し、使徒たちを通して教会のうちに伝えられたものである。エイレナイオスやバシレイオスらが生きた時代になると、グノーシス主義をはじめとする異端が現れたため、教会は正統信仰の確立を迫られていた。エイレナイオスは、教会のうちに保持されている伝承が唯一のものであり、その伝達は人間的な力によるものではないと主張した。すなわち、普遍性、古さ、同意性こそが伝承の特徴である。また聖書に基づく信仰は、個人の任意ではなく、伝承を伝える教会の中にあって初めて正しく理解される。つまり、伝承は、聖書と共に信仰の拠り所なのである。

第4章では、教父がどのように哲学と対峙したかが描かれる。ユスティノスは、キリスト教を哲学と見なし、自らを哲学者と呼んでいる。こうした考え方はユスティノスだけのものではなく、異教徒のガレノスもユダヤ人とキリスト教徒を哲学者と呼んでいる。事実、ユダヤ教からの自立と、断続的に襲ってくる迫害から身を守るために、キリスト教知識人が必要とされていた。ユスティノスはストア派のロゴス論をキリスト教的に解釈している。彼の先達者であるアレクサンドリアのフィロンによれば、理性によってギリシアの哲学者たちが習得したことは、啓示によってモーセが習得したこと類似性が認められるが、それは哲学者たちが聖書に負っているからであるという。ユスティノス、オリゲネス、アレクサンドリアのクレメンスらは、この考え方を引き継いでいる。一方で、哲学に対して不信を抱く者たちもいた。その代表者がタティアノスやテルトゥリアヌスであるが、異端との論争において、彼らもまた哲学的な語彙を用いるのであった。

第5章では、教父と異端との関係が語られる。異端とは、キリスト教の教理において、洗礼を受けた人物によって保持された教説であり、それが教会によって退けられ、教会から排斥すると宣言された偽りの教説である。異端の思想は、その原典が残っていないことが多いため、論争相手だった教父たちの著作を通して知ることができる。異端とは、ギリシア語の「選択する」に由来し、ある教説や生き方を選択することである。言い換えれば、使徒たちの伝承と権威を否定し、自分の選択によって偽造の教えを奉じるということである。それゆえに異端はしばしば、ラディカルな理想主義や英雄的なリゴリズムを必要とし、その信徒は少数になる。またラディカルに反社会的であることも、社会に対してまったく無関心であることもある。そして終末論的ラディカリズムに向かう傾向がある。教会は、教会会議によってこれらの異端に対処した。

第6章では教父と神学である。神学という言葉は、ウァッローの「三種の神学」に端を発することからも分かるように、もともとは異教の神々について述べる合理的な説明のことを指していた。これをキリスト教に適用したのはオリゲネスであった。彼は父と子の神性に関する考察を神学的考察(theologia)と呼んだ。これをエウセビオス、ナジアンゾスのグレゴリオスらが踏襲した。西方教会では、同様の用法は12世紀のアベラルドゥスまで待たなければならなかった(中世においては、聖なる教え(sacra doctrina)という言葉が支配的であった)。また教父たちの「神学」は、トマス・アクィナスの神学大全のような体系的な思想ではなく、実践的動機や外的状況、すなわち異郷や異端に対して信仰を擁護するためのものだった。体系化の動きは、オリゲネス『諸原理について』、ニュッサのグレゴリオス『大信仰教育講話』、エルサレムのキュリロス『信仰教育講話』などにわずかに見られるのみである。

第7章では司牧としての教父の姿が語られる。教父たちは司教として、典礼儀式の充実を図った。東方教会で行われていた詩篇や賛美歌の詠唱は、ミラノのアンブロシウスによって西方教会に取り入れられた。説教の名手としては、アウグスティヌス、ナジアンゾスのグレゴリオスらが挙げられる。説教の中でも特に聖書講話は、オリゲネスやヨアンネス・クリュソストモスらが得意とした。

第8章では、信仰の人としての教父が論じられる。教父といえども人間であり、欠点がある。とりわけヒエロニュムスやアレクサンドリアのキュリロスらは性格的に問題があった。教父たちの信仰の発露として、隠遁生活や修道生活がある。これはアントニオスによって始められた習慣だが、迫害の世から逃れるための生活ではない。むしろ、砂漠で悪魔との戦いに赴くことだった。バシレイオスやナジアンゾスのグレゴリオスは、修道生活を共にしながら、オリゲネスの『フィロカリア』を編んだ。

本書には、教父からの引用が豊富だが、それぞれの教父の生涯などについてはほとんど触れられていない。そうした情報については、同じ著者の『父の肖像』(ドン・ボスコ社、2002年)がある。

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2016年11月7日月曜日

1-2世紀の教会における聖書 Simonetti, Biblical Interpretation in the Early Church #1

  • Manlio Simonetti, Biblical Interpretation in the Early Church: An Historical Introduction to Patristic Exegesis (trans. John A. Hughes; Edinburgh: T&T Clark,1994 [1981]), pp.1-33.
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本章では、1世紀から2世紀にかけての聖書解釈の概要を扱っている。

ユダヤ人とギリシア人の聖書解釈は、それぞれ字義的解釈と寓意的解釈とを特徴としている。キリスト教会において、字義的解釈は、とりもなおさずユダヤ人の聖書解釈のことだと同一視されていた。初期のユダヤ的聖書解釈としては、タルグム、ミドラッシュ、そして死海文書のペシェルが挙げられる。いずれも、聖書を現実的(actualizing)に解釈しようとする点が共通している。

ギリシア人は、文学的・哲学的テクストを読み解くテクニックの伝統を持っていた。彼らは注解形式で詩や哲学書に注釈を加えた。ギリシア人の解釈テクニックである寓意的解釈には、二つのレベルがあった。第一に、著者自身が意図していた深い意味を探るというもの、そして第二に、著者自身さえ意図しなかった深い意味を探るというものである。ギリシア人は、特にホメロスのような権威ある作品を解釈する際には、それを寓意的に捉えることで、ホメロスが馬鹿げた神話に言及していても、そこには別の意味があったに違いないと考えてホメロスを正当化したのだった。

ヘレニズム化したユダヤ教アレクサンドリアのフィロンは、注解形式と問答形式の聖書解釈を残している。彼は、ギリシア人がホメロスの解釈に用いてきた寓意的解釈を聖書に用いることによって、神人同型説を解決しようとした。これは、ギリシア人にユダヤ教を紹介することでもあった。フィロンは、字義的解釈を完全に否定したわけではないが、あくまで寓意的解釈に対して副次的なものとして理解していた。フィロンの寓意的解釈として特筆すべきは、聖書に出てくるものや場所や人の名前を、語源学的に解釈することで、寓意的な意味を引き出したことである。

新約聖書は、当時のユダヤ教の聖書解釈の方法論に従って、旧約聖書を解釈している。それは、新約聖書における旧約引用やミドラッシュ風の部分、またペシェル風の部分に見ることができる。新約聖書は、旧約聖書をメシア的に読解することで、イエスのメシア性を証明しようとした。

初期キリスト教の保守的なグループは、イエスへの信仰とユダヤ法の順守とを結びつけたが、パウロを始めとするグループは、隠された霊的な使信にこそ価値を認めた。彼らは、本当の割礼ではなく心の割礼を求めた。彼らの聖書解釈の特徴は、予型論(typology)的解釈である。彼らは、旧約聖書の出来事を、キリストと教会の予型として寓意的に解釈したのである。

初期キリスト教ローマのクレメンスは、旧約聖書を主として字義的に解釈した。ただし、パウロのように、旧約聖書の登場人物のことを、キリスト教信仰の好個の例として重視した。『イグナティオスの手紙』にはあまり旧約聖書は使われていないが、『偽バルナバの手紙』は旧約聖書をほとんどミドラッシュ的に解釈している。偽バルナバは、ユダヤ人が律法を字義的に解釈するあまり、その霊的な意味を逸してしまったのだと主張した。そこで、特に数字をシンボリックに解釈することで、旧約聖書から寓意的解釈を引き出した。

グノーシス主義。上のように、キリスト教は旧約聖書を予型論的に解釈することで、教会において旧約聖書が占める位置を確保したわけだが、キリスト教グノーシス主義者たちは、至高神の啓示としての新約聖書に対し、旧約聖書は創造神(デミウルゴス)の啓示であるとして、これを否定した。ただし、ウァレンティノス派のプトレマイオスのように、律法をある程度認める中葉の立場の者もいた。『ヨハネのアポクリファ』は、律法に書かれていることはモーセの能力を超えるものだったために、律法は事実と異なることを含んでいるのだと主張した。それゆえに、キリスト教グノーシス主義者は、旧約聖書を寓意的に解釈したのである。

グノーシス主義者の新約聖書の解釈もまた、キリストの啓示を明らかにするための寓意的なものだった。ウァレンティノス派は数字のシンボリズムに注目し、プトレマイオスやヘラクレオンはヨハネ福音書を念入りに解釈し、一節毎の組織的な注解書を著した。

アジア学派の反ユダヤ的・反グノーシス主義ユスティノスは、律法を完全に否定するのではなく、その価値を認めていた。しかし、律法はあくまでもキリストと教会の予型(typoi)であり、ユダヤ人にとっての預言(logoi)ではないと主張した。彼によれば、ユダヤ人は預言はすでにキリストによって成就していることを認めようとしないので、依然として予型をその表面的な部分でしか捉えていないのだという。アジア学派の特徴としては、予型論を重視するが、それをあくまでキリストや教会の具体的な出来事と結びつけることである。すなわち、アレクサンドリア学派のように霊的な応用をあまりしなかった。

もう一人のアジア学派であるエイレナイオスは、旧約と新約とを連続的に捉えようとした。彼もまた、ユスティノスのように、予型(typoi)と預言(logoi)との区別を重視した。彼はレビ記における、反芻とひづめによる動物の区別を用い、反芻とは律法を咀嚼すること、そしてひづめとは父と子に対する硬い信仰のこととすることで、キリスト者、異教徒、ユダヤ人を比較した。すなわち、キリスト者は反芻しひづめがある者、異教徒は反芻もひづめもない者、そしてユダヤ人は反芻するばかりでひづめがない者だと言うのである。

ユスティノスもエイレナイオスも、アジア学派の物質主義的な特徴どおり、基本的には字義的解釈を重視した。その際には、聖書の神人同型説的な記述にも違和感を覚えなかったようである。しかし、律法の予型論的解釈を用いることで、寓意的解釈をも認めていたと言える。彼らは旧約聖書の出来事をキリストの予型と捉えるという意味では反ユダヤ的であり、一方で、旧約聖書を認め、過度な寓意的解釈を否定したという意味では反グノーシス主義的であった。こうした傾向は、テルトゥリアヌスのような教父にも見られることである。

ここからも分かるように、字義的解釈と寓意的解釈との違いは、聖書解釈のテクニック的な問題というよりも、さまざまな立場間の論争上の問題であると言えるだろう。

ヒッポリュトスもまた、新約聖書のみならず旧約聖書をも積極的に解釈することで、反グノーシス主義的姿勢を明らかにしている。彼の注解は教義的には一貫しているが、解釈テクニックにおいてあまり優れているとは言えない。彼はダニエル書における殉教の記述に注目し、反ローマ的な解釈を加えている。ほとんど予型論的解釈は用いていないが、唯一用いているのがスザンナのエピソードに対してである。彼の解釈は、ユスティノスやエイレナイオスもエピソードに基づく解釈に比して、より組織的なものだったが、聖書の文献学的な事実には無頓着だった。彼は旧約聖書をキリスト論的に解釈したが、はっきりとした原理は持たなかった。

2016年10月31日月曜日

オリゲネスの聖書解釈 De Lange, Origen and the Jews #9

  • Nicholas de Lange, Origen and the Jews: Studies in Jewish-Christian Relations in Third-Century Palestine (University of Cambridge Oriental Publications 25; Cambridge: Cambridge University Press, 1976), pp. 103-21.
オリゲネスの聖書解釈に関する該博さは、ヒエロニュムスも認めるところだった。本章は、そのオリゲネスの聖書解釈のユダヤ教に由来する側面を検証したものである。オリゲネスはどの程度、同時代のユダヤ教聖書解釈に依拠していたのだろうか。論文著者はこの問いに、オリゲネス自身がユダヤ教聖書解釈について語っている箇所と、この点に関する研究から得られる印象とから応えようとした。

オリゲネス自身が言っているように、ユダヤ教の聖書解釈はあまりに「字義的」であると見なされていた。しばしば「ユダヤ的な」という形容詞は、「字義的な」という意味で用いられた。ただし、オリゲネスは、そう考えるキリスト者の中でも、最も鋭くユダヤ教聖書解釈の多様性に気づいていた人物であった。そもそも、ここで言う「字義的」とは、現代的な意味としての、テクストが最初に書かれたときの意図を指してはいない。彼は決して聖書の統一性や、それが永遠の神託的な価値を持っていることを疑わなかった。

これはラビたちの「字義的」という言葉の理解とも一致している。ラビ・アキバはトーラーの一字一句にも深い意味があると考えていた。一方で、ラビ・イシュマエルはトーラーは神ではなく人間の言葉で書かれており、また語ではなく文の意味について解釈するべきと考えていた。両者は自分たちのアイデアを文章の中に読み込むことを目的としており、違いはその方法の違いにすぎなかった。

ただし、ラビ・アキバとラビ・イシュマエルの解釈法は、ラビたちが「字義的」な解釈と「法的・説教的」な解釈とを区別できなかったことを意味しない。ラビ・ユダヤ教にはそれぞれ、プシャットとミドラッシュという区別が存在する。この区別は、現代的な意味での「字義的」と「非字義的」とはやや異なっている。

フィロンは、聖書解釈の方法として、「ヘー・レーテー・アポドシス」と「アレゴリア」を区別した。また、字義的解釈では説明しきれないものを、パラドクサなどと呼んだ。彼の聖書解釈は、聖書の物語を、自身の宗教的・哲学的なアイデアのテクストとして使うものだった。彼は律法を寓意的に解釈することで、聖書の法の不適切なところを取り除いたが、決して律法遵守を廃止することを目指していたわけではなかった。

これに対し、パウロはモーセの律法に異議を唱え、文字の法ではなく霊の法を守るように求めた。パウロによれば、キリスト者は法を無効にするのではなく、それを制定するのである。ラビやフィロンの律法理解とは異なるパウロのそれは、キリスト者の律法理解となっていった。フィロンは、律法にはより深い意味があり、それを捨て去ることはできないと述べた。ラビたちは、律法は永遠に有効であるが、解釈のために変更してもよいと見なした。これらに対し、パウロやキリスト者は、ユダヤ法に「文学的(literalistic)」に相対した。すなわち、彼らの「字義性(literalism)」は、盲目的に律法を受け取ることではなく、日常生活の中で意味あるものとして律法を受け入れるということであった。ただし、聖書の歴史部分については、永遠の真理の予型として、正確なものと見なした。

オリゲネスの聖書解釈は、しばしば3種(肉的、魂的、霊的)あると考えられてきたが、この区分をきちんと応用している解釈は珍しい。実際には、伝統的な字義的(肉的)解釈と霊的解釈の二区分が多い。これは、神が二つのアイデアを一度に語ることができるという詩篇62:12の句を拡大的に取ったラビたちの理解とも軌を一にするものである。ラビたちはさらにこのアイデアを敷衍して、トーラーには70の顔がある、とまで主張するに至った。

オリゲネスの解釈スタイルは、ラビ・アキバの特異な解釈と、アクィラの聖書翻訳とに似ていると言える。オリゲネスは、アキバと同じく、聖書の一字一句に深い意味が隠れていると考えていたので、特に不定法を用いた繰り返し表現などに意味を見出した。こうした寓意的解釈がラビからの直接の影響なのか、それともアレクサンドリアの伝統からの影響なのかは、判別し難い。

従来では、ラビたちの聖書解釈における寓意性を等閑に付されてきたので、オリゲネスとラビたちの影響関係は詳しくは検証されなかったが、ラビたちの例え話である「マシャール」は寓意的解釈に近い。似た用語としては、「リシュム」と「ホメル」とが挙げられる。こうした方法は、雅歌やエゼキエル書の解釈に適用された。オリゲネスもラビたちも、トーラーを水、木、マナ、力、真理、善、地、火などと同一視した。

オリゲネスや、彼より前の教父であるユスティノスらは、こうしたトーラーと何かとの同一視を、そのままキリストへと繋げた。すなわち、トーラーを表わしていた木は、そのままキリストとも解釈されるのである。オリゲネスの時代には、キリスト教のシンボリズムはすでに高度なものとなっていたが、まだあるシンボル(十字架など)が完全にユダヤ教から切り離されてはいない、中間的な時期でもあった。こうしたシンボリズムにおける一致を、単純にフィロンや新約聖書のみとの関係で捉えることはできない。

こうしたシンボリックな聖書解釈としては、特に聖書の登場人物の名前の解釈が挙げられる。名前の語源学的な解釈は、フィロンより古く、ホメロスを解釈したアレクサンドリアの伝統に属するものである。こうした解釈に関するオリゲネスのソースとしては、フィロン、名前語彙集(のちにヒエロニュムスがラテン語訳するハンドブック)、そして同時代のユダヤ伝承があった。三つ目のユダヤ伝承とは、現在では『メヒルタ』やタルムードなどに残されているような解釈である。オリゲネスによるこれらの名前解釈のうち、ヘレニズム期ユダヤ作家に共通のものが見つからず、あまりに明白に語源が想像できるもの以外は、ユダヤ伝承から採用されたものである可能性がある。

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2016年10月16日日曜日

オリゲネスとユダヤ人の議論 De Lange, Origen and the Jews #8

  • Nicholas de Lange, Origen and the Jews: Studies in Jewish-Christian Relations in Third-Century Palestine (University of Cambridge Oriental Publications 25; Cambridge: Cambridge University Press, 1976), pp. 89-102.
本章では、オリゲネスとユダヤ人との議論の実際がどのようなものであったかが検証されている。ユスティノスやキュプリアヌスらの理解では、モーセの律法は決して永続するものではなく、より全体的で霊的な律法が表れるまでイスラエルの民に与えられた一時的なものだった。つまり、旧約聖書は新約聖書によって乗り越えられるということである。一方で、オリゲネスはむしろ寓意的解釈を用いることで、モーセの律法とは、のちになって初めて明らかになる真の意味を蔵する予型や影であると考えた。すなわち、オリゲネスは必ずしも律法の字義的な遵守を否定しているわけではない。このような考えを持っていたオリゲネスは、しかしながら、ユダヤ人の特徴である割礼、安息日、そして食餌規定について、以下のような見解を持っていた。

割礼。オリゲネスは、エゼ44:9における「心の割礼」という言葉を基に、あくまで割礼を比喩的に捉えていた。彼が引用しているユダヤ人の見解では、心の割礼だけではなく、肉の割礼もまた必要であるとされていたが、オリゲネスは、エレ6:10の「耳は無割礼」や出4:10「唇は無割礼」という表現から、やはり割礼とは、性的な放縦や悪口などといった悪行から身を清めることを指した比喩的な表現であると考えた。

安息日。ユダヤ人は、安息日こそが人間と動物を区別する要であり、また文明に対する自分たちの最大の貢献であると考えていたが、オリゲネスは安息日の具体的な戒律――「七日目は自分のところに留まれ」(出16:29)、「安息日に荷を運ぶな」(エレ17:21)――を守ることはほぼ不可能だと考えた。第一の戒律については、ユダヤ教では2000キュビトまでは移動可能とされており、また第二の戒律についてはある種のサンダルを特定の運び方をする限り許されていた。これらの解釈をオリゲネスも知っていたが、こうした字義的解釈ではなく霊的な解釈をすべきだと述べている。彼にとって本当の安息日は来るべき世そのものだったからである。安息日が土曜日なのか日曜日(主日)なのかについては、出16:22のマナの降る日に関する記述をもとに、神がマナを降らせる日曜日の方が本当の安息日だと考えた。過越祭に関する決まりもまた、神殿が崩壊した今となっては字義的に遵守することは不可能である。オリゲネスは、過越祭の語源についてヘブライ語から説明を加えている。

食餌規定。神話上の動物に関する記述までを含む食餌規定は、字義的に解釈することは不可能である(レビ11:13や申14:5)。それゆえに、寓意的解釈をする必要があるわけだが、オリゲネスはそうするためにヘレニズム期のユダヤ人作家たち(アリストブロス、偽アリステアス、フィロン)やパウロに依拠した。

このように、キリスト者とラビたちの律法への姿勢は根本的に異なっている。ラビたちは律法を実用的なものとし、自分たちが生きている時代に適用しようとしたが、オリゲネスはラビたちのそうしたハラハー的な洗練を否定しようとしたのだった。

オリゲネスが究極的に証明しようとしていたのは、神によるユダヤ人の否定と、それに代わる異邦人の選びとであった。とりわけ異邦人の選びが、実はヘブライ語聖書の中で預言されており、しかもそれがユダヤ教とキリスト教の歴史的経緯(イエス・キリストの到来がユダヤ人の国の滅亡とほぼ同時期に起こったこと)によって裏付けられていることを示そうとしたのだった。オリゲネスによれば、神はユダヤ人の罪を利用して、異邦人を神の国へと誘おうとしたのである。

そのときに重要となってくるのが、イエスのメシア性である。聖書の預言がイエスをメシアであると証明しているなら、それはイエスの最も力強い権威となる。そのために、以下のような聖書引照箇所が議論の的となった。すなわち、イザ7章の処女懐胎(論文著者によると、オリゲネスの解釈はヒエロニュムスによって引用されているという)、ミカ1章のメシアがベツレヘム生まれであること、ゼカ9章のロバに乗ってのエルサレム入城、イザヤ書の耐えるしもべのイメージなどである。

モーセとの比較。オリゲネスをイエスをモーセと比較している。イエスがキリスト者にとって権威があることを、モーセがユダヤ人にとって権威があることから説明するのである。特に、キリスト者はモーセが預言者であることを否定することなしに、そのモーセ自身の預言によってイエスに関する真理を証明することができる。もしユダヤ人が、キリスト者がイエスを信じる理由を聞きたいならば、なぜ自分がモーセを信じるかを先に示さなければならない。

2016年10月14日金曜日

教会とユダヤ人 De Lange, Origen and the Jews #7

  • Nicholas de Lange, Origen and the Jews: Studies in Jewish-Christian Relations in Third-Century Palestine (University of Cambridge Oriental Publications 25; Cambridge: Cambridge University Press, 1976), pp. 75-87.
前章ではオリゲネスがユダヤ人批判において、比較的偏見から自由だったことが論じられていたが、本章では、彼がそれでも行なった批判が扱われている。オリゲネスによる聖書の寓意的解釈の核心は、教会の誕生と、神の庇護がユダヤ人から異教徒へと移ったことを証明することだった。神がユダヤ人を拒絶したことは、彼らがエルサレムから追放され、迫害に遭っていることから明らかである。しかし、オリゲネスはそのユダヤ人を必要以上に糾弾せず、むしろ守ろうとさえした。

ユダヤ人に対するキリスト者からの攻撃の理由と言えば、ユダヤ人によるイエス殺しが大きい。新約聖書では、イエスの死の本当の理由は神が定めのためであり、必ずしもユダヤ人のせいであるとは描かれていないにもかかわらず、教会はユダヤ人を犯人として攻撃した。論文著者は、このイエス殺しがユダヤ人批判の理由の第一となるのは、2世紀になってからだったと主張する(それ以前のキリスト者の反発は、むしろユダヤ人の律法遵守に向けられていた)。オリゲネスは、ユダヤ人が預言者たちの警告を無視して神の不興を買い続け、ついにはイエス殺しにまで手を染めたために、異教徒の教会が神によって選ばれることになったと解釈した。オリゲネスにとって歴史とは、神の人間に対する関係性の舞台であり、すべての歴史的出来事は、神の好悪の証拠として解釈されるのである。

キリスト者が聖書の中でほのめかされている神秘を感じ取ることができるのに対し、ユダヤ人はテクストを厳格に字義的に解釈するだけであった。それゆえに、ユダヤ人は、イエスとは預言者たちに律法を与えた神の子であることや、モーセの宗教は預言書は実際にはキリスト教信仰の呼び水にすぎないことを、解釈しそこなったのである。こうして、ユダヤ人によるイエスの拒否は、ユダヤ人の字義的な聖書解釈と結びつけられたのだった。

オリゲネスは、三種類の聖書解釈を提案している。それぞれ体の部分、すなわち肉、魂、そして精神と結びつけられている。素朴な人間は、聖書の肉部分しか味わうことができない。解釈の階梯を登ろうと努力する者は聖書の魂に触れることができる。そして、完全な者のみが聖書の精神へと至ることができる。この精神のレベルでの解釈こそが、オリゲネスによって最も重要な「寓意的解釈」と「予型論的解釈」を含んでいる。こうした異教徒のホメロス解釈やフィロンの旧約聖書解釈のテクニックを用いることで、オリゲネスは、旧約聖書が実際にはユダヤ人ではなく教会に属するものであり、また新約聖書において必要不可欠なものであることを示そうとした。

ユダヤ人が教会の迫害に責任があるという言説に関して、オリゲネスにその出所が帰されることがある。他の証言者としてはユスティノスやテルトゥリアヌスがいるわけだが、詳しく見ると、オリゲネスは実際にはそこまで言っていない。何といっても、彼とユダヤ人との関係性はそれほど悪くなかったのである。

オリゲネスは、『トルドット・イェシュ』に結実することになるイエスの生涯のスキャンダラスな解釈を知っていた。またシュモネ・エスレと呼ばれるユダヤ教の祈りの文言にある、キリスト者への呪いをも知っていたと見られる。しかしながら、彼はユダヤ人の字義的な聖書解釈を批判するに留まったのだった。