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2019年1月21日月曜日

オリゲネス『エレミヤ書説教』の写本 Klostermann, "Einleitung" #1

  • Erich Klostermann, Jeremiahomilien, Klageliederkommentar, Erklärung der Samuel- und Königsbücher (GCS 6 = Origenes Werke 3; Leipzig: J.C. Hinrichs'sche Buchhandlung, 1901), IX-XVI.


『エレミヤ書説教』の作成時期と成立場所について、確たる情報はない。オリゲネスの他の著作や説教自体の短い一節を頼りにしつつ、基準となる絶対的年代と比較して、著作の順番の中の位置を決めなければならない。当時すでにかなり有名な司祭だったことが分かっている。場所はおそらくカイサリアで、エゼキエル書、ヨシュア記、詩篇、レビ記に対する説教よりあと、すなわち244年以降の作と考えられる。

『エレミヤ書説教』を構成する説教の数はヒエロニュムス『書簡33』では14篇となっているが、これは全体ではなくラテン語訳された説教の数である。『フィロカリア』には、「第38篇」というタイトルのついた説教断片が保存されている。カッシオドルスやラバヌス・マウルスは、全体は45篇で、そのうち14篇がラテン語訳されたと報告している。

唯一の独立したギリシア語写本としては、スコリアレンシス写本(S写本)がある。これは全部で344葉ある写本だが、277葉目にページ数が書かれていないので、数字上は345葉まである。最後のページ以外は読みやすい写本である。少なくとも同時代の3人の手によって書かれた。写本の中には、著者不明の『イザヤ書注解』、『ダニエル書注解』、『エゼキエル書注解』、(オリゲネス)『エレミヤ書説教』、アレクサンドリアのクレメンス『救われる富者』が含まれている。現在はスペインのエスコリアルにある。もともとはDon Diego Hurtado de Mendozaがヴェネツィア滞在中に購入したものと考えられる。この写本に含まれる『エレミヤ書説教』には著者名が書いていなかったため、オリゲネスが異端者として断罪されたあともギリシア語本文が残った。とはいえ、さほど状態がいいわけではない。単純な誤りや言葉の脱落などが見られる。第3篇の終わりと、第18篇と19篇の間には、別の説教があったかもしれない。また第17篇の冒頭にあったはずの数葉が抜け落ちている。こうした欠損はラテン語訳に残っていることもある。

もうひとつの写本としては、ヴァティカヌス写本(V写本)がある。これは少し前までは独立した写本と考えられていたが、現在ではS写本のコピー以上の価値を持たないと見なされている。クレメンス著作の部分は純粋なコピーであり、『エレミヤ書説教』についても、第3篇と第18篇の終わり、第17篇の始まり、第19篇と第20篇の内部に、同じ欠落や余白が見られる。一方で、V写本は独自の、ときにS写本よりも正しい読みを持っている場合もある。これはとくに正書法において顕著である。こうした点が、S写本とV写本のvorlageを意図的に改変したものであることは確かである。さらに、S写本と比べて正しい読みの情報を持っていたが、それらを本文ではなくアパラトゥスについでのように残す場合もある。こうした推測の部分は、明らかに写字生の手になることもある。しかしながら、こうしたS写本と比べて(文法的に)正しい修正の大部分は、とあるギリシア語に堪能な人物がヴェネツィアでS写本をコピーしたときに行ったものと仮定するのが妥当である。ゆえに、V写本をS写本から独立した別物と見なすことはできない。

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