- M. K. Lafferty, "Translating Faith from Greek to Latin: Romanitas and Christianitas in Late Fourth-Century Rome and Milan," Journal of Early Christian Studies 11 (2003): 21-62.
4世紀における西方教会のラテン語化に関する論文を読みました。著者のMaura K. Laffertyはテネシー大学で教鞭をとる中世ラテン語の研究者です。
古代東方教会でギリシア語だけでなくコプト語、シリア語が使われていたように、西方教会でもラテン語だけでなくさまざまな言語(特にギリシア語)が用いられていました。しかし4世紀の後半になると、教会での使用言語が急速にラテン語に統一されていき、とりわけそれは祈りの言葉において顕著に表われました。このことを検証するために、本論文ではローマとミラノという2つの主要都市を具体例として挙げています。
本題に入る前に、Laffertyはまず古代末期におけるギリシア語とラテン語との関係について説明しています。それによると、ギリシア語が文学、学術、芸術の言語であったのに対し、ラテン語は征服、統治といったローマの帝国主義的な属性を強く有していました。さらにラテン語には、(主にギリシア語からの)翻訳の言語であるという特徴もあり、この翻訳という行為にも、対象を手なずけてこちらのものにするということから征服の意味合いが含まれています。
しかしローマの教会における言語は古来よりギリシア語であり(ローマ書しかり)、アフリカの諸教会が早くからラテン語を取り入れたあとも、ローマでは聖餐の祈りはギリシア語が使われていました。祈りの言葉の意味が分からないということは、聖餐の秘儀に呪文めいた効果を与え、またそれによって洗礼志願者のキリスト教への入信をさらに促し、一方すでに洗礼を受けた者の結束をさらに固めることを可能にしました。しかしその祈りの言葉も4世紀には急速にラテン語化し、すぐに定着化してしまいました。それはなぜか。
まずローマにおいては、教皇ダマススによって、異教的なローマ観がキリスト教的に転換されたことが大きな理由として挙げられます。非キリスト教徒のローマ市民は古来から続く伝統的なローマの文化や宗教こそがRomanitasを体現するものと考え、キリスト教信仰を持つことは非文化的であることの証明だと考えていました。ところがダマススは自らがローマの貴族社会とのつながりを深めることで、キリスト教を文化的宗教として位置付けることに成功しました。敵対者たちによって描かれる、貴族社会に取り入ろうとするダマススの描写は実に興味深いもので、貴族の女性を口説いたり、暴力団に賄賂を渡したりと、なかなかやりたい放題です。しかし中には真実味を帯びる報告もあり、たとえば貴族女性の誘惑については、370年にヴァレンティニアヌス帝によって、聖職者が寡婦の財産を横取りすることを禁ずる法令が布告されていることから、実際そのようなことがあったことを示唆しています(ダマススがしたかどうかはともかく)。しかしダマススの活動はこうしたことだけではなく、彼はパウロとペテロを記念する石碑を建て、そこにロムルスとレムスに代わって、ローマで殉教したパウロとペテロこそが、新たにローマのローマたる所以となったのだという内容のヘクサメーター詩を残しています。そうすることで彼は、真のRomanitasとはローマの伝統的な宗教や文化ではなく、Christianitasこそがその本質であるという転換を図ったのです。
ミラノのアンブロシウスの方はごく短くまとめますが、彼はアリウス派との論争の中で、アリウス派をゴート族すなわち蛮族とみなすことで、自らのアリウス派との戦いを、皇帝の対ゴート戦争になぞらえました。その一環で祈りの言葉もラテン語にしたわけですが、すると当然教会ラテン語は蛮族の言葉であるゴート語に対し、ローマの文化や教会の正統性を裏付けてくれることになります。こうしてみると、礼拝のラテン語化という同じ結果を得ながらも、ダマススとアンブロシウスの目的は異なっていたことが分かります。ダマススにとって、教会のラテン語化とは、ローマ教会を伝統的なローマ(異教)文化と同一化し、その威光をローマ教会に持ってくることを意味しましたが、アンブロシウスにとっては、正統教会から蛮族(あるいは異端)を排除し、キリスト教とローマ文明およびラテン語文化との同一性を強調することを意味しました。
ローマ編、ミラノ編共に興味深く読みましたが、Laffertyの説明は、どちらかというとローマのダマススについての方が手際がよかったように思います。何といってもダマススの女性を誑し込んで財産をかすめる悪党ぶりと、一方でヘクサメーターを巧みに操る詩人ぶりが鮮やかに描かれているのが印象的です。ちょっとダマススの詩でも読んでみようかしら。
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