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2011年11月14日月曜日

ヒエロニュムスのヘブライ語能力について


  • E. Burstein, "La compétence de Jérôme en hébreu: Explication de certaine erreurs," Revue des études augustiniennes 21 (1975): 3-12.

ヒエロニュムスのヘブライ語能力を論じた論文を読みました。ちなみにこちらから全文を閲覧することができるので、ご興味ある方はご覧ください。著者のEitan Bursteinについて少し調べてみたのですが、ポワティエ大学でPh.D.を取得したこと以外、詳しいことはよく分かりませんでした。論文の最後の所属には「テル・アビブ大学」とあるので、博士号取得後にテル・アビブで教えていたのでしょうか。タイトルから見て、この論文は博論のダイジェスト版のようです。

  • E. Burstein, "La compétence en Hébreu de saint Jérôme," (PhD. diss., Université de Poitiers, 1971).


この論文は、ヒエロニュムスのヘブライ語能力を検証することを目的として、注解書と書簡から採られた6つの例(創28:19, 創17:16, エゼ38:13, 詩132:6, イザ38:9, エレ31:2)を取り上げ、それぞれの箇所についてのヒエロニュムスの注解を精査しています。これらの箇所の検証からは、いずれも興味深い結果が出てきていますが、要するに、ヒエロニュムスはしばしばヘブライ語をろくに確認することなくヘクサプラを利用して注解を書いており、ひどいときにはそのヘクサプラすらろくに見ないで(大部なヘクサプラからお目当ての箇所を探すのは大変だったので)、記憶している文章に勝手にヘブライ語を当てはめて注解を書いているのだそうです。なぜ記憶に頼っているかが分かるかというと、ヘブライ語原文にない単語が注解の中で使われていることがあるからです。さらにはそうして類推によって再現したヘブライ語が間違っているのですから始末に負えません。

たとえば、ヒエロニュムスは詩132:6をEcce audivimus illum in Ephrata, invenimus eum in campis silvaeと訳した上で、illumとeumに当たるZothというヘブライ語は男性名詞を受ける代名詞だと説明していますが、ヘブライ語原文にはזאתという単語は出てきていない上に、LXXで正しくもαὐτὴνと訳されているように、これは女性名詞を受ける代名詞です。

הנה שמענוה באפרתה מצאנוה בשדה יער
ἰδοὺ ἠκούσαμεν αὐτὴν ἐν Εφραθα, εὕρομεν αὐτὴν ἐν τοῖς πεδίοις τοῦ δρυμοῦ·

すると、ヒエロニュムスはこの箇所に関して、ヘブライ語原文に出てきていない単語を出した上に、文法的にも誤った説明を加えているわけですから、原文のチェックを怠っていることは明白です。しかし、注意しなければならないのは、だからといって多くの教父学者が言うように、単純にヒエロニュムスにヘブライ語能力がないということにはならないのです。というのも、ヒエロニュムスのヘブライ語能力の有無を論じる際になされる説明としては、彼がヘブライ語から訳したというのは偽りで、実際にはLXXを参照していたのだというものがありますが、上の例からも分かるように、ヒエロニュムスは別にLXXを参照していたわけでもないのですね。ヒエロニュムスのヘブライ語には確かにいい加減な側面があるのかもしれませんが、少なくともヘブライ語ができないことを偽ってギリシア語から聖書を読んでいたというわけではないようです。

こうしたことから、Bursteinは、ヒエロニュムスにはパッシブなヘブライ語能力、すなわちある程度の読解能力はあったようだが、作文や発話などのアクティブな能力はかなりあやしいと言わざるを得ないと結論付けています。ここらへんは現在のヒエロニュムス研究でもホットな話題ですので、引き続き他の人の見解も見ていく必要がありそうです。

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