- E. J. Bickerman, "The Septuagint as a Translation," Proceedings of the American Academy for Jewish Research 28 (1959): 1-39.
上の論文を読みました。内容としては、いわば七十人訳の概説で、七十人訳について少し詳しく知りたいときに読むのに適しているように思います。この中でBickermanが何よりも主張したかったのは、「七十人訳の翻訳者たちが、同時代の翻訳作法に従って翻訳を行った」ということで、それを説明するために古代オリエント文学やギリシア・ラテン文学との類似点を豊富に挙げています。以下では、私が興味深く読んだところを備忘録として書いておきます。
成立縁起について(pp. 7-11)。『アリステアスの手紙』によれば、七十人訳はプトレマイオス王が命じて作成させたことになっているが、研究者たちは、そうではなく、ヘブライ語に疎いアレクサンドリアのユダヤ人が自分たちの宗教上の必要性から作成したと考えている。しかしBikermanは次の4点を挙げて、研究者たちの通説に反論。第一に、当時聖書を継続的に朗読するという習慣はなかったこと、第二に、ペルシアやローマでは国家的な翻訳事業が行われていたこと、第三に、プトレマイオス王は書物収集癖があったこと(ゾロアスター教文献など)、第四に、バビロニアやエジプトではギリシア語による史書編纂事業があったこと、の4点。確かこのあたりについて、A. Kamesarの論文にも書いてあったような気がするので、あとで探します。
造語、音訳について(pp.13-23)。そもそも翻訳の技法というのはローマの産物だったので、翻訳で必要となってくる造語なども七十人訳にはほとんど見られない。オリゲネスやヒエロニュムスは、七十人訳には造語がたくさんあると考えていたようだが、それは古ラテン語訳の印象を七十人訳にまで敷衍させていたからであって、アナクロニスティックな意見。また音訳も避ける傾向にあり、音訳している語も、七十人訳より以前にギリシア語化された語であることが多い。
ヘブライズムについて(pp.24-28)。Bickermanは七十人訳の文章をヘブライズムから説明することに批判的。七十人訳はギリシア語文法上の破格はごくわずかであり、同時代のエジプトの農民が書いた文書ですらギリシア語として正確なものがあるのだから、七十人訳者たちもごく普通のギリシア語を書けたはず。それでも散見されるヘブライズムは、状況をドラマタイズするための意図的なバーバリズム。また逐語訳については、同時代の法令文書の翻訳で通常見られたもの(ゆえに、七十人訳の法令部分、および詩的部分には逐語訳が多い)。
ヘブライ語テクストとの違い(pp.29-37)。フィロンは七十人訳はヘブライ語テクストとまったく同じ文言と考えていたが、もちろんそんなことはない。翻訳上の単純なミスもあるが、プトレマイオス王に配慮した意図的な内容の改変もある(ラビ文学、ヒエロニュムス、アウグスティヌスが伝える伝説)。またエジプトのユダヤ人が読んで分かるように、地理、人名などのアップトゥーデイトな改変、神人同型論的な改変、プトレマイオス朝の慣習に合わせた法的部分の改変など。むろん、翻訳のときに被った改変だけでなく、底本としたヘブライ語テクストが現在のマソラーと異なっていることも考えられる。
ちなみにBickerman自身については、ちょうどネット上でも次の文章が読めるのでご参照ください。
- S. J. D. Cohen, "Elias J. Bickerman: An Appreciation," Journal of the Ancient Near Eastern Society 16-17 (1984-85): 1-3.
http://www.jtsa.edu/Documents/pagedocs/JANES/1984-1985%2016-17/CohenAppreciation16-17.pdf
あるいは日本語でも、次の論文の中で少し触れられています。
- 手島勲矢「ユダヤ教と政治アイデンティティ:「第二神殿時代」研究の基礎的問題群から」『ユダヤ人と国民国家:「政教分離」を再考する』(市川裕、臼杵陽、大塚和夫、手島勲矢編)、岩波書店、2008年、71-112頁。
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