- Sidnie White Crawford, "Ch. 4: The Book of Jubilees," in idem, Rewriting Scripture in Second Temple Times (Grand Rapids, Michigan: Eerdmans, 2008), 60-83.
Rewriting Scripture in Second Temple Times (Studies in the Dead Sea Scrolls and Related Literature) Sidnie White Crawford Eerdmans Pub Co 2008-04-14 売り上げランキング : 551968 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
アビュシニアン教会(エチオピア教会)でのみ正典とされる『ヨベル書』の諸特徴を述べた一章を読んだ。著者は同書のジャンルを次のように述べる:
著者は『ヨベル書』の特徴を4つに分けて説明している:
Rewritten Scripture, located at the point on our spectrum where the act of scribal intervention into a base text(s) becomes so extensive that a new, distinctive composition is created. (p.62)このように、ベース・テクスト(創1-出14)とは別の新たな作品として書かれた書物ではあるが、トーラーに取って代わるものとして書かれたわけではない。第一の律法たるトーラーの横に並ぶものとして書かれたといえる。ベース・テクストからの引用は、引用元が分かる程度にされているが、短いフレーズに限られ、引用というより暗示というべきである。聖書文書以外にも、4QReworked Pentateuchやアラム語レビ文書、そして『エノク書』といった第二神殿時代の文学をもソースに用いている。書かれた時期としては前170-150年、場所はパレスチナであると考えられる。
著者は『ヨベル書』の特徴を4つに分けて説明している:
- 時間感覚(chronology)
- 律法と倫理(law and ethics)
- 義人の例としてのイスラエルの父祖たち(elevation of Israel's ancestors as righteous examples)
- 祭司制(priestly line)
- 終末論(eschatology)
1.時間感覚。364日の太陽暦を用いている。のみならず、月に依拠する太陰暦を拒絶している。数字7に基づいた時間システムを持っている。レビ記25:8-12では、ヨベルの年について、50年目の年のことだと説明しているが、『ヨベル書』では、49年の期間のことを指している。そしてすべての重要な出来事がこの49年のサイクルから算出されることにより、すべての人間の歴史は神のプランによって予め定められているという考え方をする。こうした考え方は、『第一エノク書』、『レビの遺訓』、ダニエル書、死海文書のいくつかなどにも見出されるものであるが、『ヨベル書』において最も発達したといえる。
2.律法と倫理。シナイ山においてモーセに与えられた律法は、実はそのとき初めて明らかにされたのではなく、すでに父祖たちの時代から実践されていたと考える。安息日は特に強調されており、出35:2同様、これを破った者は死罪であるとされている。安息日の戦闘行為や性行為も禁止されている。ラビ文学では性行為は禁止されていないので、これは特徴的である。『ヨベル書』は律法遵守の範囲を広く取り、さらに強調している。
3.イスラエルの父祖たちを称えること。さまざまな祭りはモーセに端を発するのではなく、父祖たちの時代から続いているものである。たとえば、週の祭り(ノア)、スッコート(アブラハム)、ヨム・キプール(ヤコブ)といった具合である。また、創世記に書かれている父祖たちの「ふさわしくない行為」は『ヨベル書』では削られ、彼らがあたかも完全な義人であったかのように描かれている。
4.祭司制。ノアを祭司制のはじめとして、特にレビに名誉を付している。創世記においてレビは重要な登場人物とはいえないが、『ヨベル書』は工夫してレビの重要度を上げている。レビが出てくるエピソードは、34章、31章、32章などがあるが、いずれもレビがいかに重要な人物であるかを説明するために、ベース・テクストに解釈を加えている。また祭司は、書かれた律法の守護者としての役割を果たしており、彼らによって律法の学習や遵守、そして伝統の保持が守られている。
5.終末論。臨在の天使などを登場させることにより、黙示的な改変を加えている。こうした改変は、巣として第二神殿時代の諸文学との影響関係が濃厚で、多くは創世記や出エジプト記には出てこない話である。
以上のように、『ヨベル書』は聖書解釈を著述活動として見なす伝統(Enoch, pre-Samaritan texts, Reworked Pentateuch)に属しており、新しい文書を著すというこのグループの自由の伝統を十全に活用している。これはラビ的伝統とは一線を画しているといえる。しかし、この著述活動は、聖書を乗り越えることを意図してはいない。第一に、『ヨベル書』はトーラーをFirst Lawと考えており、その権威を認めている。第二に、『ヨベル書』はトーラーを横に置いて読むように書かれている。ただし、クムランのエッセネ派などにおいては、『ヨベル書』は神的な権威を持つ文書と見なされており、これは初期キリスト教徒たちにも見られる現象である。しかしキリスト教においては、エチオピア教会以外では正典とはされなかった。
5.終末論。臨在の天使などを登場させることにより、黙示的な改変を加えている。こうした改変は、巣として第二神殿時代の諸文学との影響関係が濃厚で、多くは創世記や出エジプト記には出てこない話である。
以上のように、『ヨベル書』は聖書解釈を著述活動として見なす伝統(Enoch, pre-Samaritan texts, Reworked Pentateuch)に属しており、新しい文書を著すというこのグループの自由の伝統を十全に活用している。これはラビ的伝統とは一線を画しているといえる。しかし、この著述活動は、聖書を乗り越えることを意図してはいない。第一に、『ヨベル書』はトーラーをFirst Lawと考えており、その権威を認めている。第二に、『ヨベル書』はトーラーを横に置いて読むように書かれている。ただし、クムランのエッセネ派などにおいては、『ヨベル書』は神的な権威を持つ文書と見なされており、これは初期キリスト教徒たちにも見られる現象である。しかしキリスト教においては、エチオピア教会以外では正典とはされなかった。
0 件のコメント:
コメントを投稿