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2016年5月12日木曜日

「誰か渇く者がいたら」 Daise, "The Literary Texture of John 7:37b-38a" 

  • Michael A. Daise, "If Anyone Thirsts, Let That One Come to Me and Drink: The Literary Texture of John 7:37b-38a," Journal of Biblical Literature 122, 4 (2003): 687-99.

コンマやピリオドを取ったヨハネ7:37-38の原文は以下のようになる:
ἐάν τις διψᾷ ἐρχέσθω πρός με καὶ πινέτω ὁ πιστεύων εἰς ἐμέ καθὼς εἶπεν ἡ γραφή ποταμοὶ ἐκ τῆς κοιλίας αὐτοῦ ῥεύσουσιν ὕδατος ζῶντος
この箇所には、伝統的に3つの問題があると考えられてきた:第一に、イエスの呼びかけの言葉はどこまでか。第二に、「彼の腹から」の「彼」とは誰か。そして第三に、「彼の腹から命の水の川が流れる」はどこからの引用なのか。これまで、これらの疑問に過不足なく答えた研究はないという。

これらの問題をさらに複雑にするのが、「聖書が言ったように(καθὼς εἶπεν ἡ γραφή)」(7:38b)という一節である。上の文章のちょうど真ん中に放り込まれているこの言葉が、それより前にかかるのか、それともそれよりあとにかかるのかを決めることは難しい。通常は、上の第三の問題点が前提としているように、あと(7:38c)にかけて、「聖書が言ったように、『彼の腹から命の水の川が流れる』」と読む者が多い。ところが、研究史の中では、これを前にかける読み方も試みられてきた。

そのかけ方には二通りあり、第一に、「『私を信じる者は』と聖書が言ったように」と7:38aのみにかけるもの(エルサレムのキュリロス、ヨアンネス・クリュソストモス、ヒエロニュムス、モプスエスティアのテオドロス、メルヴのイショダード、オフリドのテオフィラクトス、John Lightfoot, Günter Reim, Jan C.M. Engelen等)と、第二に、37節を含むより広い範囲の前の節にかけて、「『もし誰か渇く者がいたら、その者を私のもとへ来させ、私を信じる者に飲ませよ』と聖書が言ったように」と読むもの(ベザ写本、Crispinus Smits, Alcides Pinto da Silva等)である。

まず、二つ目のベザ写本の読みは、καθὼς εἶπεν ἡ γραφή ・ ποταμοὶ ἐκ τῆς κοιλίαςという中黒をピリオドと見なすことで導き出されるのだが、論文著者は他の用法との比較からこの読みを採用しない。それゆえに、ベザ写本は7:38bを前にかける読みの証言としては使えない。

一つ目の読みの例として、論文著者はHugo Rahnerによるヒエロニュムスの解釈を検証している。Rahnerによれば、ヒエロニュムスは基本的に7:38bを後ろにかける、コンセンサスに従った読みをどこでも採用しているが、『ゼカリア書注解』3.14.8においてのみ、「『私を信じる者は』と聖書が言ったように」と前にかけて読んでいるのだという。なぜなら、Rahnerによれば、ヒエロニュムスはここで「聖書が言ったように」を、「聖書の声に含まれていることに従って(iuxta id quod scripturarum vocibus continetur)」とパラフレーズすることで、ある特定の箇所ではなく、聖書全般を指しているからである。つまり、この箇所は「聖書が言ったとおりに私を信じる者は」という意味で取ることができるようになるのである。しかしながら、論文著者はヒエロニュムスによるiuxta id quodという表現の用法を検証した結果、この表現が聖書全般を指す用例はなく、むしろ常に特定の聖書箇所を引用する用法ばかりであると述べている。それゆえに、やはりこのヒエロニュムスの例も、7:38bを前にかける読みの証言として使うことはできないのである。

論文著者はここから現代の解釈者による、7:38bを前にかける読みの例として、Günter ReimとAlcides Pinto da Silvaを挙げている。前者はイザ28:16を、後者はイザ55:1-3がこのときの引用箇所だと考えている。論文著者は双方の見解の不十分な点を指摘しつつも、いくつかの理由からReimの説の方が説得的であると考えた。そしてReimが同定したイザ53:1(「渇きを覚える者は皆、水のところへ進むがよい(πορεύεσθε)」)とヨハネとのつながりをさらに確定するために、論文著者は次のように主張する:まず、ὁ πιστεύων εἰς ἐμέはどこか特定の箇所からの引用としてではなく、ヨハネ福音書に特有の表現として見なすべきだと述べる。そしてヨハ7:33-36にある「ユダヤ人は来ることができない」というイエスの正反対の台詞に、このὁ πιστεύων εἰς ἐμέという条件をつけることで、イザ55:1の「進むがよい(πορεύεσθε)」を言い換える「来るがよい(ἐρχέσθω)」という言葉に繋がるのである。言い換えれば、この箇所はイザ55:1という引用の神学的な修飾であるのみならず、ヨハネ7章のより広い文脈と繋がっているのである。

2016年5月10日火曜日

ポルフュリオスのホメロス解釈 Lamberton, "Porphyry and Homer"

  • Robert Lamberton, Homer the Theologian: Neoplatonist Allegorical Reading and the Growth of the Epic Tradition (Transformation of the Classical Heritage 9; Berkeley: University of California Press, 1986), pp. 108-33.
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ポルフュリオスによる、ニンフの洞窟(『オデュッセイア』第13巻)に関する小論は、少なくとも後262年以降という、ポルフュリオスの活動後期の作と考えられている。これは、初期に書かれた『ホメロス問題』との比較によって、研究者たちが推測した年代設定である。『ホメロス問題』で限られた議論しかできなかったために、ポルフュリオスはのちにニンフの洞窟の小論と、ストバイオスによって保存されている断片の中で、ホメロスの寓意的解釈について論じたのだった。これらは特にヌメニオスからの影響が指摘されている。

『ホメロス問題』には、偽プルタルコスによるホメロス解釈との類似性が見出せるという。彼は情念に関するホメロスの語彙や、ホメロスの修辞的な工夫を洗い出し、それを哲学者や弁論家の言葉と比較した。しかし、この作品ではマイナーなことの説明に終始していた。

ストバイオスによって保存されているポルフュリオスの断片(『ステュクスについて』)においては、ポルフュリオスはより大きなテーマについても説明している。彼によれば、古代人たちは神々について謎をもって表現したわけだが、ホメロスはそれをさらに推し進め、秘密を守り、直接的に説明することを避けた。いわば、意味にはある種の側面が存在しており、ホメロス作品には表面的な意味を超えた真理が含まれているのだが、ホメロスはそれをあからさまに扱うことを拒否したのだと、ポルフュリオスは考えたのである。神秘主義的あるいは倫理的な寓意的解釈と通常の読み方との間に違いがあることを、ポルフュリオスは明らかに気づいていた。そして、ホメロス作品から読み取ることのできる意味には複数の矛盾のない階層があると考えていた。

ポルフュリオスは、特にプラトンにも見られるような、魂に関する議論をホメロス作品から引き出している。ポルフュリオスがホメロスを扱う目標のひとつは、死後の魂の経験を理解することであった。プラトンの神話においては、哲学は新しい生活のための正しい選択のために必要なものと見なされていた。なぜなら、選択という行為は理性的かつ知性的なものだからである。一方で、ポルフュリオスの説明においては、哲学とは、魂の非理性的な部分を理性的な部分に従属させるために必要な準備であった。

ホメロスの神話と言葉を利用して抽象的な真理を得るというのは、プロティノスにも見られる方法であるが、ポルフュリオスの方がより依存度が高かったといえる。彼は自身の思想を独立して開陳するよりも、ホメロスという権威に言及して、ホメロスとプラトンの神話を一つにし、ホメロスの言葉の豊かさに遊んだ。いうなれば、ポルフュリオスは読者とテクストとの媒介者となるような批評家だったのである。

ポルフュリオスは、芸術的な創造には二つの方法が可能だと考えていた:第一に、この世界における対象や出来事を、ある程度忠実に再現するような、慎みのある模倣と、第二に、意味の世界の中継を飛び越える、より高度な現実の模倣である。こうした理解を下敷きに、ポルフュリオスは独自の「詩的許容(poetic license)」理解を持っていた。たとえばストラボンにとっての詩的許容は、ホメロスおける歴史的に正確な記述をその他の記述と混ぜ合わせることを許容することであったが、ポルフュリオスにとってのそれは、ホメロスの詩におけるすべての非歴史的な要素を許容することであった。なぜなら、より高度な現実の模倣の中には、文字通りの言葉の意味を超えた真理があるからである。そうした超越的な現実にはランダムネスはなく、神的な思慮(フロネーシス)としての秩序がある。

こうした原理に則ってポルフュリオスはホメロスを解釈するわけだが、彼はホメロスのどんな一節でも寓意的に解釈したわけではない。彼は、自分にとって受け入れ難い一節を無理やり寓意的に解釈することはなかった。彼はまず表面の意味を取り、それが受け入れ難いときには、その背後を探るのは不必要であると考えたのである。そもそも、ポルフュリオスはホメロスの詩の描写が正確で歴史的であるならば、それに越したことはないと考えていた。なぜなら、ホメロスが何らかのランダムネスや意味のない要素を導いていたという可能性を排除できるからである。

ポルフュリオスの新プラトン主義的な側面としては、ある事象に対する複数の有効な認識を許容することが挙げられる。ホメロスが洞窟を「薄暗くて好ましい(『オデュッセイア』13.103)」と表現したとき、この正反対な形容詞をもとに、ポルフュリオスは認識の複数のレベルについて述べている。日常の認識においては、洞窟は「好ましい」わけだが、知性(ヌース)を用いてより深く物事を見る人にとっては、洞窟は「薄暗い」というのである。これは、ポルフュリオスが明確に規定された解釈原理を欠いているからではなく、新プラトン主義の霊魂論の論理的な帰結だったのである。

このようにして、ポルフュリオスは、プラトンが自身の詩のもとにしたのは、自然的かつ歴史的な現実ではなく、超越的な現実だったことを伝えている。

2016年5月9日月曜日

コルヌートスとヘラクリトスの語源学と寓意的解釈 Dawson, "Ch. 1: Pagan Etymology and Allegory"

  • David Dowson, Allegorical Readers and Cultural Revision in Ancient Alexandria (Berkeley: University of California Press, 1992), pp. 23-52, 258-64.
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本書の第一章は、ストア派哲学者のコルヌートスとヘレニズム期文法家のヘラクリトスとを題材に、寓意的解釈の発展を概観している。コルヌートスは、語源学的分析を通して、ホメロスが保存した古代の神話の中で表現されている科学的な知恵を明らかにしようとした。対するヘラクリトスは、そもそも詩人自身が寓意的解釈をしていたと考えることで、ホメロスが被っていた非倫理性の批判に反論しようとした。いわば、コルヌートスにとっての語源学は、古代のテクストから科学的な知識を抽出するための手段であったわけだが、一方でヘラクリトスにとっての寓意的解釈は、哲学者の元祖であるホメロス自身の解釈を見つけることだったのである。

コルヌートスによれば、古代の神話は自らの哲学的・宇宙論的な知恵を英雄や神々の名前の中に表現しており、のちにそれらをホメロスやヘシオドスが詩の中で伝達したのだという。それゆえに、コルヌートスは、文学の中に埋め込まれたそうした神話の断片を同定し、彼らの哲学的・宇宙論的な真理を解釈しようとしたのである。ただし、詩人たちはもともとの神話が意図するところを誤解したり、詩的装飾を加えることによって曲解したりしている。そこで、解釈者は語源学的な解釈を用いることで、そこにもともとあった哲学や宇宙論を見つけなければならない。そしてそのときに見つかるであろう哲学とは、当然ストア哲学と一致する。こうした語源学的な解釈は、ヘラクリトスのようなストア派の専有物というわけではないが、やはりストア派の特徴のひとつであるといえる。

ストア派は、「概念(エンノイアイ)」を二つに分けることで、神話作者たちが描いた神話と、その中に含まれている彼らの哲学との差を説明した。その二つとは、第一に、文化的に規定され、教育によって導き出されるもの(conception);そして第二に、人間の直接的な経験によって生み出されるもの(preconception)である。神話作者は世界を知覚することで得たpreconceptionを、神話というconceptionに定式化したのだった。コルヌートスはこのconceptionを把握するために、擬音など語源学的な要素に注目し、「真の」意味を見つけ出そうとした。

ストア派の語源学は言葉の「意味」に関する議論を深めた。彼らによれば、意味には、「命名的な(nominal)」意味と「提示的な(propositional)」意味との二つがあるという。「命名的な意味」とは、名前とそれによって示されるものとの物理的な関係性のことを指す。対象の本質や内容こそが、言葉の意味だと考えたわけである。語源学的解釈はこの「命名的な意味」に属する。一方で、「提示的な意味」とは、オウムでもできるような単なる言語表現(lexis)ではなく、意味を持った理性的な発話(logos)のことを指す。このようにしてストア派は、名前とそれによって表される対象(nominal meaning)とを区別し、それと同時に、文章とそれが意味する意味(propositional meaning)とを区別したのだった。

コルヌートスの語源学的解釈は、このうち命名的な意味を扱うものであった。彼は擬人化された神々の名前を語源学的に解釈することで、そこに隠されているであろうストア派的な宇宙論を「解読」しようとしたのである。彼が寓意的解釈を用いたのは、こうしたストア派哲学を高めるための比較神話学的「研究」のためであり、詩人の非倫理性や神人同型説への非難に対して反論するためではなかった。
一方で、ヘラクリトスは、主としてプラトンとエピクロスによって投げかけられていた詩人の非倫理性と神人同型説への非難に対し、彼を擁護しようとした。ヘラクリトスは、コルヌートスのように、古代の神話作者と彼らをソースとする詩人という二段構えにはせず、詩人をコルヌートスの神話作者と同列に置いた。またコルヌートスにおいては神話という言葉は価値ある寓意哲学であったが、ヘラクリトスにおいては否定的な意味合いしか持たなかった。すなわち、ヘラクリトスによれば、ホメロスを文字通り読むならば、確かに彼の詩は下らない不敬虔な神話とけなされても仕方がないが、寓意的に読むならば、それは深遠な哲学的な知恵の間接的な表現なのである。

ヘラクリトスはコルヌートスのように、もとになる神話と詩人による装飾とを分けず、ホメロスの詩を倫理的かつ科学的真理の寓意として意図的に書かれたものと見なしたので、その一貫性が重要な点であった。ホメロスは一貫して寓意的に詩を書いたのであるから、それを文字通り読んで非倫理的な描写をあげつらうのはお門違いだと言うのである。なぜなら、ホメロスは詩人であると同時に哲学者として、古代の神話を寓意的に表現することで、自らの倫理的あるいは科学的真理を明らかにしているのだから。そしてヘラクリトスは、そうした自身の寓意的なホメロス解釈は、恣意的なものではなく、ホメロス自身が実はそう読まれることを求めていた解釈だと主張するのだった。

ヘラクリトスによれば、ホメロスの批判者たちはジャンルを誤っているのだという。彼らはホメロスの詩を額面通りに受け取って、「不敬虔(アセベイス)」であるとか「不適切(アプレペイス)」であるとか述べている。しかし、ホメロスの物語には二つの階層があるのである:第一に、神話的な詩という文字通りの表面的なレベル。第二に、より深い哲学的真理という寓意的なレベルである。ホメロスが表面的なレベルにおいて書いていることは、実はより深い真理のほのめかしだったのである。

ヘラクリトス自身は、ホメロスの表面的なプロットに従い、しかもそれを寓意的に読むときには一貫した解釈を心掛けていた。それゆえに、一見コルヌートスの解釈法とそれほど変わらないように見えても、ヘラクリトスは解釈の放縦を慎み、相互に抵触するような解釈は採用しなかった。なおかつ、たとえば「アポロがアカイア人に死をもたらした」という箇所において、アポロを太陽と解釈しても、「死をもたらした」という部分まで寓意的に解釈して、「アポロがアカイア人に死をもたらした」を「太陽が輝いた」と読み替えることはしなかった。あくまで寓意的解釈は特定の主語にのみ適用し、動詞には適用しなかったのである。そのようにして、ホメロスの表面的な物語を解き切ってしまわずに、一貫した寓意的な意図を保持したのだった。

このようにしてヘラクリトスは、まずホメロス自身を寓意的解釈の作家であると述べることで彼を擁護し、同時に自らの寓意的解釈を提供することによって、ホメロスの元来の意図を回復させることを目指したのだった。ヘラクリトスによれば、ホメロスを批判する者たちはホメロスが表面上の物語の下に潜ませている哲学を理解しそこなっているにすぎない。それゆえに、一旦それを了解すれば、表面上の物語に見られる非倫理性や神人同型説は、本来ホメロスが意図した哲学や科学的な真理として正しく理解できるのである。そのホメロスの哲学というのは真に独創的なものであり、のちの哲学者たちの見解というのは実はホメロスから引き出したものである。ヘラクリトスの語源学的な分析は、この真理へと読者が引き返すことを可能にする。

2016年5月8日日曜日

ヘラクリトスと寓意的解釈 Konstan, "Heraclitus: Homeric Problems"

  • David Konstan, "Introduction," in Heraclitus: Homeric Problems, ed. Donald A. Russel and David Konstan (Writings from the Greco-Roman World 14; Leiden: Brill, 2005), pp. xi-xxx.
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後1世紀から2世紀の間に書かれたと考えられているヘラクリトス『ホメロス問題』は、ホメロスが神々について述べていたことは寓意的に解釈されるべきであり、その内容は例えばストア派の神観にも比されるべき高度な内容だったと主張することによって、ホメロスが受けていた非難から彼を救出することを目的として書かれた書物である。

寓意的解釈の始まり。寓意的解釈とは、前1世紀のトリュフォンの定義によれば、あることを適切な意味で表現するが、一方で類似性によって他の何かの概念を供給するような言葉やフレーズのことである。ヘラクリトスは、この寓意的解釈を用いて、宗教的敬虔さに関するホメロスの悪評判を解消しようとしたのである。寓意的解釈をホメロスに適用した者として、最も古い記録は、前6世紀のレギウムのテアゲネスである。同様の解釈は、フェレキュデス、メトロドロス、コロフォンのクセノファネスらによっても試みられていた。しかし、彼らよりも古くからホメロスの寓意的解釈は存在したはずだと考えられている。

ホメロスの権威。プラトンは、ホメロスはすべての学芸の権威であり、すべての種類の知恵の源であると考えていた。ストラボンは、ホメロスは地理学の創始者であると考えていた。ストア派の哲学者たちは、ホメロスのことを哲学的教えの証人あるいは源泉であると見なしていた。なぜなら、ストア派は賢者のみが真の詩人だと考えていたからである。

寓意的解釈の本質。ホメロスの詩の一節は、しばしば古代の批評家にとっても不明瞭だった。それを何とか解釈するために、彼らは換喩的解釈や、語源学を用いた。プルタルコスによれば、古代の詩人たちが神々のイメージを用いたのは、概念を表す特定の用語を持っていなかったからであるという。

神話へのアプローチ。ストア派やキュニコス派は、ホメロスの描く徳のある行為のモデルを求めた。すなわち、知恵や忍耐の模範となるような人物をホメロス作品の中に見出そうとするのである。これはホメロス擁護にもつながっている。なぜなら、アキレウスやオデュッセウスのような英雄は、彼らを描いた詩人自身の清廉潔白さのしるしになるからである。ただし、神話を合理的に解釈することのすべてが寓意的解釈へと行きつくわけではない。パライファトスやエウヘメロスらは、神話への歴史的アプローチを取った。またオルフェウス教のような宗教的カルトは、ホメロスやヘシオドスのオリュンポスによって描かれる神々の寓意的解釈よりも広い間口を持っていた。プラトンは、『プロタゴラス』などにおいて、伝統的な神話の寓意的解釈を行なっているが、ホメロスによる神理解に含まれる不敬虔を非難したのだった。

プラトンによるホメロス批判。『国家』第2巻において、プラトンはホメロスを批判した。彼によれば、神話の中に真実を含むものがあることは確かであるが、若者はそうした物語における暗黙の意味をきちんと読み取ることができない。それゆえに、こうした詩は皆の前で朗誦されるべきではない、というのである。キケローやプルタルコスなどのプラトン支持者はこれに従った。これに対し、ストア派はホメロス擁護にまわった。ゼノン、クリュシッポスなどはホメロス解釈において、寓意的解釈を用いてその神学を強調することによって、彼を擁護した。後代のヘラクリトスは、プラトンもエピクロスも、共にホメロスに自分たちの教えの基礎を置いているのだから敬意を持つべきだと反論した。

寓意的解釈の種類。本来の寓意的解釈の他に、換喩法、語源学、歴史的出来事における神話の起源の探究、徳の模範としての英雄像の模索、倫理的・哲学的教えを支えるようなホメロス引用の整理などが挙げられる。これらはみな、ホメロスが不敬虔であるという言説に対する反論として、またホメロスがすべての学術において万能であることの証明として、そして表面的な意味と異なる謎めいた一節の説明として機能した。これらの解読法によって、隠された意味が明らかになる。しかもその隠された意味は、教育的な効果へと高められるのである。

Wolfgang Bernardは、寓意的解釈を、「代替的寓意(Substitutive allegory)」と「分割的寓意(Diaeretic allegory)」とに分けた。前者は、物語の登場人物と、抽象概念やエレメントとが、一対一対応になるものである。これはストア派やヘラクリトスに見られる。一方後者は、個別の登場人物ではなく、エピソード全体が寓意化されるものである。こちらはプルタルコスのようなプラトン主義者に帰される方法である。オリュンピオドロスのような新プラトン主義者は、より体系的に寓意的解釈を用いた。

2016年5月7日土曜日

寓意的解釈の歴史 Tate, "On the History of Allegorism"

  • J. Tate, "On the History of Allegorism," Classical Quarterly 28 (1934): 105-114.
前5世紀後半に文学の寓意的解釈が始まった理由としては、ホメロスとヘシオドスが非倫理的であるという当時の批判(特にプラトンによる)に対し、彼らを擁護するためだったという点がしばしば挙げられる。しかし、論文著者は、寓意的解釈の始まりはこのような消極的・護教的な理由ゆえではなく、もっと積極的・解釈学的な理由ゆえであると主張する。

後代の解釈者たち(クセノファネス、ピタゴラス、エンペドクレス、ヘラクリトスら)、特に哲学者たちは、ホメロスとヘシオドスとをあたかもひとつの学派であるかのように扱い、一緒くたに批判した。哲学者が詩人に敵対するようになったのは、ただその教えに関する批判からだけではなく、そのスタイルや使う言葉からでもあった。というのも、パルメニデスやエンペドクレスのような哲学者にとって、詩のスタイルは哲学的な真理を表現する方法でもあったからである。

こうして、哲学者は詩と神話とを専有しようとした。その理由は、第一に、ホメロスやヘシオドスによる神話の利用を神秘的に表現された神学と混同したから、そして第二に、彼らは古い神話を自分たちで考えた新しい神話に取って代わらせようとしたからである。彼らは推理的な理性の助けで真理を正確に述べることができないとき、それが自分の哲学的な主張であっても、神話の言葉を用いて語ったのである。そうした点で、プラトンは、ホメロスとヘシオドス同様に、彼らの敵であったヘラクリトスをも同様に批判した。

哲学者たちは、もともとはホメロスの作品を学んだ者たちであった。自分たちの哲学を作り上げていく中で、かつて学んだホメロスやヘシオドスを批判するようになったのである。哲学者たちは、詩人たちが哲学を教えるために、いかに巧みに神話を用いていたかを知っていた。しかし、哲学者たちにとって、その教えは多くの誤りをも含んでいたために、彼らは神話を合理化し、書き換えることによって、それを正そうとしたのである。そしてその方法こそが寓意的解釈であった。すなわち、哲学者が詩人の作品を長く学んでいたことと、彼らが自身の哲学的な洞察力を発展させていたこととが、寓意的解釈の始まりに大きく影響しているのである。

論文著者によれば、寓意的解釈とは、哲学者たち詩人の言葉の中で本当に語られていると考えている教えを敷衍し、より明確にするために用いられた方法である。そのために、最初は半分神話的な言葉を用いていたが、次第により科学的な言葉を用いるようになった。このことから、寓意的解釈は、従来考えられていたように詩人の非倫理性を擁護するという消極的な理由から始まったものではないといえる。このように始まった寓意的解釈であったが、これを初めて護教的に用いた者としては、レギウムのテアゲネスが挙げられる。他にも偽プルタルコス、キケローにおけるバルブス、コルヌートスらも護教的な寓意的解釈者であった。

論文著者は、寓意的解釈を三種類に分けている。第一に、「歴史的な(historical)」解釈は、詩人が意図していたような意味で詩を解釈することである。詩人の意図をあえて曲解するような解釈は「偽歴史的」な解釈と呼ぶことができる。プラトンの時代以前の寓意的解釈は、この偽歴史的な解釈であったと理解することができる(この方法はストア派に受け継がれていくことになる)。歴史的な解釈において、詩人は神話やシンボルを通じて現実についての真理を表現する賢者として理解される。

第二に、「本質的な(intrinsic)」解釈は、詩人の言葉を彼の意図から離れ、言葉の実際の意味やシンボリズムに従って、客観的に解釈することを指す。この解釈において、読者は詩人よりもその詩の内に秘められた意味を理解していると主張することができる。

この寓意的解釈における歴史的な解釈と本質的な解釈とは、特にポルフュリオスのような新プラトン主義の解釈者においては両方用いられることがあった。それゆえに、彼らにとっては、そもそもホメロスとプラトンとが調和する必要はなかった。なぜなら、彼らは詩と哲学とが同じことを語っていると考えていたからである。しかし、新プラトン主義的な解釈は、もともと新プラトン主義者である者にしか正しく理解されないという難点もあった。

第三の解釈は、「人工的な(artificial)」解釈であり、これは歴史的でも本誌的でもない詩人の言葉を解釈するものである。この解釈においては、詩人の言葉はいかなる目的にも適用されるため、ある意味では偽歴史的解釈と同じものであるともいえる。この解釈の代表例としては、プラトン(とソクラテス)、ストア派、そしてプロティノスが挙げられる。

詩の教訓主義は、詩人の神的な知恵によって裏付けられている。ただし、この神的な知恵とは、詩人自身の知恵によって語られるものと、それと反対に、預言や信託のように神から直接与えられるものとが考えられる。論文著者は、詩人自身の知恵によって書かれた詩を歴史的な寓意的解釈から来るものとし、一方で預言のように霊感を受けた詩を本質的な寓意的解釈から来るものと見なしている。ホメロス自身は霊感によって自分がコントロールされたことはないと述べている。ヘシオドスも同様である。ゆえに、ホメロスにしてもヘシオドスにしても、詩人が超自然的な力の受動的な入れ物であるとは考えないのである。プラトンやストア派もまた、詩人とは霊感を受けたからではなく、才能と正しい教育によって作品を書いたと考えた。しかし、新プラトン主義者たちは、詩人を予言者として理解することになる。