2017年2月17日金曜日

申命記スィフレの注解 Fraade, From Tradition to Commentary

  • Steven D. Fraade, From Tradition to Commentary: Torah and Its Interpretation in the Midrash Sifre to Deuteronomy (Albany: State University of New York Press, 1991).
From Tradition to Commentary: Torah and Its Interpretation in the Midrash Sifre to Deuteronomy (S U N Y Series in Judaica)From Tradition to Commentary: Torah and Its Interpretation in the Midrash Sifre to Deuteronomy (S U N Y Series in Judaica)
Steven D. Fraade

State Univ of New York Pr 1991-03
売り上げランキング : 2300183

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

本書はミドラッシュの一種である『申命記スィフレ』の物語部分を対象に、その文学的なダイナミクスと歴史的意味を明らかにしようとしたものである。そのために、著者は『申命記スィフレ』と他のラビ文献との並行箇所に見られる違いを描写し、またそうしたわずかな違いがいかに大きな意味上の隔たりを生むかを示している。

著者の見解は中庸を美徳としているようである。というのも、『申命記スィフレ』に関する議論に見られる両極をそれぞれ否定し、その間を行こうとするのである。たとえば、『申命記スィフレ』は独立した文書として読まれるべきという見解を否定する一方で、区別なく他のラビ文献全体と共に読まれるべきという見解をも否定している。著者によれば、『申命記スィフレ』に見られる他のラビ文献との違いは、擦りあわされるべき矛盾ではない。

著者は『申命記スィフレ』に関して三つのことを述べている。第一に、『申命記スィフレ』は聖書を系統立てて解釈しており、そこに見られる特異な点はラビたちが聖書テクストの意味と格闘したしるしである。第二に、『申命記スィフレ』はラビの伝統や慣習に応答し、かつそれらによって形作られたものである。そして第三に、『申命記スィフレ』による聖書テクストや他のラビ文学への応答は、その編纂者の社会歴史的な現実によって条件づけられたものである。こうした特徴ゆえに、著者によれば、たとえば『申命記スィフレ』は異邦人の描き方が否定的だという。

0 件のコメント:

コメントを投稿