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2018年12月24日月曜日

オリゲネス『エレミヤ書説教』のラテン語訳 Nautin, "Introduction: Chapitre 1: Histoire de texte" #2

  • Pierre Nautin (ed. and trans.), Origène: Homélies sur Jérémie (Sources Chrétiennes 232; Paris: Cerf, 1976), 1:33-46.


『エレミヤ書説教』の3つの間接証言の3つ目は、ヒエロニュムスによるラテン語訳である(あと2つは古代の引用とカテーナ)。ヒエロニュムスは14の説教を訳したが、そのうち12はギリシア語原文も残っている(I, II, IV, VIII, IX, X, XI, XII, XIII, XIV, XVI, XVII。ラテン語訳しかないのはL. IとL. IIと呼ばれる)。著者はこれらの翻訳は、ヒエロニュムスがカルキス砂漠に出発する前にアンティオキアで作成したと主張する(374年頃か。通常は380年頃、コンスタンティノポリスでの作品とされる)。ヒエロニュムスが用いた写本は、8世紀のS写本よりは古いものなので、S写本の誤りを正すことが期待される。

著者は、第一に、ヒエロニュムスの翻訳がどのような状態で現存しているのか、第二に、ヒエロニュムスによって用いられたギリシア語写本の価値はどのくらいか、第三に、ヒエロニュムスはどのような基準で翻訳をしたのかを論じる。

第一に、ラテン語訳写本の状態については、W.A. Baehrensの研究がある。『エレミヤ書説教』のラテン語訳を含む写本は、ひとつの例外を除いて、AとBの二つのクラスに分けることができる。クラスAは9世紀以降のいくつかの写本で、ミーニュ版もこちらを採録している。クラスBは13世紀以降の写本である。AもBも9世紀頃のひとつの写本に依拠していると考えられる。この他には、9世紀のラバヌス・マウルスが『エレミヤ書注解』でヒエロニュムスの翻訳の半分を引用している。この引用は信頼性が高い。

第二に、ヒエロニュムスが利用したギリシア語写本の価値については、S写本の誤りすべてではないにせよ、いくつか共通する誤りを持っているといえる。文脈から、ヒエロニュムスとS写本のテクストとは異なった文法形式でオリゲネスが述べたに違いない箇所が見つかっている。またS写本が誤っている箇所では、ヒエロニュムスは文章を飛ばすことがある。ヒエロニュムスは、ギリシア語テクストが損なわれているところだけを飛ばし、その前後は正確に訳す。S写本とヒエロニュムスに見られる誤りが、カテーナの引用元となったギリシア語写本に影響を与えたケースもある。

ヒエロニュムスの翻訳の特色として、説教の順番が、S写本のように聖書どおりになっていないことが挙げられる。これが偶然ではないことは、ウィンケンティヌス宛書簡でのヒエロニュムスの暗示によって明らかである。ただし、これはヒエロニュムスのせいではない。古代の説教は、エレミヤ書に関する説教がひとつにまとめられていたのではなく、説教ごとに個別の写本に書かれていた。ヒエロニュムスが持っていたのも、こうしたバラバラの写本だったので、S写本とは異なる順番になったと考えられる。

第三に、ヒエロニュムスの翻訳の忠実さについて。ヒエロニュムスはルフィヌスによる『諸原理について』の翻訳が自由すぎると批判していたが、これに対し、ルフィヌスはヒエロニュムスの翻訳も自由すぎるところがあると批判した。たとえば、三位一体のような信仰に関わる部分で文章を飛ばしているという。さらに『エレミヤ書説教』でオリゲネスはあまり三位一体について取り組んでいないが、その欠落こそがヒエロニュムスによる修正のあとだとまで主張した(『ヒエロニュムス駁論』2.31.15)。

しかしながら、KlostermannやM. Vittorio Periら、ギリシア語原文とラテン語訳テクストとを綿密に比較した現代の研究者によれば、教義に関わる部分において、ヒエロニュムスはわずかな修正もしていないという。ヒエロニュムスが何らかの修正を加えるのは、自分で省略した一節における思想を明らかにするためや、スタイルを装飾するためのことが多い。より問題視されるのは「付加」だが、ときに「除去」や「改変」も見られる。

ヒエロニュムスはウィンケンティヌス宛書簡において、自身の翻訳方針について次のように述べている。すなわち、作者の特性とスタイルの素朴さに注意を払うこと(教会に有用なので)、そして修辞の華々しさに重きを置かないこと、である。しかしながら、彼はこの自身の方針には従っていない。それゆえに、ヒエロニュムスの翻訳を利用するには慎重さが必要である。S写本にない箇所がヒエロニュムスのラテン語訳に見つかるからといって、それはS写本の欠落とは限らないのである。明らかにS写本における欠落とわかる箇所については、ヒエロニュムスの訳は内容を知るための助けになる。

ちなみに、オリゲネスの『エレミヤ書説教』を利用した著作家には、エウセビオス、ヨアンネス・クリュソストモスとオリュンピオドロス、アンブロシウス、そしてヒエロニュムス(『エレミヤ書注解』)などがいる。

説教の数。『エレミヤ書説教』の数については、ヒエロニュムス『書簡33』に、エウセビオスが『パンフィロス伝』で書いたカイサリア図書館の作品リストのラテン語訳があるが、写本によって14とも24とも伝えられている。しかし、『フィロカリア』に残された断片が説教39なので、どちらもおかしい。もともとヒエロニュムスは24と書いたのを、写字生が現存するラテン語訳の数である14に書き改めたのであろう。カッシオドルスは『聖俗学術綱要』で45と伝える。『フィロカリア』断片の説教39がエレミヤ書の最終章である52章(21節)に関するものなので、残り6つの説教すべてでさらに52章について論じているとは考えにくい。おそらくエレミヤ書のみならず、エレミヤの手になるバルク書や哀歌についても論じていたのだろう。説教の数が45だとすると、20しかないS写本は全体の半分も知らなかったことになる。あるときから『エレミヤ書説教』は二つに分けられて、S写本はその片方しか知らなかったのであろう。それにしても、52章あるエレミヤ書を45の説教カバーするというのも妙である。カイサリア教会ではオリゲネス以外の人も説教したので、彼が担当しなかった箇所があるのかもしれない。説教の数について、これ以上は詳しくは分からない。

2018年12月16日日曜日

オリゲネス『エレミヤ書説教』の基礎知識 Nautin, "Introduction: Chapitre 1: Histoire de texte" #1

  • Pierre Nautin (ed. and trans.), Origène: Homélies sur Jérémie (Sources Chrétiennes 232; Paris: Cerf, 1976), 1:15-32.


オリゲネスの『エレミヤ書説教』は、明らかに彼が司祭だったときの作品なので(11.3.26; 12.3.18)、少なくとも232年の叙階よりあとである。また、これよりあとに『民数記説教』や『ヨシュア記説教』を書いたこと(12.3.21;『ヨシュ説』13.3)、そしてこれよりも前には、『詩篇説教』(8.3.2)や知恵文学に関する説教を書いたことが分かっている(『詩説』は240年)。基本的にオリゲネスは、知恵文学、預言書、歴史書の順に説教をしたようである。また『エゼキエル書説教』は、『ヨブ記説教』と『エレミヤ書説教』のあとに書かれたことも確実である(『エゼ説』6.4; 11.5)。研究者の中には、『レビ記説教』8.3の記述をもとに、同書を『エレミヤ書説教』の前に書いたと考える者もいるが、これは誤りであろう。アテーナイへの二度目の滞在時(245/6年)に書いた『雅歌説教』よりも前に『民数記説教』と『士師記説教』を書いたので(『雅説』序文)、『エレミヤ書説教』は240年から246年の間、さらに狭めれば241年から244年の間に書かれたと考えられる。

内容から、『エレミヤ書説教』は一般大衆向けの作品といえる。聴衆はすでに『詩篇説教』を聞いており、一方であとで『エゼキエル書説教』、『民数記説教』、『ヨシュア記説教』を聞くことになる。場所はカイサリアであった。

直接証言:『エレミヤ書説教』は、珍しくギリシア語原文が残っているオリゲネスの著作である(他には、『ヨハネ福音書注解』の一部分、『マタイ福音書注解』の一部分、『ケルソス駁論』、『祈りについて』、『殉教の勧め』、『ヘラクリデスとの対話』、『サムエル記上説教』、『諸原理について』の一部分など)。『エレミヤ書説教』のギリシア語写本には2つある。

第一に、スコリアレンシス写本(S)は、羊皮紙に書かれた11-12世紀のもので、フォリオ208から326までが『エレミヤ書説教』である(その前にはアレクサンドリアのクレメンス『富者の誰が救われるべきか』Quis dives salvetur)。Don Diego Hurtado de Mendozaがヴァネツィアで手に入れて、のちにエル・エスコリアル修道院図書館に収蔵された。タイトルにオリゲネスの名前ががないので、アレクサンドリアのキュリロスの作品と勘違いされていた。写本中には、写字生が知っていた欠落が3箇所(f. 293r [17.3.19]; f. 307r [19.12.1]; f. 314r [20.1.16])、写字生が知らなかった欠落が2箇所(f. 218v [3.2.27]; f. 305v [18.10.24])ある。また、文章が入れ替えられている箇所(f. 251r [10.8.11])や誤った数字を含んだ箇所もある。第二の写本は、ウァティカヌス写本623(V)で、16世紀の紙の写本の281-475頁が『エレミヤ書説教』であるが、S写本の複製なので重要度は低い。

間接証言:上記2写本の他には、古代の引用、カテーナ(連鎖注解)抜粋、そしてヒエロニュムスによるラテン語訳がある。古代の引用としては、パンフィロスとエウセビオスの『オリゲネス擁護』のルフィヌスによるラテン語訳があるが、この部分はS写本にもヒエロニュムスのラテン語訳にも並行箇所が存在する。より重要な古代の引用は、『フィロカリア』(ナジアンゾスのグレゴリオスとカイサリアのバシレイオス編)所収の2断片(Ph. IとPh. II)である。Ph. Iは説教の序文と考えられる。Ph. IIは3部分(Ia, Ib, Ic)から成る。Ph. IIのIbはヒエロニュムスのラテン語訳(L. II, 2.31-44)として残っている。『フィロカリア』での引用は忠実である。

預言書のカテーナには特に2つの主要写本がある。10世紀のChisianus R. VIII. 54と9世紀のVat. Ottobonianus gr. 452である。カテーナは、136のオリゲネスの断片を含んでいる。そのうち1つは『アフリカヌスへの手紙』、135はオリゲネスの名前はあるが作品名がない。後者のうち76は『エレミヤ書説教』のエレ20:12より前を、59はより後から最後(エレ51:35)までを扱っている。このうちより前の部分の多くはS写本にも見出されるが、より後の部分は失われたと考えられる。カテーナの抜粋は語り直しのために要約されている(ある部分は30行が8行に、またある部分は84行が18行になっている)。

エレ20:12より前の部分を扱う76のうち11はS写本にも見つからない。これらが本当にオリゲネスの説教なのかどうかは分からない。なぜなら、オリゲネスはエレミヤ書に関する注釈書を『説教』以外残していないからである。Nautinによると、断片Ⅰと断片Ⅵは解釈の傾向がかなり異なるという。とりわけ後者では、2つの疑問点がある。第一に「アクィラやシュンマコス」への言及があるが、通常オリゲネスは説教では校訂者の名前を挙げない(注解ではする)。第二に、親イスラエル的な記述があるが、通常そうしたことはしない。この11断片を、S写本に保存されたものとは異なるオリゲネスのエレミヤ書説教と主張するのは無謀である。

以上より、カテーナの抜粋は、S写本で損なわれた箇所をときに直すことができ、またS写本に保存された部分に続く説教に光を当ててくれる。

2018年12月10日月曜日

オリゲネスの記号とシロ・ヘクサプラ Gentry, "Did Origen Use the Aristarchian Signs in the Hexapla?"

  • Peter J. Gentry, "Did Origen Use the Aristarchian Signs in the Hexapla," in XV Congress of the International Organization for Septuagint and Cognate Studies, Munich 2013, ed. Wolfgang Kraus, Michaël N. van der Meer, and Martin Meiser (Septuagint and Cognate Studies 64; Atlanta: SBL Press, 2016), 133-47.

Anthony GraftonとMegan Williamsは、オリゲネスの『ヘクサプラ』の第5欄にはオベロス記号もアステリスコス記号も使われてはおらず、ある欄のテクストが欠落しているときには単にそこが空欄になっていたと主張する。Jennifer Dinesも第5欄には記号はなかったとする。

そもそもOlivier Munnichによると、『ヘクサプラ』には4つの重要な一次資料があるという。第一に、対観部分の4つの断片、第二に、マルカリアヌス写本、シナイ写本、シロ・ヘクサプラなどのコロフォン(奥付)、第三に、ギリシア語聖書の欄外注、そして第四に、オリゲネス、エウセビオス、ヒエロニュムス、エピファニオス、ルフィヌスら教父の言及である。

著者は、再構成されうる『ヘクサプラ』の第5欄のテクスト(=o' テクスト)と、第5欄だけを別に写すことからできた改訂版である『ヘクサプラ』改訂版とを区別するべきだと主張する。

こうした前提のもとに、著者はシロ・ヘクサプラのコロフォンに注目する。これはEduard Schwartz、Giovannni Cardinal Mercati、Pierre Nautinらの研究に対する補足である。なぜなら、彼らはマルカリアヌス写本やシナイ写本のコロフォンについては詳しく研究したが、シロ・ヘクサプラのそれについては省略したからである。GraftonとWilliamsはMercatiやNautinの研究を参考にしたので、やはり限界がある。コデックス学は部分ではなく全体を見なければならない。

著者は、シロ・ヘクサプラ写本の箴言、コヘレト書、雅歌などのコロフォンを紹介しつつ、それらを、T.C. Skeatが研究したシナイ写本におけるエステル記のコロフォンなどと比較している。シナイ写本のコロフォンや、ネストリオス派主教ティモテオス1世がセルギウス宛に書いた手紙などは、古代における写本の作成の様子について教えてくれる。

シロ・ヘクサプラ写本のコロフォンに基づき、著者は次の3点を指摘する。第一に、シロ・ヘクサプラ写本のコロフォンとギリシア語写本のコロフォンを比較することで、シリア語での写本用語を同定することができる。第二に、知恵文学はひとつのコデックスや巻物で伝えられていた。第三に、シロ・ヘクサプラに至るまで3段階あった(アレクサンドリアにおけるテクストのVorlage→シリア語訳の底本となるギリシア語Vorlage→シリア語訳)。

さらにBM Add. 14437の列王記の上へのコロフォンによると、シロ・ヘクサプラは、オリゲネスの『ヘクサプラ』の第5欄の写本をシリア語に翻訳したものであるという。617年にエナトンのアントニオス修道院でテラの司教パウロスが翻訳した。アレクサンドリアにいたパウロスをアタナシオス1世が修道院に招き、翻訳を依頼した。

シロ・ヘクサプラはアステリスコス記号をはじめとした記号を含んでいるにもかかわらず、その本文は『ヘクサプラ』改訂版の七十人訳とはあまり近くない。それは、著者によれば、シロ・ヘクサプラは『ヘクサプラ』ではなく『テトラプラ』に由来するからである。『テトラプラ』はしばしば『ヘクサプラ』のパイロット版として先にできたものとされることがあるが、これは説得的でない。むしろ『ヘクサプラ』によって七十人訳とヘブライ語テクストとの関係が明らかになったので、オリゲネスは最初の2欄をもはや必要としなくなり、『テトラプラ』を作成したという順序である。

また著者は、『ヘクサプラ』改訂版のオリジネーターはパンフィロスとエウセビオスだと主張する。オリゲネスは『ヘクサプラ』から『テトラプラ』へと第5欄のテクスト(=o' テクスト)を写す際に手を入れているかもしれないが、それと『ヘクサプラ』改訂版七十人訳とは区別されるべきである。

2018年12月7日金曜日

ヒエロニュムスの出エジプト記翻訳研究#4 Kraus, Jewish, Christian, and Classical Exegetical Traditions

  • Matthew A. Kraus, Jewish, Christian, and Classical Exegetical Traditions in Jerome's Translation of the Book of Exodus: Translation Technique and the Vulgate (VCS 141; Leiden: Brill, 2017), 61-104.


第3章"Jerome, the Hebrew Text, and Hebrew Grammar"より。ヒエロニュムスは『書簡57』において聖書は逐語訳を必要としていると述べているが、実際にはウルガータの出エジプト記は意訳である。著者は、七十人訳の翻訳者がアレクサンドリアの文法学の伝統から影響を受けているように、ヒエロニュムスもまたラテン語文法の伝統から影響を受けていると指摘する。

ヒエロニュムスの翻訳の理論的な側面と彼の翻訳の実際の性質については、それぞれいくつもの研究がなされてきたが、Benjamin Kedar-KopfsteinとSebastian Weigertを除いて、彼の理論を実際の翻訳と比較してみる研究はなかった。一方で、Kedar-KopfsteinもWeigertも、ヒエロニュムスのラテン語に対する見解について考察しなかった。それをしたのがMichael Gravesだった(ただしGravesの研究は聖書翻訳そのものではなく『エレミヤ書注解』が対象である)。Gravesは、ヒエロニュムスがラテン語文法の伝統を自身のヘブライ語テクストの翻訳に適用したことを説得的に示した。

ギリシアの学術から発生したラテン語文法は、次の4つの部分から成っている(ウァッローの用語)。すなわち、「読解(lectio)」「説明(enarratio)」「校訂(emendatio)」「評価(iudicium)」である。「読解」は、表現、アクセント、綴りなどを含むテクストの正しい読みのこと。「説明」は比喩表現、普通でない語、複雑なシンタックスといった難しい箇所の説明のこと。この「説明」は聖書翻訳と深く関わっており、さらに4つの下位分野に分けられる:文法的・言語的説明、ヒストリアの解釈、スタイルや詩的言語への注意、パラフレーズや語源学による難しい語(glossae)の説明である。「校訂」は単なる本文批評だけではなく、文中の誤りの修正なども含む。「評価」は作品の評価であり、注解、書簡、序文などに出てくるが、翻訳テクスト上には出てこない。

「読解」は現代的に言えば「文法的変換(grammatical transformation)」や「文脈的操作(contextual manipulation)」などと言える。これは、たとえばヘブライ語とラテン語の数の違いを説明することや、文章を正しく区切ること(クインティリアヌスによれば、distinctio)などを含む。

「説明」は、難しかったり普通でない語(glossemata)の解釈である。起点テクストでは言語的に暗示的なところを、目標テクストでは明示的に変える。ときにid estやquod significat quid est hocなどといった定式で導かれるパラフレーズ的な形式を取ることもある。いわゆる形式文法はこのカテゴリーに入る。文中で繰り返し同じ語を用いないように「変化(variatio)」をつけるのは、ラテン語ではエレガントなこととされるが、そうすることによって、せっかく「説明」によって取り去られた不明瞭さがまた出てきてしまう。ヒエロニュムスのつける「変化」は意味に影響を与えない場合も与えてしまう場合もある。「説明」という観点によって、ある言語独特の数や時制の感覚を理解したり、ヘブライ語の文章表現を再現するために廻説的表現を用いたり、修辞的効果よりも科学的な細部に注目したり(「ヒストリア」)、ウェルギリウスのテクストとの間テクスト性を理解したり、さらにはヘブライ語の言葉遊びをラテン語で再現したりすることが可能になった。

「校訂」は本文批評だけでなく、起点テクストを意味論的あるいは統語論的に変化させることも含んでいる。これは解釈の伝統ではなく、テクストの伝承や言語的システムに依拠した改変である。中でも顕著なのは、聖書ヘブライ語に特徴的なパラタクシスをヒュポタクシスに変えることである。ヘブライ語のパラタクシス構造をラテン語で扱うには、3つの方法がある。第一に、文字通りに繋辞etでつなぐ。第二に、それぞれの繋辞を等位接続詞や従位接続詞に変えて、文章同士の関係を説明する。第三に、文章を繋辞でつなぐのではなく分詞に変えて従属させる。第三の方法は統語論的には最も大きな変化だが、実は意味論的にはヘブライ語に最も近い。というのも、本動詞に対する分詞の意味は、ヘブライ語の繋辞と同様に、あくまで文脈が決めるからである。ヒエロニュムスの訳文は、この第三(および第二)の方法が多用されている点で、他の翻訳と大きく異なっている。キケローのスタイルを学んだヒエロニュムスは、ラテン語的な雄弁を犠牲にすることはできなかったのである。彼はパラタクシスを維持する場合でも、小辞を入れて文章同士の関係性を明らかにしたし、維持をやめて思い切って関係節や独立奪格に変えることもあった。ヘブライ語で冗長だったり反復されている箇所を削除して単純化することもあった。

目標言語やその文化が翻訳に影響を及ぼすのはよくあることである。翻訳上の変化は、古代末期ラテン語文献学という、ヒエロニュムスのいた文脈を教えてくれる。「説明」は、ヘブライ語のみに依拠している、いくつものnon-obligatory shiftsを説明し、「読解」や「校訂」はobligatory shiftsの理解の枠組みを与えてくれる。フィロンが証言する七十人訳の訳者たちのように、ヒエロニュムスはヘブライ語テクストに直に向き合ったが、一方で『アリステアスの手紙』の物語のように、彼もまた他の諸訳との対話をしながら翻訳したのだった。

2018年12月6日木曜日

ヒエロニュムスの出エジプト記翻訳研究#3 Kraus, Jewish, Christian, and Classical Exegetical Traditions

  • Matthew A. Kraus, Jewish, Christian, and Classical Exegetical Traditions in Jerome's Translation of the Book of Exodus: Translation Technique and the Vulgate (VCS 141; Leiden: Brill, 2017), 43-60.


第2章"Translation Technique of the Vulgate"より。ヒエロニュムスのヘブライ語テクストのVorlageは、特に五書に関しては現在のマソラー本文と同じものだと見なされている(それゆえに、E. Tovによれば、ヘブライ語聖書の本文批評にはほとんど役に立たない)。ヒエロニュムスの翻訳技法を知るためには、テクストそのものと共に、翻訳に関する彼の発言(『書簡57』など)も参考にすることができる。

著者はヒエロニュムスの「意味(sensus)」という語の二段階の理解について分析している。ひとつのレベルは「文献学的な(philological)意味」で、語彙論、形態論、スタイルを統合したものである。これは語彙論と形態論だけに着目する「言葉(verbum)」と対になっている。もうひとつのレベルは「霊的な(spiritual)意味」で、宗教的な文脈における理解のことである。文献学的な意味が翻訳において優勢であるのに対し、霊的な意味は注解においてより中心的な役割を演じている。Pierre Jayによれば、注解においてヒエロニュムスは、聖書の字義的な意味を「ヘブライ的真理」に、そして霊的な意味を七十人訳に結び付けることもあれば、逆に霊的な意味をヘブライ語テクストに、そして字義的な意味を七十人訳に結びつけることもあるという。

『書簡57』には、聖書以外は意訳、聖書だけは逐語訳という原則を書いた箇所があるが、ヒエロニュムスは実際にはこれを無視しており、それどころか書簡の後半では矛盾したことすら述べている。これは、この書簡を書いたのが聖書翻訳の初期のことであり、実際に翻訳が進んでからはフレキシブルになったからと考えられる。またそもそもヒエロニュムス自身が意訳を好む性質だったために、最終的にはこの原則を覆したとも考えられる。

古典文学を引きながらヒエロニュムスが述べているところでは、たとえばキケローは、自身の言語の特徴(proprietas)を通じて、外国語の特徴を明らかにしようとして、省略したり付加したりしたという。というのも、原文のエレガントなスタイルを再現できていない翻訳は、原文の著者が文学的素養を欠いているという誤った印象を与えてしまうのである。それゆえに、「文献学的な意味」が必要なのである。

新約聖書には旧約聖書からの非逐語訳的な訳があるが、著者によると、このことはヒエロニュムスの「意味」の理解を複雑化すると共に明らかにもしているという。さまざまな具体例から、ヒエロニュムスは福音書記者やパウロは聖書を意訳したと結論付けた。それどころか、彼は逐語訳をしているアクィラを悪い例として出してもいるので、『書簡57』における原則(「聖書は逐語訳すべき」)と矛盾しているわけである。著者は、福音書記者らは翻訳において「霊的な意味」を得たのであり、アクィラは「文献学的な意味」への注意を引こうとしたのだと説明している。

このように、ヒエロニュムスの翻訳技法の分析とは彼の意訳へのコミットメントを認めるところから始まる。ウルガータの五書は、古ラテン語訳や、彼が訳した他の聖書文書よりは自由だとされている。ヘブライズムはヒエロニュムスの逐語訳者としてのテクニックを示すが、語源学的な訳し方や釈義的な訳し方、ギリシア語Vorlageの使用、またラテン語の語法に沿う傾向は、彼の自由訳者としてのテクニックを示す。

著者は、ヒエロニュムスの翻訳に三つの方法論があると考えている。第一に、ヘブライ語テクストのみを直接的に考慮している場合、第二に、七十人訳など他の伝承を参照している場合、そして第三に、釈義的な伝承に関わっている場合である。つまり、彼の翻訳がヘブライ語と一致しないときに、すぐにそれは釈義的な伝承の影響と考えるのではなく、まずは七十人訳、古ラテン語訳、アクィラ、シュンマコス、テオドティオンを用いた可能性を考慮するのである。そしてもしヘブライ語ともこれらの版とも大幅に異なる場合に、初めて釈義的伝承を考慮するのである。しかもそれは、ユダヤ的、古典文学的、そしてキリスト教的な伝承すべてを考慮する必要がある。

ウルガータの出エジプト記の翻訳技法は、逐語訳者を志向してはいるかもしれないが、それは「逐語訳」という言葉の定義に相当の自由度を認めた上でのことであった。翻訳はときにヘブライ的、ギリシア的、古典文学的、キリスト教ラテン的でもあり得た。これをBenjamin Kedar-Kopfsteinのように「一貫していない」とか「矛盾している」とか評価することもできよう。しかしながら、非一貫性とは翻訳の本質である。翻訳とは本性上、同一性や一貫性に基づいた評価に逆らうような文化間あるいは文化内の現象である。

2018年12月2日日曜日

ヒエロニュムスの出エジプト記翻訳研究#2 Kraus, Jewish, Christian, and Classical Exegetical Traditions

  • Matthew A. Kraus, Jewish, Christian, and Classical Exegetical Traditions in Jerome's Translation of the Book of Exodus: Translation Technique and the Vulgate (VCS 141; Leiden: Brill, 2017), 15-42.


第1章"Recentiores-Rabbinic Philology and Vg Exodus"より。ヒエロニュムスは、一方では、ヘブライ語に基づく翻訳のために七十人訳を拒絶したという異端的な批判から身を守る必要があり、他方では、ヘブライ語とユダヤ伝承を不十分にしか理解していないという批判に反論する必要があった。彼が『創世記におけるヘブライ語研究』と聖書の翻訳において用いた方法論は、Adam Kamesarによって「改訂者的・ラビ的文献学(recentiores-rabbinic philology)」と呼ばれている。すなわち、アクィラら改訂者たちとの緊密な関係性のもとでラビ的なソースを用いることで、ヘブライ語テクストの理解に至るという方法論である。

ヒエロニュムスのユダヤ伝承への通暁は明らかだが、2つの問題点がある。第一に、彼はいくらかラビ文献を見たことがあるかもしれないが、その量は個人的なそのときどきのものにすぎない。つまり、ある箇所について特定のラビ的解釈に触れただけであって、全体ではない。それゆえに、ヒエロニュムスが持っている伝承が、たとえば『メヒルタ』やタルグムにあったとしても、彼がそれらを直接読んだかどうかは分からないのである。むしろユダヤ人教師から聞いたものである可能性が高い。第二に、ユダヤ伝承そのものの年代決定が難しい。なぜなら現存するものは、後代になってからまとめられたからである。

ヒエロニュムスのヘブライ語能力は、昨今ではある程度認められている。そもそもこれを否定する言説は、Gustave BardyとPierre Nautinが嚆矢である。彼らは、ヒエロニュムスのユダヤ伝承はオリゲネス由来だと述べたのである。確かに、ヒエロニュムスはヘブライ語教育を受けたと主張しており、実際多くの言及があるが、そこには誤りがあったり、改訂者たちやオリゲネスからのコピーと思われるものがあったりする。しかしながら、著者は、わずかな誤りよりも多くの正しい言及がヒエロニュムスのヘブライ語能力を証明していると述べる。そもそもヘブライ語の誤りが直ちにヘブライ語能力の欠如を示すわけではない。高度な誤りはむしろヘブライ語への習熟を教えてくれる。また彼のヘブライ語能力の発露には、段階や機会の違いが反映することもある。

著者は何人かの研究をまとめている。Megan H. Williamsは、ヒエロニュムスが自己成型(self-fashioning)のために修道制と聖書釈義を統合したと主張する。また彼がユダヤ人やユダヤ教を否定的に描いている一方で、ユダヤ伝承を肯定的に用いているのはなぜか、という問いについて、Williamsは次のように答える。ユダヤ人を否定的に描くのは、修道者としての自己成型のプロセスによるものである。つまり、ヒエロニュムスのユダヤ人との交流を彼自身がどう説明しているかという論点と、実際のテクスト上の平行箇所は、別物として研究しなければならないのである。ヒエロニュムスのユダヤ伝承の利用と彼のユダヤ人描写は、ユダヤ文化とラテン世界のキリスト教との間に架け橋ではなく壁を作ってしまったと言える。彼の翻訳も、その作成過程ではキリスト教とユダヤ教の境界線を超えるものだったが、出来上がったものはその境界線の間の壁となってしまった。

Andrew Cainは、ヒエロニュムスの書簡から、彼の生涯に関する情報というよりは彼のアイデンティティの形成について検証した。Hillel Newmanは、ユダヤ人やユダヤ文学に関する数多くの言及を検証して、古代末期のユダヤ教の実像を明らかにした。Alfons Fürstによれば、こうした昨今のヒエロニュムス研究のトレンドは、「彼の著作が客観的なゴールのみならず、著者の自己成型的かつ散漫な解釈を知ることに資する」のだという。これは、ヒエロニュムスが『エレミヤ書注解』の中でローマ略奪にどのように反応したかを分析したPhilip Rousseauの研究などにも見られる傾向である。

著者が否定的に紹介しているのがJohn Cameronの"The Rabbinic Vulgate?"である。この中でCameronは、ヒエロニュムスが教会の旧約聖書をラビ聖書と取り替えようとしたという(G. Bardyからの影響を受けた)Dominique Barthélemyの主張を覆そうとしている。そのためにCameronは、そもそもヒエロニュムスの聖書はラビ聖書と呼ぶにはラビ的解釈に乏しいのだから、ラビ的釈義ではなく文献学的な翻訳なのだと主張する。これに対し著者は、ヒエロニュムスの聖書がラビ聖書だと言いたいわけではなく、Cameronがヘブライ語テクストに基づく翻訳とラビ聖書とを混同していることを問題視している。そもそもヒエロニュムスの「ヘブライ的真理に従った」という表現は、ラビ的・ユダヤ的翻訳を指すのではなく、ヘブライ語伝統からの文献学的正確さに基づく、キリスト教徒のための翻訳を指している(その注解もミドラッシュではない)。また釈義(exegesis)と文献学(philology)二項対立となるものではなく、古典の文法学で釈義は文献学の一部である。それゆえに、Cameronが「科学的」と呼ぶ文献学的方法論には釈義も入っていなければならないはずである。つまりCameronは、ヒエロニュムスが言ってもいないこと(「自分の聖書翻訳はラビ的釈義だ」)を否定しているだけといえる。それにCameronがこうした主張をするために詩篇に関するヒエロニュムスの見解しか考察していないのも問題である。なぜなら詩篇と翻訳と五書の翻訳ではユダヤ伝承を使う量が明らかに異なっているからである(それは詩篇を扱った『書簡106』と創世記を扱った『ヘブライ語研究』の比較からも見て取ることができる)。

これまでのウルガータ研究のアプローチは、Georg Grützmacherのそれに従ってきた。すなわち、ヘブライ語テクストから翻訳した理由を分類し、翻訳の特徴を定義し、ヒエロニュムスの能力を評価し、その方法論の原則を定義しようとするのである。Grützmacher自身はこうした検証の結果、ヒエロニュムスの翻訳には、アウグスティヌスのような創造的な精神は見られないと主張した。現在の研究ではウルガータの翻訳としての良し悪しを評価することはあまりないが、基本的にはGrützmacherの姿勢を踏襲している(H.F.D. Sparks, Dennis Brown, Eva Schulz-Flügel)。こうした研究は多くの場合わずかな一節や特定の文書の翻訳の分析に終始する(創世記についてFelix Reuschenbach、サムエル記についてVictor Apotowitzer、箴言についてCyrus Gordon、詩篇についてColette Estin, David Paul McCarthy, John Cameron、ルツ記についてRafael Jiménez Zamudio、ダニエル書についてRégis Courtray、エズラ記についてDieter Böhler、トビト記についてVincent T.M. Skemp)。

まだ誰も彼のソース、方法論、翻訳の性格を古代末期の文脈に位置づけて総合的に研究した者はいない。Benjamin Kedar-Kopfsteinは、ヒエロニュムスの翻訳からユダヤ伝承を見つけ出したが、そのうちのいくつかは説得的でない。特に、しばいばギリシア語訳がすでに持っているユダヤ伝承からの影響を見落としている。Neil Adkinは、ラテン古典文学からの影響を検証したが、これも最高の余地がある。著者はこれらの試みを否定しているわけではない。脱文脈化されたフレーズや孤立した問題ではなく、より全体論的かつ十全なアプローチが必要だと考えているのである。

そこで著者はウルガータの出エジプト記を対象とする。出エジプト記は物語、法、詩歌を含み、最も成熟した翻訳の一つでもあるからである。著者は問う。ウルガータの出エジプト記は「改訂者的・ラビ的文献学」を翻訳技法として用いているのだろうか。

2018年12月1日土曜日

ヒエロニュムスの出エジプト記翻訳研究#1 Kraus, Jewish, Christian, and Classical Exegetical Traditions

  • Matthew A. Kraus, Jewish, Christian, and Classical Exegetical Traditions in Jerome's Translation of the Book of Exodus: Translation Technique and the Vulgate (VCS 141; Leiden: Brill, 2017), 1-14.

最新のヒエロニュムス研究書の序章"Jerome and Translation Technique"より。これまでウルガータ聖書研究は、漠然と翻訳としての良し悪しや正確さ不正確さといったカテゴリーで語られてきたが、本書は出エジプト記という特定の書物に関してヒエロニュムスが取った翻訳的な動きを厳密に検証することで、翻訳のプロセスを論じるという新しいアプローチを取っている。

さらに詳しく言えば、本書は第一に、ヒエロニュムスが翻訳に際し「改訂者的・ラビ的文献学(recentiores-rabbinic philology)」を取っていること、そして第二に、彼の翻訳の方法論と結果は古代末期の文脈を反映していることを明らかにする。「改訂者的・ラビ的文献学」とはAdam Kamesarの用語で、ヒエロニュムスがラビ的伝統と対話しつつ、古典文学やアンティオキア学派の文法理論(文献学)を、七十人訳、古ラテン語訳や諸改訂(アクィラ、シュンマコス、テオドティオン)の分析に結合させたことを指す。

著者はまず七十人訳の翻訳技法の研究をまとめる。この分野は、第一に、自由訳と逐語訳を区別する基準を明らかにしており、第二に、翻訳が依拠しているのは逐語的技法か、ヘブライ語の原型(Vorlage)か、それとも釈義的翻訳かを明らかにしており、そして第三に、翻訳学と七十人訳研究の新しい相乗効果を刺激している。

逐語訳と自由訳。ここでは、James Barr、Emanuel Tov、そしていわゆるフィンランド学派(Ilmari Soisalon-Soininen, Raija Sollamo, Anneli Aejmelaeusら)が取り上げられている。Barrは、逐語訳はテクニックの問題だが自由訳は実態的な方法論とはなり得ないと考え、専ら逐語訳について議論した。Tovも逐語訳の基準を統計学的に評価しようとした。Tovとフィンランド学派が逐語訳に注目したのは、本文批評的な理由である。つまり、逐語的な翻訳者が自由訳をしているのは実際には別のVorlageの可能性が高いのである。フィンランド学派はさらに、量的な分析と質的な分析を統合しようとした。

翻訳技法と釈義。W. Edward Glennyは、MTとLXXとの違いを説明するためにあらゆる可能性(違うVorlage、誤読、翻訳技法、転写の歴史、釈義など)を捨てないマキシマリストの立場を取った。そして、七十人訳における翻訳技法に対して、テクスト的アプローチと釈義的アプローチがあるとした。テクスト的アプローチは、翻訳者が原典に忠実であり、相違がVorlageの問題であることを前提とする。一方で釈義的アプローチは、翻訳者が聖書の読みや解釈の知識を翻訳に持ち込み、ミドラッシュ的な釈義技法をテクストに加えることを前提とする。この2つのアプローチを用いることで、Glennyは逐語訳のみならず自由訳の度合いについても扱えるようになった。統計学的な逐語訳の分析だけでは、翻訳のダイナミズムを見失うのである。

さらにGlennyは、翻訳技法の研究のために次の5つの点に注意を喚起している。翻訳技法は、第一に、翻訳技法は評価的ではなく記述であり、第二に、共時的なのものとして翻訳者と読者の文脈が考慮されるべきであり、第三に、パロール(個人的な発話行為)から検証されるべきであり、第四に、起点言語と目標言語の構造の比較分析を伴うものであるべきであり、そして第五に、起点言語を出発点とするべきである。

七十人訳の翻訳技法と翻訳学。Gideon Touryは、テクスト生成とテクスト受容の区別に基づいた記述的な翻訳研究を求めた。彼はさらに、翻訳の文化的な位置としての「機能」に注目した。これは、テクスト生成時よりも受容時のことの方が知られている七十人訳研究には適切なやり方である。七十人訳の場合、翻訳技法の再構成は不確かなものにならざるを得ない。それゆえに、より翻訳の一般的な特徴に関する理論的なモデルは、翻訳プロセスの解明に役立つ。Raija Sollamoは、Touryの理論に依拠しつつ、七十人訳によって、起点言語による目標言語への影響(干渉)の普遍的規範、暗示の明示(補足)、非定型の語彙パターニング、目標言語の過小評価などが明らかになると述べる。こうした規範は逐語訳にも自由訳にも適用できる。

Theo A.W. van der Louwは、翻訳に関する要素をいかに説明するかを論じている。彼のアプローチは、翻訳者の性格や文脈、翻訳者と翻訳の社会的・歴史的・文化的な文脈全般を分析している。変化を分類することは古代の聖書翻訳の分析にとって重要である。そしてとりわけVan der Louwの方法論が特徴的なのは、マソラー本文と比較する前に、七十人訳を独立したテクストとしてまず分析したことである。そうすることで目標言語の視点からギリシア語を理解することができる。その上で、マソラー本文との比較によって得られた変化をカテゴリー化し、本文批評的な発見を吟味し、一番最後に翻訳上の釈義的・イデオロギー的な要素を分析する。

以上のように七十人訳の翻訳技法の研究は、ウルガータの研究のためにも、Vorlageの問題とヒエロニュムスの起点テクストへの関わりの問題を考えることが重要だと知らせてくれる。しかしながら、七十人訳とウルガータの両者には決定的な違いもある。すなわち、七十人訳の翻訳者は無名であるために、彼らの活動時期、来歴、背景、性格、翻訳技法を知るために翻訳そのものしかデータがないが、我々はヒエロニュムスの教育、歴史的文脈、神学的興味、古典学からの影響、ユダヤ人情報提供者、解釈技法への通暁などを知っている。彼のVorlageとして、ヘブライ語テクスト、七十人訳、古ラテン語訳、「校訂者」などさまざまなものがあったことも知っている。そのうえ、彼は自身の翻訳技法について著作の中で言及すらしている。七十人訳の翻訳プロセスにおいては、文法、辞書、コンコルダンス、注解もなかったが、ヒエロニュムスは文献学の訓練、オリゲネスの『ヘクサプラ』、ラビ、先達者の注解、先行する諸訳を持っていた。

ここから、ウルガータは一般的には翻訳技法を分析するための、また各論的には釈義的翻訳を分析するための豊かなリソースとなり得ることが分かる。