2015年2月1日日曜日

パピルスから見るアレクサンドリアのユダヤ人 Bell, Jews and Christians in Egypt, Ch 1

  • Harold Idris Bell, Jews and Christians in Egypt: The Jewish Troubles in Alexandria and the Athenesian Controversy (London: Oxford University Press, 1924), pp. 1-37.
0837125871Jews and Christians in Egypt: The Jewish Troubles in Alexandria and the Athanasian Controversy
Sir Harold Idris Bell
Greenwood Press by G-Tools

本論文はエジプトで発見された一巻のパピルス(Papyrus 1912, A.D. 41)をもとに、ローマ時代のアレクサンドリアに住んでいたユダヤ人がどのような環境にいたかを明らかにしたものである。このパピルスには、皇帝クラウディウス(在位後41-54年)が、その在位の初期の頃に、アレクサンドリア市民に向けて書いた書簡が含まれていた。書簡のスタイルは、極めてラテン語的なギリシア語文であるため、ラテン語で書かれたものがギリシア語訳されたか、あるいはラテン語話者によるギリシア語作文であると考えられる。これはいうなれば皇帝からの布告であるため、公の場で朗読されたと見られる。

内容的には三部に分かれている:第一に、クラウディウスの皇位継承の祝福に対する返礼および返答。第二に、いくつかの嘆願への返答。第三に、近年起きた反ユダヤ騒動への布告。第一の問題について、アレクサンドリア市民は、クラウディウスを神殿の祭司として任命しようとしていたが、彼は生きているうちから神格化されるのを嫌い、またそうした行為が市民から見て「不快」に映るのを恐れ、それを断っている。しかし、自分の誕生日を「アウグストゥスの日」として祝うことや、自分や家族の像を建立することは許可している。いずれにせよ、ここからは、帝国祭儀の発展がいかに皇帝に対する神格化を不可避にしていったかを見ることができる。

第二の問題について、クラウディウスはアレクサンドリア市民の嘆願を巧妙にはぐらかしている。未成年者の市民権に関する問題や、神殿の監督者に関する問題など、はっきりと文脈が見えないような回答になっている。中でも、アレクサンドリアに議会を作りたいという嘆願に関する問題は重要であるが、これに対してもクラウディウスはわれ関せずという態である。実際、アレクサンドリアはセプティムス・セウェルスの時代になるまで議会を持つことができなかった(プトレマイオス朝時代にもなかったと考えられる)。

第三のは反ユダヤ主義の問題である。アレクサンドリアのユダヤ人たちは「デルタ」と呼ばれる地区に固まって暮らしていたが、三つの点から敵対心を持たれていた。第一に、ユダヤ人たちが金銭的に恵まれていたという経済的理由、第二に、当時のアレクサンドリアの共同体は、とりもなおさず先祖崇拝などを中心とした宗教的な共同体だったが、ユダヤ人たちはその中で特殊な宗教を持ち、なおかつ優遇されていたという宗教的理由。第三に、ローマ帝国の支配下で二流都市に凋落してしまったアレクサンドリアにおいて、ユダヤ人たちがいち早くローマ側に寝返ったという政治的理由である。これに加えて、ユダヤ人たちはさらなる特権として、アレクサンドリアの市民権を要求していた。

ユダヤ人がアレクサンドリアの市民権を持っていたかどうかについては議論がある。フィロンとヨセフスは市民権を持っていたという証言をしているが、第三マカバイ記は市民権はなかったとしている。三マカの歴史的証言は疑問視されているので、フィロンおよびヨセフスに軍配が上がりそうだが、一方でさまざまなパピルスが市民権がなかったという証言を残している。さらにアレクサンドリアに住むマケドニア人たちが市民権を持っていなかったことも分かっている。こうしたことからフィロンとヨセフスの証言を再検証すると、やはりユダヤ人が市民権を持っていたという説はかなり弱くなる。そして本論文で扱っているパピルスもまた、市民権がなかったことを裏付けている。

クラウディウスの手紙で言及されているポグロムが、フィロンやヨセフスが記録している、ガイウス帝政下のものであるかどうかについて、著者は『イシドロスの事績』との比較から、肯定的な見解を導いている。そしてこの出来事においては、明らかにギリシア人側の方に非があることを認めている。

興味深く思ったところを引用しておきます。
The subject of the relations between the Jews of the Diaspora and the Graeco-Roman world in which they lived has been frequently discussed in recent years, but on more than one of the fundamental problems a generally accepted agreement has still to be reached. Unfortunately the discussion, in modern as in ancient times, has not always been free from racial or theological bias. (p. 10)

0 件のコメント:

コメントを投稿