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2016年10月14日金曜日

教会とユダヤ人 De Lange, Origen and the Jews #7

  • Nicholas de Lange, Origen and the Jews: Studies in Jewish-Christian Relations in Third-Century Palestine (University of Cambridge Oriental Publications 25; Cambridge: Cambridge University Press, 1976), pp. 75-87.
前章ではオリゲネスがユダヤ人批判において、比較的偏見から自由だったことが論じられていたが、本章では、彼がそれでも行なった批判が扱われている。オリゲネスによる聖書の寓意的解釈の核心は、教会の誕生と、神の庇護がユダヤ人から異教徒へと移ったことを証明することだった。神がユダヤ人を拒絶したことは、彼らがエルサレムから追放され、迫害に遭っていることから明らかである。しかし、オリゲネスはそのユダヤ人を必要以上に糾弾せず、むしろ守ろうとさえした。

ユダヤ人に対するキリスト者からの攻撃の理由と言えば、ユダヤ人によるイエス殺しが大きい。新約聖書では、イエスの死の本当の理由は神が定めのためであり、必ずしもユダヤ人のせいであるとは描かれていないにもかかわらず、教会はユダヤ人を犯人として攻撃した。論文著者は、このイエス殺しがユダヤ人批判の理由の第一となるのは、2世紀になってからだったと主張する(それ以前のキリスト者の反発は、むしろユダヤ人の律法遵守に向けられていた)。オリゲネスは、ユダヤ人が預言者たちの警告を無視して神の不興を買い続け、ついにはイエス殺しにまで手を染めたために、異教徒の教会が神によって選ばれることになったと解釈した。オリゲネスにとって歴史とは、神の人間に対する関係性の舞台であり、すべての歴史的出来事は、神の好悪の証拠として解釈されるのである。

キリスト者が聖書の中でほのめかされている神秘を感じ取ることができるのに対し、ユダヤ人はテクストを厳格に字義的に解釈するだけであった。それゆえに、ユダヤ人は、イエスとは預言者たちに律法を与えた神の子であることや、モーセの宗教は預言書は実際にはキリスト教信仰の呼び水にすぎないことを、解釈しそこなったのである。こうして、ユダヤ人によるイエスの拒否は、ユダヤ人の字義的な聖書解釈と結びつけられたのだった。

オリゲネスは、三種類の聖書解釈を提案している。それぞれ体の部分、すなわち肉、魂、そして精神と結びつけられている。素朴な人間は、聖書の肉部分しか味わうことができない。解釈の階梯を登ろうと努力する者は聖書の魂に触れることができる。そして、完全な者のみが聖書の精神へと至ることができる。この精神のレベルでの解釈こそが、オリゲネスによって最も重要な「寓意的解釈」と「予型論的解釈」を含んでいる。こうした異教徒のホメロス解釈やフィロンの旧約聖書解釈のテクニックを用いることで、オリゲネスは、旧約聖書が実際にはユダヤ人ではなく教会に属するものであり、また新約聖書において必要不可欠なものであることを示そうとした。

ユダヤ人が教会の迫害に責任があるという言説に関して、オリゲネスにその出所が帰されることがある。他の証言者としてはユスティノスやテルトゥリアヌスがいるわけだが、詳しく見ると、オリゲネスは実際にはそこまで言っていない。何といっても、彼とユダヤ人との関係性はそれほど悪くなかったのである。

オリゲネスは、『トルドット・イェシュ』に結実することになるイエスの生涯のスキャンダラスな解釈を知っていた。またシュモネ・エスレと呼ばれるユダヤ教の祈りの文言にある、キリスト者への呪いをも知っていたと見られる。しかしながら、彼はユダヤ人の字義的な聖書解釈を批判するに留まったのだった。

2016年10月12日水曜日

ケルソス、ポルフュリオス、ユリアヌス Kinzig, "Pagans and the Bible"

  • Wolfram Kinzig, "Pagans and the Bible," in The New Cambridge History of the Bible 1, ed. James Carleton Paget and Joachim Schaper (Cambridge: Cambridge University Press, 2013), pp. 752-74.
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本論文では、古代の異教徒たちがどのように聖書に興味を持ったかについてまとめられている。非キリスト教者は、文学の修辞的・哲学的な洗練について高い基準を持っていた。そして聖書は、旧約聖書(ギリシア語訳)も新約聖書も共に、明らかにこの基準には満たない代物であると見なされていた。興味深いことに、キリスト教の勃興以前には、ユダヤ人の聖書が異教徒によって読まれていた証拠は見当たらない。言い換えれば、異教世界における聖書の受容は、2世紀以降のキリスト教成立と共に始まったのである(1世紀にも、偽ロンギノス、カッシオス・ロンギノスらがいる)。これは、ユダヤ教が宣教に熱心な宗教ではない一方で、キリスト教はそうであったからだと考えられる。

聖書に言及した異教徒の最初期の例としては、ピタゴラス主義・プラトン主義哲学者のヌメニオス、哲学者かつ医者のガレノスらがいる。彼らは必ずしもユダヤ教やキリスト教を主題にしてはいない著作の中で、聖書の非科学性を批判しつつも、キリスト者の倫理観の高さを称賛した。2世紀後半になると、聖書を中心的な主題とした書物も書かれてるようになった。3世紀から4世紀初頭にかけて活躍したヒエロクレスは『真理を愛する者』という著作で聖書の誤謬を指摘し、使徒たちを批判した。ヒエロクレスはイエスを、1世紀の新ピタゴラス主義者であるテュアナのアポロニオス(伝記はフィロストラトスによる)と比較した。

聖書を扱ったさまざまな異教徒たちのうち、論文著者はオリゲネスによって知られる哲学者ケルソス、マカリオスによって知られる新プラトン主義哲学者ポルフュリオス、そしてアレクサンドリアのキュリロスによって知られるローマ皇帝ユリアヌスを取り上げている。

ケルソスの聖書知識は限られている。彼はモーセの教えは異教の教えや神話を誤解・曲解したものだと批判している。世界の創造はナンセンスであり、人が神の似姿であるという考え方は人と神との存在論的な違いを矮小化することに他ならない。イエスの処女から生まれたのではなく、兵士パンテラとマリアとの情事によって生まれたのであり、イエスの教えはモーセのそれと矛盾している。イエスの受難は、騒擾を起こした者の当然の結果である。このように、ケルソスはさまざまな点に関して聖書を批判したわけだが、特にイエスの批判が微に入り細を穿っていることから、福音書を読んだことがあると思われる(パウロ書簡については不明)。

ポルフュリオスは、聖書の文献学的な知識において秀でていた。彼は、特に預言書の逐語的な解釈を好んだ。そして、預言書に書かれているのはキリストの受肉に関することではなく、単純にユダヤ史における過去の出来事にすぎないと示そうとしたのである。そこで彼が注目したのがダニエル書である。これはヒエロニュムスの『ダニエル書注解』の中で長く引用されている。ポルフュリオスは、第一に、ダニエル書がダニエルによって書かれたことを否定し、第二に、ダニエルが未来のことを語っているという解釈を否定し、そして第三に、ダニエルがアンティオコスの時代までについて語っていることは正しいが、それ以降は誤りであると主張した。キリスト者にとって、ダニエルははっきりとキリストの出現について語っている預言者だったので、ポルフュリオスによるそうした解釈の否定に対し、彼らは大きく反発した。新約聖書に関しては、ストア派によるロゴス・プロフォリコスとロゴス・エンディアテトスの区別に基づいて、ヨハネ伝冒頭のキリストのロゴス論を否定した。概して、福音書の非科学性はポルフュリオスをいら立たせた。

幼少時にキリスト教教育を受けたユリアヌスは、当然ながら、最も深い聖書の知識を持っていた。すべての国はローマの国家的な神々に従属しているべきであるという考えだったユリアヌスは、ユダヤ・キリスト教の一神教的世界観を大いに批判した。ただし、彼の批判はユダヤ人にではなく、主にキリスト者に対するものだった。世界の創造については、聖書の無からの創造という考え方はプラトンの『ティマイオス』に劣ると考えていた。曰く、人に知識を与えた蛇はむしろ恩人であり、アダムの助け手として創造されたはずのイブは、実際には彼を騙している。十戒は他の民族にも見られるようなありきたりのことしか書かれていない。新約聖書で示されている新しい法は、モーセのそれとは矛盾している。それどころか、福音書はそれぞれ矛盾した記述を含んでいる。イエスは、ヘロデの前で奇跡を起こすように求められてもできなかった。イエスの教えはただ馬鹿げているだけではなく、国家や社会を不安定にさせるものである。こうしたことゆえに、ギリシア文学は、人を賢明にさせることについて、はるかに有益である。

これら三人に加えて、論文著者はもう一人、マカリオスの不詳の敵対者(ポルフュリオスか?)を挙げている。この敵対者は新約聖書を特に攻撃対象として、キリスト教を批判した。曰く、福音書はでたらめで一貫しておらず、イエスはただの人である。最後の晩餐でのイエスの言葉はカニバリズムを示唆するものである。これらの事柄は、寓意的解釈を用いたとしても、受け入れがたい。またこの人物は唯一、パウロを本格的な批判の俎上に上げている。パウロがさんざん喧伝した終末は、彼が死んで300年も経つのにまだやってこない。罪の赦し、偶像の否定、死者の復活といった考え方も、みな不条理なものである。偶像は神々と同じものなのではなく、記念や祈りの場のために作られたものなのである。

以上のような著作群は、論争哲学(Kontroversphilosophie)と呼ばれる文学ジャンルとされており、哲学の学派同士でも交わされた。また公の場で朗読されることもあったようである。事実、ヒエロクレスが自身のキリスト教批判を朗読したときには、ラクタンティウスがその場にいたことが知られている。注意すべきは、彼らの作品は、多くの場合キリスト者による論駁書の中に保存されて残っていることである。ただし、彼らは聖書の統一性と多様性について、異教とキリスト教の神論の比較、救済論や終末論については、あまり扱っていない。

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2016年10月10日月曜日

ヨセフスとフィロン以外のヘレニズム期ユダヤ人作家 Van der Horst, "The Interpretation of the Bible by the Minor Hellenistic Jewish Authors"

  • Pieter W. van der Horst, "The Interpretation of the Bible by the Minor Hellenistic Jewish Authors," in Mikra: Texts, Translation, Reading and Interpretation of the Hebrew Bible in Ancient Judaism and Early Christianity, ed. Martin Jan Mulder and Harry Sysling (Compendia Rerum Iudaicarum ad Novum Testamentum; Philadelphia: Fortress, 1988), pp. 519-46.
本章では、ヘレニズム期におけるマイナーなユダヤ人作家の著作が紹介されている。アリストブロスは入っていないが、エウセビオス『福音の準備』第9巻において、アレクサンデル・ポリュヒストルを通じて引用や抜粋のかたちで保存されている9人の作家たちが扱われている。アレクサンデルはローマで活躍した解放奴隷であり、さまざまな作家の作品を大量に引用しつつ、各国の歴史を書いたことで知られている。彼の『ユダヤ人について』は失われたが、エウセビオスが引用している。アレクサンデルが保存した作家たちのもともとの時代については諸説あるが(前250年から前50年)、おそらく多くが前2世紀の作家たちだと考えられている。

詩人としては、劇作家エゼキエル、詩人フィロン、そしてテオドトスが挙げられる。エゼキエルは我々に知られている唯一のユダヤ人劇作家である。彼の『エクサゴーゲー』は出エジプト記1-15章をもとにした作品で、聖書に忠実なところとかけ離れたところがある。エゼキエルは、ユダヤ人やモーセに対して悪い印象を持ち得るような箇所は省略している。途中、モーセが夢の中で神と言葉を交わしたという記述が出てくるが、その解釈は二通り考えられる。第一に、モーセは実際に神に会ったわけではないことを意味するという、モーセの軽視。第二に、モーセを主の天使と同一視するという、モーセの称賛。論文著者は後者を妥当だと考えている。非聖書的場面に、不死鳥が出てくるが、これはユダヤ人たちの出エジプトが歴史において新しい時代を開いたことを含意している。

叙事詩の詩人であるフィロンは、あまり知的でないギリシア語による『エルサレムについて』という作品を残している。そこでは、イサクの奉献、ヨセフのエジプトでの政治、そしてエルサレムの水道システムが歌われている。全体としては、エルサレムを称賛し、アブラハムを賛美する内容になっている。

テオドトスは、都市シケムに関する歴史を叙事詩の形式で歌っている。エルサレムではなくシケムをテーマとしていることから、テオドトスはサマリヤ人であるかもしれない。この作品では、創世記のヤコブの伝説についてもホメロスの形式で歌われている。

歴史家としては、デメトリオス、アルタパノス、エウポレモス、偽エウポレモス、クレオデモス・マルコス、そしてアリステアスが挙げられる。デメトリオスはユダヤ人の歴史を二つのジャンルに従って描いた。その第一は、ギリシア文学における非ギリシア人の歴史である。これはエジプト人マネトンをはじめ、ユダヤ人ヨセフスに至るまでさまざまに用いられてきた手法である。彼らは、ギリシアの歴史観を用いつつも、巧妙な時系列操作によって自民族の卓越性を示そうとした。デメトリオスはその際に、聖書を歴史書として利用しつつ、必要があれば大胆に改変した。その第二は、問答形式であるエロタポクリセイスというジャンルである。これは、ホメロスの解釈を始めとする科学的な文学において適用されるものだったが、デメトリオスはあまり厳密にこれを用いなかった。デメトリオスは、他の歴史家たちと異なり、モーセもアブラハムも必要以上に賛美しなかった。

学術的なデメトリオスに比して、アルタパノスは歴史小説家のような自由さを備えていた。モーセ、アブラハム、ヨセフらの伝記の断片が残っているが、それらは最も聖書からかけ離れた物語であり、のちのミドラッシュ文学にも見つからないようなものになっている。彼は聖書の登場人物たちを、エジプト人に文化や宗教を教えたような偉大な教師として描いた。その際には、扉が自発的に開くモティーフのようなギリシア文学のお決まりの表現を使う一方で、テトラグラムをみだりに唱えたことが引き起こす災厄といったユダヤ的な要素をも用いた。彼は、ユダヤ民族の特権と矜持を証明するためには、聖書物語を大幅に改変することも辞さなかった。

エウポレモスはエルサレムの祭司の家系出身であり、一マカ8:17以下で言及されている。彼は、『ユダヤにおける王たちについて』の中で、モーセを律法制定者、文化的な貢献者、そして文明の創建者として描いている。またモーセからサウルまでのユダヤ人の歴史を要約しつつ、聖書にはない大げさなエピソードを加えている。特にエルサレム神殿の建設については、大きく聖書から外れ、未来に建てられるべき理想の神殿の描写を繰り広げた。すなわち、彼にとって聖書は、再説聖書の文学の考え方と同様に、出発点に過ぎなかったのである。時系列についても独自の勘定を持っており、ギリシア人よりもユダヤ人の方が古いことを示そうとした。

アブラハムを扱っている偽エウポレモスの著作断片は、アレクサンデル・ポリュヒストルによって誤ってエウポレモスに帰されたものである。彼は聖書の伝承のみならず、アガダー的伝承や、ギリシアやバビロニアの神話をも、物語の中に織り込んでいる。さらには、ゲリジム山に言及するなど、サマリヤ人的な伝承をも持っていた。これは、エルサレム神殿を重視した真正なエウポレモスとは相容れない特徴である。偽エウポレモスは、アブラハムは、天文学を創始したエノクからその知識を得て、占星術を創始したと述べている。そしてその占星術を、アブラハムはフェニキア人やエジプト人に教えたのだった。さらに、ノアとニムロデを同一視するという奇妙な解釈も披露している。

クレオデモス・マルコスは、アブラハムの子孫の物語を語っており、ついにはアブラハムとヘラクレスとの家系的な繋がりを示した。普遍的な父であるアブラハムから多くの民族が生まれたことを示すことによって、ユダヤ人が他の民族と血縁関係を持っていると主張したのである。これはディアスポラのユダヤ人が外国に住み続ける居心地の悪さを解消するためのものだった。

アリステアスはヨブ記を要約してアガダー的伝承を付け加えた。同様の伝承は、偽フィロン『聖書古代誌』、『ヨブの遺訓』、クムラン第11洞窟で発見されたヨブ記のタルグム断片などに見られる。

上記のユダヤ人作家たちは、ユダヤ民族がさまざまな文化的創造を成し遂げたことを示すことによって、自意識を強めようとした。そのために、アブラハムやモーセは、ギリシア文明の要となる事柄の創造者として描かれた。今の偉大なギリシアが持っている知恵は、実はモーセの書から取られたものなのだ、と言うのである。これは、明らかに当時の反セム的な感情に反論するため、という護教論が背景になっていると考えられる。それと同時に、強くヘレニズム化してしまった同胞がユダヤ教を捨てることのないようにするためでもあった。これらの作家たちは、同胞たちがユダヤ人でいつづけようと思わせなければならなかった。

特徴的なのは、どの作家も、トーラーの戒律的・律法的な側面をまるで重視していないということである。モーセは文明の発明者、文化の貢献者としてのみ描かれ、律法制定者としては描かれていない。これはラビ文学とは大きく異なる点である。ただし、これは引用しているアレクサンデル・ポリュヒストルの関心から外れていたために、本当は扱っていたのに引用されていないだけという可能性もある。しかし、論文著者は、やはりこのトーラーの律法的な側面への無関心を、ヘレニズム期ユダヤ人作家の特徴と考えている。こうした特徴があったために、彼らの著作は後代のユダヤ人ではなく、むしろキリスト教の教父たちによって読まれるようになった。

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2016年10月8日土曜日

ケルソスとの論争 De Lange, Origen and the Jews #6

  • Nicholas de Lange, Origen and the Jews: Studies in Jewish-Christian Relations in Third-Century Palestine (University of Cambridge Oriental Publications 25; Cambridge: Cambridge University Press, 1976), pp. 63-73.
本章では、オリゲネス『ケルソス駁論』に基づいて、オリゲネスのユダヤ人理解を明らかにしている。キリスト教の礎たるイエスや弟子たちがユダヤ人であるにも関わらず、同時代のユダヤ人がイエスをメシアであると認めることはない、というジレンマを教会はいつも抱えていた。とはいえ、オリゲネスの時代である3世紀前半には、両者の関係はまだ悪くはなく、それゆえに、オリゲネスは必要以上にユダヤ人を糾弾するべきではないと考えていた。というのも、彼は古代イスラエルの歴史はそのまま、真のイスラエルである教会の歴史へと繋がっていると見なしていたからである。

オリゲネスの『ケルソス駁論』は、ユダヤ人に対するキリスト者の穏当な護教論として独特な位置を占めている。この中で、異教の哲学者ケルソスは、ユダヤ教とキリスト教とを攻撃している。そのためにケルソスは、第一に、ユダヤ教を批判する古くからの異教徒の議論を、第二に、キリスト教を批判するユダヤ人の議論を、そして第三に、キリスト教を批判する異教徒の議論を用いている(論文著者はこのうち最初の二つのみについて議論している)。

異教徒のユダヤ教批判。マネトン、リュシマコス、カイレモン、アポロニオス・モロン、アピオーンなどエジプトの反ユダヤ的な作家たちの時代から、ユダヤ人は歴史が浅く、何ら独創的な思想を持たない民族であると書かれてきた。これはヨセフス『アピオーンへの反論』からも読み取ることができる。タキトゥスは、ユダヤ人の先祖はエジプトからパレスティナに移住したハンセン病患者や身体障害者であると述べている。キケローは、選ばれた民であるはずのユダヤ人が多くの災難に遭っているということは、神が彼らを守護してなどいないことを意味していると主張した。ケルソスは、こうしたいわば伝統的な議論を基に、ユダヤ教と、それに由来するキリスト教とを批判したのである。

ユダヤ人のキリスト教批判。ケルソスは、のちに『トルドット・イェシュ』に結実するような、ユダヤ人の間で共有されていたイエスに関するスキャンダラスな説話を知っていた。イエスは処女懐胎によって生まれた神の子ではなく、パンテラと呼ばれる兵士とマリアとの間に生まれた私生児であるというのである。

オリゲネスの反論。ケルソスによるこうした議論に対し、オリゲネスは落ち着いて反論している。第一の議論については、特にヨセフス、フィロン、タティアノス、そしてヌメニオスらに依拠しつつ、ユダヤ人の民族としての古代性と卓越性、モーセの教えの妥当性、そしてユダヤ人に対する神の特別な配慮を示そうとした。彼らに言わせれば、ギリシア哲学は聖書からの盗用であり、モーセはトロイア戦争よりも以前に生きていたのである。しかし、このような素晴らしいユダヤ人も凋落し、キリスト教が広まっているのは、モーセよりもイエスの方が優れているからであり、また神の庇護がユダヤ教からキリスト教に移ったからだ、と言うのである。

第二の議論については、オリゲネスはイエスの父親に関して、パンテラ説を否定している。そしてイザヤ書のインマヌエル預言の箇所について、「アルマー」という語が単なる「乙女」ではなく「処女」を意味することをヘブライ語テクストに基づいて説明しようとした(その説明自体は、彼のヘブライ語知識の不足から誤りである)。3世紀のユダヤ教とキリスト教との論争については、タナイーム文学でも教父文学でもあまり知られていないが、この『ケルソス駁論』における議論は、そうした欠落を埋めてくれる。

キリスト教の卓越性。こうして、ケルソスによるユダヤ・キリスト教批判に反論したあとで、オリゲネスはさらにユダヤ教に対するキリスト教の優越をも示そうとした。そのために彼が論拠としたのが、イエスが起こした奇跡であった。ケルソスは、キリスト教を批判するために、福音書に記されたイエスの奇跡は馬鹿げていると批判した。この批判は、実はユダヤ教からのキリスト教批判でも用いられる論法だった。律法に集中するラビたちは、奇跡など信じなかったのである。つまり、この批判は、異教とユダヤ教からのキリスト教批判になっている。これに対し、オリゲネスは、同様の奇跡は旧約にも見られるのだから、ユダヤ人が福音書の奇跡を非難するのはお門違いだと反論した。なおかつ、イエスの奇跡は、ユダヤ人しか相手にしないモーセの奇跡よりも普遍的だと考えていたのである。

オリゲネスは確かにユダヤ人と論争していたが、同時に異教からの攻撃に対し、ユダヤ教とキリスト教をひとつながりのものとしても見なしていた。ただし、キリスト教はユダヤ教の最良の部分の継承者であり、ユダヤ人がキリストの福音を信じないのを残念に思ってもいたのである。

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オリゲネスの聖書学 De Lange, Origen and the Jews #5

  • Nicholas de Lange, Origen and the Jews: Studies in Jewish-Christian Relations in Third-Century Palestine (University of Cambridge Oriental Publications 25; Cambridge: Cambridge University Press, 1976), pp. 49-61.
本章では、オリゲネスの聖書学がいかにユダヤ人教師たちに負っているかが扱われている。『ミシュナー』「アボット」で述べられているように、ラビ・ユダヤ教では、聖書の霊感はただ成文律法のみならず、口伝律法にも及んでいると考えられている。ラビたちは七十人訳を疑い、ラビ的伝統の信頼性を主張した。またヘブライ語聖書の正典は一貫したものであるように見せていた。

オリゲネスは、ユダヤ人教師について、聖書の霊感の伝達と正典とを議論した初期の教父である。彼がヘブライ語聖書に関心を持ったのは、ユダヤ人との討論をするときに役立つからであるという護教的理由がしばしば語られることがあるが、これだけでは十分ではない。オリゲネスのヘブライ語聖書への関心は、自身の聖書解釈をより正確にし、研究をより豊かにするためでもあったのである。

ただし、だからといって、ヒエロニュムスが「ヘブライ的真理」と述べたような絶対的な信頼を、オリゲネスもまたヘブライ語聖書に付したというわけではない。オリゲネスはアレクサンドリアの伝統に則って、七十人訳を霊感を受けたテクストだと考えるほどに、親七十人訳的態度を維持していた。

聖書のラビ的伝統を知るために、オリゲネスはアクィラ訳に大きく依拠していた。アクィラ訳は、カイロ・ゲニザでも写本が見つかっていることからも分かるとおり、ラビ的な翻訳であり、6世紀までシナゴーグで読まれていた形跡がある。他の伝承のソースは、ユダヤ人教師から学んだユダヤ説話や、『聖書古代誌』のようなギリシア語のミドラッシュ(現存するのはラテン語訳)だったと考えられる。

聖書の正典は、ラビ的伝統においては24書であるとされているが、ヨセフスは22書という数え方をしている(『アピオーン』1.8)。オリゲネスはさらに、ヘブライ文字が22文字であることを根拠に、正典も22書であると主張している(『フィロカリア』3)。この22書のリストは、エウセビオスとポワティエのヒラリウスによって伝えられている。それを精査すると、ギリシア語テクストである『第二エズラ記』と『エレミヤの手紙』を組み込んでいること以外は、マソラー・テクストの伝統に忠実なリストになっている。ただし、書物の順序は、途中まではラビ的伝統に従っているものの、最終的にはギリシア語聖書と同様になっている。

ルツ記を士師記に、哀歌をエレミヤ書に組み込むのは、当時のユダヤ的な伝統であったろう。またオリゲネスは、詩篇が五部に分かれているというユダヤ的な見解を正しく伝えている。ラビたちが『トビト記』、『ユディト記』、『ソロモンの知恵』、そして『第一エノク書』を正典に組み込んでいないことも知っていた。

聖書、特に五書の著者性に関して、オリゲネスはしばしばそれをモーセに、ときに神に帰している。これはユダヤ的伝統に忠実だが、エズラが執筆を継承したという修正を加えている。申命記におけるモーセの死を、いったいどのようにモーセが記したのかという矛盾を解消するためである。この説明は、クレメンスやエイレナイオスも知っていた。ヨシュア記はヨシュアによって書かれ、箴言、コヘレト書、雅歌はソロモンによって書かれ、そして詩篇の大部分はダビデによって書かれたと、オリゲネスは報告している。

オリゲネスは、シナゴーグでの聖書朗読を実際に体験したことがあるようだが、当時のシナゴーグにおいてギリシア語訳が一緒に朗読されていたかどうかについては述べてはいないが、アクィラ訳がユダヤ人たちの間で高い評価を得ていたことを伝えている。実際、アクィラ訳は6世紀まで活用されており、カイロ・ゲニザにも写本が残っている。『ミシュナー』では聖書の翻訳の使用は禁じられているが、後代のラビたちはそれを許していたようである。カイサリアを訪れたラビ・レヴィ・バル・ヘイタは、シェマアがギリシア語で朗誦されているのを聞いたことがあると言う。

『ヘクサプラ』の第二欄にあるヘブライ語テクストのギリシア文字による音訳は、当時のシナゴーグでの音訳テクストの使用を推測させるものである。オリゲネスがヘブライ語をほとんど解さなかったことを鑑みるに、ヘブライ語テクストやその音訳を含む『ヘクサプラ』は、彼のユダヤ人助手の手によるものかもしれない。音訳は、母音記号のなかった当時のヘブライ語の発音を保存している。そうした補助がありながら、オリゲネス自身がヘブライ語テクストに基づいて聖書解釈をすることはまれで、ヘブライ語テクストを知りたいときにはアクィラ訳を参照するにとどまっていた。

オリゲネスは神の名前のテトラグラムの仕組みを知っていた。彼は、あるテクストにおいてはテトラグラムが古ヘブライ文字で書かれていることをも知っていた。こうしたことに関する知識は、もしかしたらフィロンを通じて得たものかもしれないが、実際にユダヤ人たちがテトラグラムを「主」と読み替えているのを見たとも考えられる。

当時のラビ的な教育がどのようなものだったのかについて、オリゲネスはほとんど記してないが、彼自身がそうした教育を多少受けたことがあるものと思われる。事実、若年者たちに創世記の冒頭、雅歌、エゼキエル書の冒頭と終わりとを教えてはいけないという、当時の伝統を彼は知っていた。

2016年10月7日金曜日

外典・偽典における聖書解釈 Dimant, "Use and Interpretation of Mikra in the Apocrypha and Pseudepigrapha"

  • Devorah Dimant, "Use and Interpretation of Mikra in the Apocrypha and Pseudepigrapha," in Mikra: Texts, Translation, Reading and Interpretation of the Hebrew Bible in Ancient Judaism and Early Christianity, ed. Martin Jan Mulder and Harry Sysling (Compendia Rerum Iudaicarum ad Novum Testamentum; Philadelphia: Fortress, 1988), pp. 379-419.
本論文は、外典と偽典における聖書解釈がどのようなものであるかをまとめたものであるが、それ以上に、聖書解釈一般の方法論の概観にもなっている優れた一作である。著者によれば、これまでの研究の弱点は、特定の個々の場合の分析によって一般化していくという、帰納法的なアプローチを取っていたため、限定的かつ断片的な方法論に終始していたことにあったという。すなわち、ある箇所で聖書的要素が何を含意しているのか、ということのみに注目してきたわけだが、論文著者はそれがどのように、またなぜそうしたことを示しているのか、という機能的な部分にまで論点を広げようとする。著者はこれを「機能的・構造的な分析形態(the functional-structural form of analysis)」と呼んでいる。

この分析において大きな支柱となるのが、外典・偽典における二つの形式的なカテゴリーである:すなわち、「構成的(compositional)」と「解説的(expositional)」な文書である。前者において、聖書的要素は、外的なマーカーなしにテクストに織り込まれつつ含意されるが、後者において、それらははっきりとした外的なマーカーと共に詳細に説明されている。

こうした形式の違いは、むろん目的の違いによるものである。解説的文章の目的は聖書テクストを説明することであるため、しばしば聖書テクストを見出し(レンマ)に掲げることで、解説部分と区別している。こうした形式の代表的なものは、ミドラッシュ、クムランのペシェル、フィロンの律法注解、そして新約聖書における旧約引用などである。

一方で、構成的文章は聖書からは独立した新しいテクストを創造することを目的としているため、聖書的要素を自身の一部にしている。構成的文章の例としては、物語(narrative)、詩篇、遺訓、知恵、そして論説(discourse)などのジャンルが挙げられる。構成的文章は、解説的文章と異なり、聖書的要素を特定の様式のもとで導いたりはせず、それらを自らの記事の中に織り込んでいく。これは外典や偽典によく見られるジャンルである。

論文著者は、解説的文章における解釈のことを「釈義(exegesis/hermeneutics)」、そして構成的文章における解釈のことを「解釈(interpretation)」と呼んでいる。

解説的文章における聖書の明示的な使用方法(explicit use of Mikra in exposition)を論文著者は二つ挙げている。第一に、引用である。しかしながら、外典や偽典においては聖書の明示的な引用は比較的少ない。少ない中で際立っているのが、論説ジャンルにおける五書から引用である。また祈りが神の行為と神の言葉とに言及する際に、行為は暗黙的な方法で、そして言葉は明示的で正確な引用によって示されている。聖書を引用することで、解釈者たちは、自分たちの時代を引用元の時代と「同一視(equation)」し、また引用で言われていることが自分たちの時代に「実現(actualization)」したことを示している。これはクムランのペシェルの特徴でもある。

第二に、人物や状況への明示的な言及である。こうした言及には二通りある:第一に、聖書の登場人物のカタログ、そして第二に、人物や状況への個別の言及である。登場人物のカタログは、多くの場合、論説の中でも奨励の箇所に出てくる。登場人物たちは時系列に並べられ、その役割を冠されている。注目すべきは、そうしたカタログには、善人のみならず悪人も登場していることである。第二の個別の言及は、論説や祈りの箇所に出てくる。たとえば、ディナの強姦のエピソード(創34)は、『ユディト記』、『レビの遺訓』、そして『ヨベル書』に出てくる。

では、構成的文章における聖書の暗黙的な使用方法(implicit use of Mikra in composition)とはどのようなものか。それらは、解説的文章のように、解釈のために秩序だっているわけではなく、神の言葉や行為を表現しているわけでもない。はっきりとしたマーカーによって、それが聖書に基づいていることが示されることもない。読者の読解力がそこに聖書的要素を読み取るのである。この方法には、以下の三種類がある:第一に、暗黙的な引用、第二に、暗示、そして第三に、モティーフとモデルである。

暗黙的な引用は、外典や偽典の最も特徴的な点のひとつである。これらのジャンルにおいて、引用は明示されないままテクストに織り込まれている。特に、「自由な物語(free narrative)」、「聖書の拡張(biblical expansion)」(たとえば再説聖書[Rewritten Bible])、そして「偽典的伝記(pseudepigraphic biography)」に、そうした特徴が見られる。「自由な物語」における暗黙的な引用は、聖書のスタイルや形式を模倣することが多い。著者は、自分の語る物語と聖書の物語とのアナロジーを期待しているのである。「再説聖書」において暗黙的な引用がなされる場合、もとのテクストにあった要素の解釈的な入れ替え(exegetical substitutions)や、編集的な改変(slight editorial alterations)がなされることが多い。

第二の暗示は、定義することが困難なため、研究が進んでいない。ただし、暗示には、独立した外部のテクストに言及する特別なシグナルが用いられている。そのシグナルとなる、聖書の特定の箇所に基づいたモティーフ、鍵語、そしてフレーズなどに注目するべきである。こうした暗示は、特に偽典的な枠組みにおいて鍛えられてきた。

そして第三のモティーフとモデルは、特定の用語やフレーズによって示される。『トビト記』は、明らかにヨブ記をモティーフとして、またモデルとして書かれているが、『トビト記』にはそのことを明示的に示す言及のようなものはない。そもそも物語のプロットがヨブ記から取られているわけではなく、独立した別の物語である。しかしそこに見られる類似性は、新旧の作品を比較することを可能にする。そのとき、旧作品は真作品に統合されるわけではない。

2016年10月5日水曜日

オリゲネスのユダヤ教知識 De Lange, Origen and the Jews #4

  • Nicholas de Lange, Origen and the Jews: Studies in Jewish-Christian Relations in Third-Century Palestine (University of Cambridge Oriental Publications 25; Cambridge: Cambridge University Press, 1976), pp. 39-47.
割礼、食餌規定、祭りなどのユダヤ法遵守について、オリゲネスは新約聖書やヨセフスといった二次資料からのみならず、実際のユダヤ人という一次資料からも知るすべを持っていた。オリゲネスの活躍した時代が『ミシュナー』編纂のすぐあとであることから鑑みて、彼のハラハ―に関する知識は、ユダ・ハナスィーの弟子たちから直接学んだものである可能性がある。そうした痕跡は、特に『諸原理について』と『フィロカリア』などの中に見出すことができる。

たとえば、安息日の遵守に関しては、出16:29における基礎的ルールのみならず、安息日であっても移動することができる境界である2000キュビトに関するエルブというルールについても言及している。

食餌規定については、オリゲネスは聖書の規定以上のことは特に述べてはいない。しかし彼は、マコ7:11における「コルバン」という言葉に関して、ユダヤ法における不良債権の回収や社会的な義務の放棄の知識を持っていた。

『ケルソス駁論』を読むと、オリゲネスがラビ・ユダヤ教的な議論をしているのに対し、ケルソスはより自由で折衷的な非ラビ的なユダヤ教に基づく議論をしている。言い換えれば、ケルソスの議論はヘレニズム的で混淆的なのである。従って、ケルソスが依拠しているユダヤ人は、ギリシア哲学や他の宗教に由来する思想を濃厚に持っていたと言える。対して、オリゲネスは意図的に自身の議論を、律法を重んじる特定のユダヤ人に限定していたのだった。

オリゲネスは、エジプトのグノーシス主義をユダヤ教的な霊理解に繋げており、ケルソスはサタンやロゴスについて語っている。これらはラビ文学にも見られるものではあるが、どちらかというフィロンをその導き手としていると考えられる。

オリゲネスは、ラビ的な神の複数の神格について語っている。これは、ミニームらの考え方を基にしていると考えられる。ミニームとは、ユダヤ教の異端やグノーシス主義者、ヘレニズム的ユダヤ人、ユダヤ・キリスト者、そしてキリスト者のことをさえ指す漠然とした用語である。

他にも、オリゲネスは神人同型説、創造論、報いと罰、復活論、死後の生、メシア論について言及している。