2016年5月10日火曜日

ポルフュリオスのホメロス解釈 Lamberton, "Porphyry and Homer"

  • Robert Lamberton, Homer the Theologian: Neoplatonist Allegorical Reading and the Growth of the Epic Tradition (Transformation of the Classical Heritage 9; Berkeley: University of California Press, 1986), pp. 108-33.
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Robert Lamberton

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ポルフュリオスによる、ニンフの洞窟(『オデュッセイア』第13巻)に関する小論は、少なくとも後262年以降という、ポルフュリオスの活動後期の作と考えられている。これは、初期に書かれた『ホメロス問題』との比較によって、研究者たちが推測した年代設定である。『ホメロス問題』で限られた議論しかできなかったために、ポルフュリオスはのちにニンフの洞窟の小論と、ストバイオスによって保存されている断片の中で、ホメロスの寓意的解釈について論じたのだった。これらは特にヌメニオスからの影響が指摘されている。

『ホメロス問題』には、偽プルタルコスによるホメロス解釈との類似性が見出せるという。彼は情念に関するホメロスの語彙や、ホメロスの修辞的な工夫を洗い出し、それを哲学者や弁論家の言葉と比較した。しかし、この作品ではマイナーなことの説明に終始していた。

ストバイオスによって保存されているポルフュリオスの断片(『ステュクスについて』)においては、ポルフュリオスはより大きなテーマについても説明している。彼によれば、古代人たちは神々について謎をもって表現したわけだが、ホメロスはそれをさらに推し進め、秘密を守り、直接的に説明することを避けた。いわば、意味にはある種の側面が存在しており、ホメロス作品には表面的な意味を超えた真理が含まれているのだが、ホメロスはそれをあからさまに扱うことを拒否したのだと、ポルフュリオスは考えたのである。神秘主義的あるいは倫理的な寓意的解釈と通常の読み方との間に違いがあることを、ポルフュリオスは明らかに気づいていた。そして、ホメロス作品から読み取ることのできる意味には複数の矛盾のない階層があると考えていた。

ポルフュリオスは、特にプラトンにも見られるような、魂に関する議論をホメロス作品から引き出している。ポルフュリオスがホメロスを扱う目標のひとつは、死後の魂の経験を理解することであった。プラトンの神話においては、哲学は新しい生活のための正しい選択のために必要なものと見なされていた。なぜなら、選択という行為は理性的かつ知性的なものだからである。一方で、ポルフュリオスの説明においては、哲学とは、魂の非理性的な部分を理性的な部分に従属させるために必要な準備であった。

ホメロスの神話と言葉を利用して抽象的な真理を得るというのは、プロティノスにも見られる方法であるが、ポルフュリオスの方がより依存度が高かったといえる。彼は自身の思想を独立して開陳するよりも、ホメロスという権威に言及して、ホメロスとプラトンの神話を一つにし、ホメロスの言葉の豊かさに遊んだ。いうなれば、ポルフュリオスは読者とテクストとの媒介者となるような批評家だったのである。

ポルフュリオスは、芸術的な創造には二つの方法が可能だと考えていた:第一に、この世界における対象や出来事を、ある程度忠実に再現するような、慎みのある模倣と、第二に、意味の世界の中継を飛び越える、より高度な現実の模倣である。こうした理解を下敷きに、ポルフュリオスは独自の「詩的許容(poetic license)」理解を持っていた。たとえばストラボンにとっての詩的許容は、ホメロスおける歴史的に正確な記述をその他の記述と混ぜ合わせることを許容することであったが、ポルフュリオスにとってのそれは、ホメロスの詩におけるすべての非歴史的な要素を許容することであった。なぜなら、より高度な現実の模倣の中には、文字通りの言葉の意味を超えた真理があるからである。そうした超越的な現実にはランダムネスはなく、神的な思慮(フロネーシス)としての秩序がある。

こうした原理に則ってポルフュリオスはホメロスを解釈するわけだが、彼はホメロスのどんな一節でも寓意的に解釈したわけではない。彼は、自分にとって受け入れ難い一節を無理やり寓意的に解釈することはなかった。彼はまず表面の意味を取り、それが受け入れ難いときには、その背後を探るのは不必要であると考えたのである。そもそも、ポルフュリオスはホメロスの詩の描写が正確で歴史的であるならば、それに越したことはないと考えていた。なぜなら、ホメロスが何らかのランダムネスや意味のない要素を導いていたという可能性を排除できるからである。

ポルフュリオスの新プラトン主義的な側面としては、ある事象に対する複数の有効な認識を許容することが挙げられる。ホメロスが洞窟を「薄暗くて好ましい(『オデュッセイア』13.103)」と表現したとき、この正反対な形容詞をもとに、ポルフュリオスは認識の複数のレベルについて述べている。日常の認識においては、洞窟は「好ましい」わけだが、知性(ヌース)を用いてより深く物事を見る人にとっては、洞窟は「薄暗い」というのである。これは、ポルフュリオスが明確に規定された解釈原理を欠いているからではなく、新プラトン主義の霊魂論の論理的な帰結だったのである。

このようにして、ポルフュリオスは、プラトンが自身の詩のもとにしたのは、自然的かつ歴史的な現実ではなく、超越的な現実だったことを伝えている。

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