- Nicholas de Lange, Origen and the Jews: Studies in Jewish-Christian Relations in Third-Century Palestine (University of Cambridge Oriental Publications 25; Cambridge: Cambridge University Press, 1976), pp. 63-73.
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本章では、オリゲネス『ケルソス駁論』に基づいて、オリゲネスのユダヤ人理解を明らかにしている。キリスト教の礎たるイエスや弟子たちがユダヤ人であるにも関わらず、同時代のユダヤ人がイエスをメシアであると認めることはない、というジレンマを教会はいつも抱えていた。とはいえ、オリゲネスの時代である3世紀前半には、両者の関係はまだ悪くはなく、それゆえに、オリゲネスは必要以上にユダヤ人を糾弾するべきではないと考えていた。というのも、彼は古代イスラエルの歴史はそのまま、真のイスラエルである教会の歴史へと繋がっていると見なしていたからである。
オリゲネスの『ケルソス駁論』は、ユダヤ人に対するキリスト者の穏当な護教論として独特な位置を占めている。この中で、異教の哲学者ケルソスは、ユダヤ教とキリスト教とを攻撃している。そのためにケルソスは、第一に、ユダヤ教を批判する古くからの異教徒の議論を、第二に、キリスト教を批判するユダヤ人の議論を、そして第三に、キリスト教を批判する異教徒の議論を用いている(論文著者はこのうち最初の二つのみについて議論している)。
異教徒のユダヤ教批判。マネトン、リュシマコス、カイレモン、アポロニオス・モロン、アピオーンなどエジプトの反ユダヤ的な作家たちの時代から、ユダヤ人は歴史が浅く、何ら独創的な思想を持たない民族であると書かれてきた。これはヨセフス『アピオーンへの反論』からも読み取ることができる。タキトゥスは、ユダヤ人の先祖はエジプトからパレスティナに移住したハンセン病患者や身体障害者であると述べている。キケローは、選ばれた民であるはずのユダヤ人が多くの災難に遭っているということは、神が彼らを守護してなどいないことを意味していると主張した。ケルソスは、こうしたいわば伝統的な議論を基に、ユダヤ教と、それに由来するキリスト教とを批判したのである。
ユダヤ人のキリスト教批判。ケルソスは、のちに『トルドット・イェシュ』に結実するような、ユダヤ人の間で共有されていたイエスに関するスキャンダラスな説話を知っていた。イエスは処女懐胎によって生まれた神の子ではなく、パンテラと呼ばれる兵士とマリアとの間に生まれた私生児であるというのである。
オリゲネスの反論。ケルソスによるこうした議論に対し、オリゲネスは落ち着いて反論している。第一の議論については、特にヨセフス、フィロン、タティアノス、そしてヌメニオスらに依拠しつつ、ユダヤ人の民族としての古代性と卓越性、モーセの教えの妥当性、そしてユダヤ人に対する神の特別な配慮を示そうとした。彼らに言わせれば、ギリシア哲学は聖書からの盗用であり、モーセはトロイア戦争よりも以前に生きていたのである。しかし、このような素晴らしいユダヤ人も凋落し、キリスト教が広まっているのは、モーセよりもイエスの方が優れているからであり、また神の庇護がユダヤ教からキリスト教に移ったからだ、と言うのである。
第二の議論については、オリゲネスはイエスの父親に関して、パンテラ説を否定している。そしてイザヤ書のインマヌエル預言の箇所について、「アルマー」という語が単なる「乙女」ではなく「処女」を意味することをヘブライ語テクストに基づいて説明しようとした(その説明自体は、彼のヘブライ語知識の不足から誤りである)。3世紀のユダヤ教とキリスト教との論争については、タナイーム文学でも教父文学でもあまり知られていないが、この『ケルソス駁論』における議論は、そうした欠落を埋めてくれる。
キリスト教の卓越性。こうして、ケルソスによるユダヤ・キリスト教批判に反論したあとで、オリゲネスはさらにユダヤ教に対するキリスト教の優越をも示そうとした。そのために彼が論拠としたのが、イエスが起こした奇跡であった。ケルソスは、キリスト教を批判するために、福音書に記されたイエスの奇跡は馬鹿げていると批判した。この批判は、実はユダヤ教からのキリスト教批判でも用いられる論法だった。律法に集中するラビたちは、奇跡など信じなかったのである。つまり、この批判は、異教とユダヤ教からのキリスト教批判になっている。これに対し、オリゲネスは、同様の奇跡は旧約にも見られるのだから、ユダヤ人が福音書の奇跡を非難するのはお門違いだと反論した。なおかつ、イエスの奇跡は、ユダヤ人しか相手にしないモーセの奇跡よりも普遍的だと考えていたのである。
オリゲネスは確かにユダヤ人と論争していたが、同時に異教からの攻撃に対し、ユダヤ教とキリスト教をひとつながりのものとしても見なしていた。ただし、キリスト教はユダヤ教の最良の部分の継承者であり、ユダヤ人がキリストの福音を信じないのを残念に思ってもいたのである。
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異教徒のユダヤ教批判。マネトン、リュシマコス、カイレモン、アポロニオス・モロン、アピオーンなどエジプトの反ユダヤ的な作家たちの時代から、ユダヤ人は歴史が浅く、何ら独創的な思想を持たない民族であると書かれてきた。これはヨセフス『アピオーンへの反論』からも読み取ることができる。タキトゥスは、ユダヤ人の先祖はエジプトからパレスティナに移住したハンセン病患者や身体障害者であると述べている。キケローは、選ばれた民であるはずのユダヤ人が多くの災難に遭っているということは、神が彼らを守護してなどいないことを意味していると主張した。ケルソスは、こうしたいわば伝統的な議論を基に、ユダヤ教と、それに由来するキリスト教とを批判したのである。
ユダヤ人のキリスト教批判。ケルソスは、のちに『トルドット・イェシュ』に結実するような、ユダヤ人の間で共有されていたイエスに関するスキャンダラスな説話を知っていた。イエスは処女懐胎によって生まれた神の子ではなく、パンテラと呼ばれる兵士とマリアとの間に生まれた私生児であるというのである。
オリゲネスの反論。ケルソスによるこうした議論に対し、オリゲネスは落ち着いて反論している。第一の議論については、特にヨセフス、フィロン、タティアノス、そしてヌメニオスらに依拠しつつ、ユダヤ人の民族としての古代性と卓越性、モーセの教えの妥当性、そしてユダヤ人に対する神の特別な配慮を示そうとした。彼らに言わせれば、ギリシア哲学は聖書からの盗用であり、モーセはトロイア戦争よりも以前に生きていたのである。しかし、このような素晴らしいユダヤ人も凋落し、キリスト教が広まっているのは、モーセよりもイエスの方が優れているからであり、また神の庇護がユダヤ教からキリスト教に移ったからだ、と言うのである。
第二の議論については、オリゲネスはイエスの父親に関して、パンテラ説を否定している。そしてイザヤ書のインマヌエル預言の箇所について、「アルマー」という語が単なる「乙女」ではなく「処女」を意味することをヘブライ語テクストに基づいて説明しようとした(その説明自体は、彼のヘブライ語知識の不足から誤りである)。3世紀のユダヤ教とキリスト教との論争については、タナイーム文学でも教父文学でもあまり知られていないが、この『ケルソス駁論』における議論は、そうした欠落を埋めてくれる。
キリスト教の卓越性。こうして、ケルソスによるユダヤ・キリスト教批判に反論したあとで、オリゲネスはさらにユダヤ教に対するキリスト教の優越をも示そうとした。そのために彼が論拠としたのが、イエスが起こした奇跡であった。ケルソスは、キリスト教を批判するために、福音書に記されたイエスの奇跡は馬鹿げていると批判した。この批判は、実はユダヤ教からのキリスト教批判でも用いられる論法だった。律法に集中するラビたちは、奇跡など信じなかったのである。つまり、この批判は、異教とユダヤ教からのキリスト教批判になっている。これに対し、オリゲネスは、同様の奇跡は旧約にも見られるのだから、ユダヤ人が福音書の奇跡を非難するのはお門違いだと反論した。なおかつ、イエスの奇跡は、ユダヤ人しか相手にしないモーセの奇跡よりも普遍的だと考えていたのである。
オリゲネスは確かにユダヤ人と論争していたが、同時に異教からの攻撃に対し、ユダヤ教とキリスト教をひとつながりのものとしても見なしていた。ただし、キリスト教はユダヤ教の最良の部分の継承者であり、ユダヤ人がキリストの福音を信じないのを残念に思ってもいたのである。
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