2015年11月8日日曜日

ギリシア文学において最初にユダヤ人に言及したのは誰か? Stern and Murray, "Hecataeus of Abdera and Theophrastus"

  • Menahem Stern and Oswyn Murray, "Hecataeus of Abdera and Theophrastus on Jews and Egyptians," Journal of Egyptian Archaeology 59 (1973), pp. 159-68.

本論文は、ギリシア人によるユダヤ人への言及はアブデラのヘカタイオスとテオフラストスのどちらが先であるかについて、SternとMurrayがそれぞれ議論している2本の論考を、1本の論文として出版したものである。

テオフラストス『敬虔について』の断片を発見したJacob Bernayは、1866年に、テオフラストスこそがギリシア文学において最初にユダヤ人に言及した人物であると指摘した。この説はTh. Reinachによっても支持された。しかしながら、1938年にWerner Jaegerは、テオフラストスの記述はアブデラのヘカタイオスに依拠していると反論したのだった。Jaegerの説は、O. Regenbogen, F. Jacoby, A.D. Noch, E.J. Bickerman, J. Gutman, M. Hengelといった多くの研究者に受け入れられ、なかば定説となった。

Jaegerは、ヘカタイオス『エジプト史』の成立を前305年以降と考えている。一方で、Jaegerによれば、テオフラストス『鉱物について』という書物はいくつかの理由から前300年以降の成立と考えることができ、なおかつその中にヘカタイオスの著作からの情報と思しき記述が見受けられるために、テオフラストスは『鉱物』でヘカタイオスに依拠しているのだから、『敬虔』でのユダヤ人描写においても同様であるに違いないというのである。

本論文の著者は両方とも、このJaegerの時期設定はどこかしら受け入れがたいと考えている。短く言えば、SternはJaegerによるヘカタイオスの成立年代は正しいが、テオフラストス(『敬虔』)の成立年代はもっと古いはずなので、テオフラストスの方が先だと考えている。一方で、Murrayは、Jaegerによるテオフラストスの成立年代は誤っており、テオフラストスに関するSternの修正は基本的には正しいが、JaegerもSternもヘカタイオスの成立年代については誤っており、実はもっと古いはずなので、ヘカタイオスの方が先だと考えている。

Sternによれば、テオフラストス『鉱物』を吟味すると、言及されている年号から、おそらくは前315年頃には同書が成立していたと述べている。すなわち、Jaegerによってヘカタイオス『エジプト史』が成立したと考えられている前305年より10年も前である。そもそもある著作(『鉱物』)でヘカタイオスに依拠しているからといって、別の著作(『敬虔』)でも同様とは限らない。また、ユダヤ教に関しては、テオフラストスよりヘカタイオスの方が正確なので、後者の方がより後代である可能性が高い。さらに、テオフラストスは前319年に不敬虔であることを咎められ、裁判沙汰になっており、『敬虔』はそれに対する自己弁護として書かれた可能性もある。となれば、同書の成立は少なくとも前320年から前310年頃と考えるべきである。

以上から、Sternは、ユダヤ人に最初に言及したギリシア人はテオフラストスであり、彼はヘカタイオスに依拠してはいないと結論付けた。

一方で、Murrayは、Sternによるテオフラストス『鉱物』(前315年)の成立年代は正しいが、ヘカタイオス『エジプト史』が前305年の成立であると考える必要はないと述べる。このことを彼は、むしろヘカタイオスの著作を吟味することで、以下の5つの理由から正当化している。第一に、『エジプト史』において言及されている最後の出来事は、前320年に行われたアピスの葬礼であること。第二に、前305年に王となったプトレマイオスがどこにも王としては言及されていないこと。第三に、ユダヤ人への関心が強く、その知識はおそらく前320-前318年に行われたペルシア遠征で得られた可能性が高いこと。第四に、前321年から前312年頃に首都になったアレクサンドリアへの言及はなく、それ以前の首都であったメンフィスへの言及はたくさんあること。そして第五に、Murrayの以前の研究で明らかにされたとおり、ヘカタイオスの姿勢がプトレマイオス朝初期の傾向に即してあること。

以上から、Murrayは、少なくともヘカタイオス『エジプト史』は前312年以前には書かれていたと主張する。前3世紀になってから『インド史』を書いたメガステネスは、すでにヘカタイオスを民族誌のスタンダードと考えていたことも、ヘカタイオスが古いことを支持する。さらに、Murrayによれば、テオフラストス『鉱物』には、ヘカタイオス『エジプト史』の記述に依拠していると思しき箇所がいくつかあるので、少なくとも『鉱物』を書いたときに、テオフラストスはヘカタイオスを参照していた可能性が高いとする。では、『敬虔』はどうかというと、Murrayは、確信はないが、『鉱物』と同時期に書かれたものであると考えており、そうであるならばやはりヘカタイオスの記述をもとに書かれた可能性を否定できないと述べる。

読んでみると、両者共に、ヘカタイオス『エジプト史』とテオフラストス『鉱物』との関係性については、ある程度しっかりした議論をしているが、こと『敬虔』に関しては、かなり推測に頼らざるを得ないようである。

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