2015年11月7日土曜日

ギリシア人とユダヤ人 Jaeger, "Greeks and Jews"

  • Werner Jaeger, "Greeks and Jews: The First Greek Records of Jewish Religion and Civilization," Journal of Religion 18 (1938), pp. 127-43.

本論文は、ヘレニズム期におけるギリシア人とユダヤ人との関係を明快に解き明かしたマスターピースである。たとえ自身はユダヤ人に関する記述を残してはいなくとも、ユダヤ人を含む東方世界の諸民族の理解への道を整えたのは、アリストテレスその人であった、と論文著者は述べる。彼のキャリアの初期に書かれた、完全には現存しない作品の中で、アリストテレスは東方世界の宗教への関心を見せていた。そうした作品群のひとつである『哲学について』において、アリストテレスはオリエントの「哲学」に言及している。論文著者は、ここでの「哲学」とは厳密な意味でのギリシア哲学のことではなく、いわばゾロアスター教のマギが持つ知恵、すなわち「神学」というほどの意味であると指摘する。

一方で、アリストテレスと同時期のプラトン主義哲学者たちもまた、プラトンによる善の原理を彷彿とさせる、ゾロアスター教の形而上学的な二元論に関心を持っていた。しかし、アリストテレスは彼らのプラトン的二元論に反対し、それを彼の厳格な一元論、さらには神学的な観点から言えば、一神教に取り換えたのである。論文著者曰く、こうした傾向を持つアリストテレスがもしユダヤ教を知っていれば、間違いなく言及していたであろうし、逆にアリストテレスがユダヤ教に好意的に言及していたならば、後代のユダヤ人歴史家たちは間違いなくそれを引用していたはずである。しかし、残念ながらそうした事実はない。

代わりに、アリストテレスの弟子であるソリのクレアルコスは、師匠がユダヤ人と出くわした場面を描いている。おそらくクレアルコスは、ユダヤ人口の多かったキプロスあたりで、実際にユダヤ人に出会っていた可能性は十分ある。また、同様にアリストテレスの弟子であるテオフラストスもまた、新プラトン主義者ポルフュリオスの『自制について』に引用されている、『敬虔について』の中でユダヤ人に言及している。

テオフラストスはユダヤ人を「哲学的な人種である」と述べている。そのこころとして、彼は2点ユダヤ人の哲学的な性質を挙げる。第一に、ユダヤ人が自分では食べない動物を犠牲に奉げる習慣を持っていること、第二に、ユダヤ人が祭りの夜に神を賛美し、神に関する議論をしながら星を観ることである。これは、ヘレニズム期に新しく生まれてきた、自然神学的な特徴を示している。加えて、テオフラストスははっきりとは明言していないが、彼は間違いなくユダヤ人が唯一なる神を信仰していることを知っていたはずであり、そうであるがゆえにユダヤ人を「哲学的な人種である」と説明しているのだと考えられる。

テオフラストスはさらに、ユダヤ人が動物のみならず人間をも犠牲として神に捧げた最初の民族であると述べている。これは、彼が部分的にでも聖書の物語を知っていたことを意味する。なぜならば、カインとアベルは初めて神に犠牲を捧げた人間であり、イサクを犠牲にしようとしたアブラハムは始めて人を犠牲にしようとした人間であるからである。むろん、七十人訳の翻訳がまだ完成していなかった時代に生きたテオフラストスが聖書を読めたはずもないので、おそらく彼は何らかのソースを持っていたと考えられる。

こうした記述を残すテオフラストスのソースは何であろうか?論文著者は、それは『エジプト史』を書いたアブデラのヘカタイオスであると考えた。エジプトの歴史資料を自由に使うことのできる位置にいたヘカタイオスは、エジプトの君主制をプラトン的な理想の国家像として描いた。そしてすべての文明がエジプトに由来するという説明をする中で、ユダヤ人がいかにしてエジプトを出ていったかについて触れているのである。前288年に死んだテオフラストスが、前300年頃に書かれたとされるヘカタイオスの『エジプト史』を読んでいた可能性は十分ある。

ただし、ヘカタイオス自身がユダヤを訪れたことがあるとは考えにくい。おそらく彼はアレクサンドリアなどで、ギリシア語を話せるユダヤ人と接触したのであろう。彼は、七十人訳完成以前であるにも関わらず、申命記の一節らしき文章も引用している。一方で、ヘカタイオスにはユダヤ人の歴史を誤解している部分も少なくない。特に、モーセがエジプトを出てエルサレムの町を作っていくところなど、明らかな誤りだが、もしかしたらそれは彼がモーセの逸話を、ギリシアにおける通常の植民地の作り方に合わせて変更したからかもしれない。さらにヘカタイオスは、明言はしていないが、やはりテオフラストスと同じように、ユダヤ人が純粋な一神教を奉持していると考えていた節がある。

テオフラストスもヘカタイオスも、ユダヤ人たちが持っている、普遍的な一神教に基づいた宗教システムと、神権政治的なヒエラルキーに基づいた政治システムを考慮することで、ユダヤ人が「哲学的な人種である」という結論に至ったのである。

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