2014年10月1日水曜日

ヒエロニュムス研究の最前線 Kamesar, "Jerome"

  • Adam Kamesar, "Jerome," in The New Cambridge History of the Bible, ed. James Carleton Paget and Joachim Schaper (4 vols; Cambridge: Cambridge University Press, 2013), 1: 653-75.
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本論文が収録された『新ケンブリッジ版聖書の歴史(The New Cambridge History of the Bible)』全4巻(既刊2巻)には、旧版として『ケンブリッジ版聖書の歴史(The Cambridge History of the Bible)』全3巻がある。後者は、1970年前後の聖書学の最新の成果を反映させた集大成として出版されたものである。そこでは、E.F. SutcliffeとH.F.D. Sparksの二人がヒエロニュムス関連の項目を執筆している。
  • H.F.D. Sparks, "Jerome as Biblical Scholar," in Cambridge History of the Bible, ed. P.R. Ackroyd and C.F. Evans (3 vols; Cambridge: Cambridge University Press, 1970), 1: 510-541.
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  • E.F. Sutcliffe, "Jerome," in Cambridge History of the Bible, ed. G.W.H. Lampe (3 vols; Cambridge: Cambridge University Press, 1969), 2: 80-101.
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今回取り上げる論文は、このシリーズの新しい集大成として2013年に出版された、『新ケンブリッジ版聖書の歴史』の第1巻に収録されており、ヒエロニュムス研究の2013年時点での最新の成果であるといっていい。

著者は、本論文の中で当然ながらヒエロニュムスの伝記的側面にも触れるが、あくまでヒエロニュムスが当時の聖書研究に対し、どのような貢献をしたかを中心に語っている。内容としては、生涯と著作、聖書の版と正典観、文学的評価と翻訳、注解の4つに大別される。以下、興味を持った点を挙げていく。

生涯と著作。ヒエロニュムスがローマ遊学時に文法学者アエリウス・ドナトゥスに師事したことは、重要なポイントである。彼がそこで学んだ文法学(グラマティケー)とは、いわゆる「文法」だけでなく、文学テクストのシステマティックな学習をも含む、より広い意味での文法学を指している。ドナトゥスの影響は、後年の聖書研究にも大いに生かされることになる。またヒエロニュムスは、アウグスタ・トレウェロルムにおいてポワティエのヒラリウス『詩篇論』を読むことで、聖書の文学的分析の方法、翻訳論、ユダヤ人教師の有用性などを学んだ。彼の著作は4種類:
  1. 聖書の改訂と翻訳
  2. ギリシア語の聖書解釈作品の翻訳と翻案
  3. 注解
  4. 説教
ヒエロニュムスはこれらを彼のパトロンや文通者の求めに応じて書いていたので、順番や時系列に体系性はあまりない。

聖書の版と正典観。ヒエロニュムスは、ローマで教皇ダマススの求めによって古ラテン語訳の福音書と詩篇を改訂するが、彼はこれをemendatioと呼んでいる。これは、ワッローによって定められたギリシア・ラテン文法学上のタームとして捉えるべきである。福音書以外の新約聖書の改訂は彼の弟子であるシリア人ルフィヌスによってなされた。パレスチナに行ったあとに、彼はヘクサプラの七十人訳に照らして古ラテン語訳の改訂をするが、聖書のすべての文書を改訂したわけではない。さらにそのすぐあとの391年頃にヘブライ語からの翻訳を始めたため、彼のヘブライ語への目覚めはこの頃のことされることが多い。しかし、ヘブライ語の重要視自体は彼のキャリアのもっと早い時代、ローマ時代からの特徴である。またヘクサプラによる改訂を、彼はのちのちまでひとつの作品として誇りとしており、ヘブライ語に目覚めたから途中でやめたとはいえない。七十人訳理解に関して、ヒラリウス、エピファニオス、アウグスティヌスがそれを唯一無二と考え、またエメサのエウセビオス、タルソスのディオドロス、モプスエスティアのテオドロスらアンティオキア学派がそれは唯一の聖書ではないが最重要視されるべきと考えたのに対し、ヘブライ語の原典に戻るべきというヒエロニュムスの考えは極めてラディカルなものだった。彼はラテン語読者にとってのラテン語訳聖書が、ギリシア語読者にとってのヘクサプラのような存在になることを願っていた。

文学的評価と翻訳。ヒエロニュムスの大きな特徴のひとつは、聖書に対する文学的評価の繊細さである。当時、教養ある層の人々の多くは、聖書が文学としては劣ったものだという見解を持っていた。これに対する反論としては、次の二通りが挙げられる:
  1. 聖書のよさは文学的な形式ではなく内容である。
  2. 聖書は実は文学的にも優れている(2-1:翻訳では劣っているが原語では優れている、2-2:翻訳だがそれでも文学的に優れている)。
アウグスティヌスら多くの者は一点目のような説明をしたが、ヒエロニュムスは一点目に加えて、「2-1:原語ではすぐれている」という議論を展開した(つまり「2-2:翻訳だがそれでも文学的に優れている」という見解は取らない)。こうした見解をもとに、ヒエロニュムスはイザヤ、エレミヤ、エゼキエルのヘブライ語での文体を、それぞれ、「都会風」「田舎風」「その中間」と評価している。異なる文学スタイルを三つ挙げて比較することは(三人の著者の場合もあれば、一人の著者の三作品の場合もある)、ギリシア・ラテン文学においてよく用いられる比較法だった。また「都会風」「田舎風」という評価基準は、ラビ文学と異教文学の注解に見られる。すなわち、ヒエロニュムスは聖書の読みに関してユダヤ人教師に依拠していたが、それを解釈するに際し、かつて学んだ文法学と修辞学を用いた古典的解釈法を聖書に当てはめたのである。彼のラテン文学伝統への依拠は、二つにまとめられる:
  1. 文学スタイルへの注目
  2. 翻訳それ自体を芸術と捉える観点
一点目に関して、ヒエロニュムスは、文学スタイルに注目することで、七十人訳が原典の風味を維持していないことを指摘し、それゆえに新訳が必要だと論ずる。二点目に関して、ヒエロニュムスは翻訳論を語る。Ep. 57において、ヒエロニュムスは聖書に関しては逐語訳を旨としたと語っているが、一方で、Ep. 112では意訳をしたとも語っている。Kamesarによれば、ヒエロニュムスはEp. 57においては、聖書翻訳は逐語訳すべきと言っているのではなく、自分より以前の聖書翻訳の伝統(アクィラ訳、古ラテン語訳など)は逐語訳だったと説明しているのだという。その上で、あくまで自身はラテン語としてのエレガンスに拘り、聖書の文学スタイルを維持しようとしたのである。

注解。彼の注解は、世俗のラテン文学の伝統とギリシア教父文学の伝統とが根幹となっている(ラテン教父文学からの影響はわずか)。パウロ書簡の注解はオリゲネスなどギリシア教父文学からの影響が強い。しかし、パウロのヘブライ的背景を理解するにはヘブライ語が必要と考えた。またそれによってオリゲネスの仕事を超えることを目指した。ヒエロニュムスは、そうした目標をもとにコヘレト書注解を書いた。この注解ではヘブライ語に関する事柄にかなり触れており、またユダヤの聖書解釈を取り入れている。さらに創世記問答においては、彼の文献学的な方法論を具体例によって正当化するという試みをしている。エメサのエウセビオスも同様に創世記の注解をものしているが、彼がシリア語とタルグムの解釈をベースにしたのに対し、ヒエロニュムスはヘブライ語とヘクサプラをベースにし、かつユダヤの聖書解釈の伝統を盛り込んだ。すなわち、前者はアンティオキア学派として非ヘクサプラ的アプローチを取ったのに対し、後者はアレクサンドリア学派としてヘクサプラ的アプローチを取ったといえる。アンティオキア学派はシリア語によってヘクサプラを超えることを目指したが、ヒエロニュムスはヘクサプラをより洗練された方法で活用したのである。預言書の注解では、アレクサンドリアの解釈伝統である、字義的解釈と寓意的解釈の両輪による解釈を展開した。そのとき、ヘブライ的伝統を字義的解釈の方法論とし、ギリシア教父の伝統を後者の方法とした。そして、聖書の一節を引くときには、ヘブライ語からの訳と七十人役からの訳とを併記するようになった。これを一貫性がないと批判するエクラヌムのユリアヌスのような者もいれば、うまくやっていると評価するカッシオドルスのような者もいた。

ヒエロニュムスは神学者ではなく、編集者、翻訳者、そして文献学者であった。ラテン世界で生きたことが幸いし、ギリシア語一辺倒だったギリシア教父たちを相対化することができ、ヘブライ語に注目することができた。同時に優れたラテン作家として、文学的なスタイルに対する感覚の繊細さも持ち合わせていた。そして注解ではギリシアとヘブライの伝統を併せ持つ作品を残すことができた。

さらなる参考文献。
  • Adam Kamesar, "S. Gerolamo, la valutazione stilistica dei profeti maggiori et i genera dicendi," Adamantius 11 (2005): 179-83. 
  • L. Fladerer, "Übersetzung," Der Neue Pauly 12.2 (2002), cols. 1186-7.
  • S. Brock, "Aspects of Translation Technique in Antiquity," GRBS 20 (1979): 69-87.

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