2014年10月8日水曜日

カライ派の雅歌解釈 Frank, "Karaite Commentaries on the Song of Songs"

  • Daniel Frank, "Karaite Commentaries on the Song of Songs from Tenth-Century Jerusalem," in With Reverence for the World: Medieval Scriptural Exegesis in Judaism, Christianity, and Islam, ed. Jane Dammen Mcauliffe, Barry D. Walfish and Joseph W. Goering (Oxford: Oxford University Press, 2003), 51-69.
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ユダヤの聖書解釈は、当初はミドラッシュやタルグムのように、個人名義でないある種のアンソロジーのかたちをとることが多かったが、9世紀のダーウード・イブン・マルワーン・アル=ムカッマスの登場で初めて個人名義かつシステマティックな構成を取るようになったとされている。彼はユダヤ人であったが、一時期キリスト教に改宗したことがあったため、キリスト教の聖書解釈の著作法を知っていたのだという。しかも興味深いことに、イラク人である彼はその注解をアラビア語で書いたという。10世紀にはサアディア・ガオンと、カライ派ヤークーブ・アル=キルキサーニーが個人名義の注解を著した。彼らの著作は当時のイスラームの合理主義の影響を色濃く受けていた。

雅歌については、サアディアが注解を残したことが知られているが、現存しない。現存するユダヤ人による最古の個人名義の雅歌注解は、共にカライ派のサルモン・ベン・イェロハムとヤフェット・ベン・アリによってユダヤ・アラビア語で書かれたものである(ヤフェットは聖書文書全体の注解を初めて書いたユダヤ人でもある)。これらは一節ごとの釈義と、聖書の逐語的なアラビア語訳から構成されている。彼らはなるべくひとつの「正しい」解釈を提供するようにしていた。複数の注解を挙げる場合も、どれが最も好ましいかを必ず述べていた。また彼らの解釈は、当時のユダヤ人たちの中でも、「ショシャニーム」と呼ばれる党派的な共同体の聖書解釈を反映しているとされている。彼らの特徴は3つあり、第一に、現在から見た終末への強い意識、第二に、孤立および象徴的解釈、第三に、イスラームおよびラビ・ユダヤ教に対する派閥意識である。

サルモンによれば、雅歌は3つの重要な要素を持っているという。第一に、律法を教えてくれるようにという神への嘆願、第二に、イスラエルの罪に対する自責の念と罰への嘆き、第三に、イスラエルがメシア的な救済を求めていることの表明である。こうした要素を、サルモンは雅歌を寓意的に解釈することで発見した。彼によれば、雅歌の冒頭から7:10までは人が創造主へ向けて語っており、そこから結末までは人がメシアに向けて語っている。またすべての女性の表現はイスラエルを示しているのだという。彼の注解が寓意的である一方で、彼の聖書のアラビア語訳はプシャットを旨とした字義的なものだった。

ヤフェットの注解はより学問的で、一貫しており、明晰であった。彼は雅歌を完全にエゾテリックな書物として寓意的に解釈した。彼にとって雅歌注解とは、救済史的な観点から、雅歌のメタファーを終末の日の祈りと出来事とに関係付けることだった。とはいえ、それには段階があり、まずヘブライ語をまったく逐語的にアラビア語訳した上で、字義通りの意味(al-zahir)を確認し、最後に寓意的な解釈(ta'wil)に取り掛かるのである。ときにラビ的解釈を援用することもあったが(1:9を出エジプトに重ね合わせるなど)、それは自身の終末論的解釈を補うときのみに限られた。彼の注解の中には、ラビ・ユダヤ教に対する論争の様子が数多く残されている。特に、暦、祭りの遵守、食餌規定などといったハラハーに関する事柄に関して激しい論争が繰り広げられた。

ラビたちの雅歌解釈は、自らの権威を称揚しつつ、神とイスラエルの民との歴史的な関係をテクストに読み込んでいくものだったが、カライ派の雅歌解釈は、このラビたちの解釈を部分的に受け入れつつも、それを終末論をはじめとする自らの共同体の歴史理解に当てはめていくものだった。彼らの聖書解釈はラビたちによっては無視されたが、中世に百花繚乱の様相を呈することになる、個人名義で注解を書いた聖書注解者たちのモデルになったのである。

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