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2012年3月2日金曜日

ギリシア・ラテン世界から見たアガダー

ユダヤ教のアガダーを、ギリシア・ラテン世界の文脈の中で見たときにどのような評価になるのかについて書かれた論文を読みました。以前のKamesar論文と内容的に繋がっている部分もありますが、当然独立した論考としても読めます。

I. Heinemann(ちなみにこのIsaac Heinemannは、先日読んだJoseph Heinemannとは別人です)は、ヘレニズムの文学解釈とラビ・ユダヤ教の聖書解釈(アガダー)とには本質的な違いがあるが、後者の独自性を見るためには、フィロンなど(アレゴリー的解釈)との比較よりも中世の字義的解釈の聖書解釈者たちとの比較が有用であると述べています。しかしKamesarはアガダー作者との比較は、むしろ時代的にも場所的にも近いギリシア・ラテン教父とするべきだという方針でこの論文を書いています。教父たちの解釈というと、どうしてもアレゴリー的な解釈や予型論的な解釈が思い浮かんでしまうために、Heinemannとすれば、中世の字義的なアリストテレス解釈などを待たねばならないと考えざるを得なかったのだと考えられますが、近年では教父たちの字義的な解釈の伝統にも注目が集まっており、Kamesarはごく自然に、中世まで待たずとも教父と比較すればいいと考えたわけです。

ギリシア・ラテン世界においてアガダーがどう評価されていたかについての先行研究としては、E. E. Hallewyと、E. J. Bickerman(およびM. D. Herr)とがありますが、前者はアガダーを、いわゆる「問題と解決」(ζητήματα καὶ λύσεις)形式の文学と比しています。一方後者は、アガダーはギリシア神話のような「神話・作り話」(μύθος)や、ギリシア劇のような文学的なフィクションだと考えられていたと述べます。つまり前者も後者も、アガダーをギリシア・ラテン文学の文脈の中に位置づけることが可能だと述べるわけですが、これは上で書いたHeinemannの主張(アガダーには、「科学的」な部分と詩的な部分の明確な区別がないため、ギリシアの文学解釈と本質的に異なる)とはぶつかる意見です。

教父たちのアガダー評価は、アレクサンドリア・パレスチナ派とアンティオキア派とで異なっています。前者はアガダーが聖書テクストと緊密に結びついているときには歴史的資料として扱う場合と、そうでないときには作り話として拒絶する場合とがあり、後者は憶測に基づく聖書解釈はするべきでないという前提のもとに、アガダーはそうした憶測・作り話の最たるものであるとして拒絶します。このうち特にアンティオキア派のアガダー評価は、Bickermanらの立場を支持するもののように見えます。すなわち、アガダーはギリシアの神話・作り話の系統に位置づけられるというものです。

しかし、ヨセフスによるアガダーの用いられ方はこれとはまったく異なっていました。というのも彼は聖書本文やアガダーを、あくまで歴史資料として扱ったのです。ヨセフスはしばしば、ヘブライ語のパイデイアやフィロソフィアといったような言い回しを用いていますが、そのときに意味しているのは、単にヘブライ語やアラム語の知識や聖書の知識だけではなく、アガダーなどの口伝律法まで含んだ範囲の知識であったようです。このヨセフスのアガダー評価は、エウセビオスを通じてアレクサンドリア・パレスチナ派の教父たちに伝わっています。それゆえに彼らは、条件付きではあれ、アガダーを「歴史資料」として扱うことができると考えるに至ったのです。こちらは、言うなれば、歴史と作り話との区別がはっきりとなされていないという点で、Heinemannの立場を支持するものとなります。

こうして見ていくと、ギリシア・ラテン世界のアガダー評価としては、第一に、アレクサンドリア・パレスチナ派のように、アガダーを歴史資料である場合と作り話である場合とに分けて考える、というような洗練された見方がある一方で、第二に、ヨセフスやアンティオキア派のように、歴史資料としてであるにせよ、作り話としてであるにせよ、片方の側面しか見ない一面的な見方とがあることが分かります。

読後の感想としては、正直なところHeinemannの説というのが正確にどのようなものなのかが分かりづらかったので、Kamesarの勘所を押さえるのにかなり苦労しました。この点については、HeinemannのDarkhei ha-aggadaを読まなければなりませんが(入手済み)、ヘブライ語なので少し時間がかかりそうです。参考のために関連文献を下に挙げておきます。

Isaac Heinemann
  • Darkhei ha-aggada (Jerusalem, 1953-4).
  • Altjüdische Allegoristik (Breslau, 1936).
  • "Die wissenschaftliche Allegoristik des jüdischen Mittelalters," Hebrew Union College Annual 23.1 (1950-1):  ?  
 E. E. Hallewy
  • Shaarei ha-aggada (Tel Aviv, 1963).
  • Olamah shel ha-aggada (Tel Aviv, 1972).
  • Erkhei ha-aggada ve-ha-halacha (Tel Aviv, 1979).
  • "Baalei ha-aggada ve-ha-grammatikanim ha-yevaniyyim," Tarbiz 29 (1959-60): ?
  • "Midrash ha-aggada u-midrash Homeros," Tarbiz 31 (1961-2): 157-69, 264-80.
 E. J. Bickerman
  • The Jews in the Greek Age (Cambridge, Mass., 1988).

2 件のコメント:

  1. Isaac Heinemannの"Darkhei ha-aggada"を要約したと思われる、ある英語論文を発見しました。既に御存知ということでしたら、あしからず。
    http://www.uncg.edu/rel/contacts/faculty/Heinemann.htm
    私自身は未読のため、なんともいえませんが......。

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  2. お、これは情報ありがとうございます。ゆっくり読みたいと思います。また何か発見されたら、ぜひ教えてください。

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