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2015年8月27日木曜日

「再説聖書(Rewritten Bible)」再考 Crawford, "Introduction"

  • Sidnie White Crawford, "Ch. 1. Introduction" in id., Rewriting Scripture in Second Temple Times (Grand Rapids, MI: Eerdmans, 2008), pp. 1-18.
Rewriting Scripture in Second Temple Times (Studies in the Dead Sea Scrolls and Related Literature)Rewriting Scripture in Second Temple Times (Studies in the Dead Sea Scrolls and Related Literature)
Sidnie White Crawford

Eerdmans Pub Co 2008-04-14
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いわゆる「再説聖書(Rewritten Bible)」研究のまとめ。本書の中で、Crawfordは、ヘブライ語聖書テクストの伝承の歴史と、そのテクストの解釈の方法とを扱っている。第二神殿時代あるいはギリシア・ローマ時代の独特の解釈形態を、「Rewritten Bible」と名付けたのはGeza Vermesだった。彼はこのジャンルを、「現在の聖書のユダヤ的な正典の中に含まれる書物に対して、物語やテーマにおいて密接に関わっているもの、および現在の正典テクストの再整理、合成、補足など再加工したもの」と定義づけている。

しかしながら、著者はVermesの用語のRewrittenとBibleとを共に再考の必要ありと考えている。Rewrittenという語は、すでにある書物の存在を前提としている。しかし、すでに存在する書物を解釈するという営為自体は、第二神殿時代より前から行われていた。Michael Fishbaneの言う「聖書内聖書解釈(Inner biblical exegesis)」がそれである。聖書内聖書解釈は、写字生によって行われる。彼らは単に写本を写していただけではなく、受容されていたテクストにたえず干渉していたのである。それは彼らの役割が、正しいテクストを伝えることと共に、聖書テクストを同時代の状況にふさわしいものにすることだったからである。

またBibleという語にも問題がある。なぜなら、第二神殿時代には正典化された聖書など存在しなかったからである。あったのは、ユダヤ人によって一般的に権威ありと考えられていた文書群のみである。そこで著者はBibleの代わりにScriptureという語を用いることを提案している。すなわち、五書と、ほぼすべての預言書、そしてコーパスの不明な諸書の総称である。当時の聖書に含まれる文書を少しでも伝えているものとしては、ベン・シラ、ルカ、第四エズラ記、ヨセフス、そしてクムラン文書(4QMMT)などがある。

ある書物が権威ありと認められていると判断するには、四つの基準が考えられる:第一に、別の書物の中で権威あるものとして引用・暗示されていること。第二に、注解の対象になっていること。第三に、自身が権威あるものを宣言していること。そして第四に、ある共同体内でたくさんコピーされていることである。しかし、クムラン共同体では、たとえば申命記が上の基準をすべて満たすが、エステル記のコピーは見つかっていない。

こうしたことから、著者はVermesの言う、「ジャンルとしてのRewritten Bible」という用法を問題ありとし、むしろ「カテゴリーとしてのRewritten Scripture」という考え方をするべきだと述べている。著者がこのように考えるに至ったのは、Vermes以降の研究史(Philip Alexander, Moshe Bernstein, George Brooke, Emanuel Tov)に沿って、自然な帰結として導かれている。著者は特に、語の定義をより広くしようとしたBernsteinと、ジャンルではなくカテゴリーとして考えるべきと述べたBrookeに多くを負っているという。

著者自身の意見は、Rewritten Scriptureをジャンルではなくカテゴリーとして考えるというものである。そのとき、このカテゴリーの中に入るテクストは、すでに権威ありと見なされているテクストへの執着と同時に、解釈を目的とした写字生の干渉とを共に示すことになる。そこから、著者はRewritten Scriptureを4つのスペクトルに分ける。
  1. グループを超えて権威ありと認められる文書で、既存のテクスト内のみでharmonizationが行われるもの。
  2. 既存のベース・テクストの外部の材料を用いた干渉をするが、それによって新しい著作を生み出そうとするわけではないもの:Reworked Pentateuchとも呼ぶ。
  3. 既存テクストへの干渉が激しく、もはや新しい著作と呼べるもの:ヨベル書、神殿巻物など。
  4. 上の定義に周辺的に関わるだけのもの:外典創世記、レンマ型注解など。
これに加えて、上の定義に入らないものを著者はparabiblical textsと呼んで区別する。これには、第一エノク書、偽エゼキエル、アダムとイブの生涯、ヨセフとアセナトなどがある。

上の4つのものに共通する特徴としては、多くが特に祭司制度に強く関心を持っていることが挙げられる。これはパリサイ派的・ラビ的な解釈とは相反する特徴である。

2015年6月29日月曜日

『京都ユダヤ思想』第5号(2015年)

『京都ユダヤ思想』第5号(2015年)

巻頭言

島薗進「ユダヤ人の思想家・著述家に惹かれてきたわけ」・・・1-3


論文

北村徹「預言者エゼキエルの祭司性:その再評価と『反ユダヤ主義』という文脈」・・・4-23

丸山空大「ローゼンツヴァイクの回心譚を再考する」・・・24-42

渡名喜庸哲「エマニュエル・レヴィナス『捕囚手帳』の射程:レヴィナスの企て」・・・43-62


第六回学術大会報告


シンポジウム「論争としての啓蒙」

小野文生「『論争としての啓蒙』に寄せて」・・・63-65

後藤正英「モーゼス・メンデルスゾーンとユダヤ啓蒙主義」・・・66-76

山本芳久「信仰・理性・伝統:トマス・アクィナスのユダヤ人観を手がかりに」・・・77-95

手島勲矢「論争としてのハシディズム:《ハスカラー》を考えるユダヤ思想史の視座」・・・96-103

伊藤玄吾「理性・宗教・伝承:ボシュエの『世界史論』と『伝承と教父の擁護』を中心に」・・・104-17


公開講演

講演会解説・・・118-19

ウォレン・ゼエヴ・ハーヴィー(訳:平岡光太郎)「クレスカスとメンデルスゾーン:信仰と命令」・・・120-28

杉村靖彦「ハーヴィー教授講演に対するコメントと質問」・・・129-33

質疑応答・・・134-44

『旧約学研究』第11号(2014年)

『旧約学研究』第11号(2014年)

論文

守屋彰夫「nun paragogicumの比較検討に基づくマソラのモーセ五書部分とサマリア五書の受容聖書の探求」・・・1-50

北村徹「預言者エゼキエルの祭司性:『再活性化運動』の視点から」・・・51-72


シンポジウム「神義論」発題

水野隆一「ヘブライ語聖書における『神の義』~その表現と機能~」・・・73-88

竹内裕「神義論から脱・神義論へ」・・・89-105

手島勲矢「タナッハ構造とヨブ記の特殊性:神義論をめぐる哲学と聖書解釈の対話のために(要点)」・・・107-24


ショートノート

大住雄一「創世記19:29における神」・・・125-30

2015年5月25日月曜日

第四マカバイ記の文学形式 Lebram, "Die literarische Form des vierten Makkabäerbuches"

  • J.C.H. Lebram, "Die literarische Form des vierten Makkabäerbuches," Vigiliae Christianae 28 (1974): 81-96.

『第四マカバイ記』(以下四マカ)は、理論および具体例によって、「ユダヤ律法遵守が情念の克服であること」や「遵守とは敬虔な理性そのものであること」などを証明したものである。しかし、特に3:19以降の後半部分では、このテーマからややはずれることも述べている。しばしば敬虔な理性の「ヒストリア」が挿入され、話の流れを中断している。テーマとヒストリアとを不自然に繋げようとしているのである。四マカ3:19-18:24は、エレアザル、七人の兄弟、母親に関する別のテーマといっていい(二マカ6:18-7:42を下敷きにしている)。

五世紀のフィロストルギウスは、後半部分はヒストリアではなくエンコーミオン(称賛演説)であると述べている。J. Freudenthalは四マカはシナゴーグにおける説教と考えたが、E. Nordenはそうではなく文学的な演説であり、フィロストルギウス同様エンコーミオンであるとした。Nordenによれば、前半部分がシンプルな哲学論文であるのに対し、後半部分はその自らの命題の正しさを証明する例としての称賛演説なのである。LebramもNordenの考え方に基本的に同意しているが、エンコーミオンという名称はどちらかというと詩文に使うものであり、散文ではエパイノスが適切であるとしている。この称賛演説は演示弁論の一種である。

本論文でのLebramの問いは、四マカ以前は殉教者の称賛は演示弁論の対象ではなかったのに、なぜ四マカ著者は称賛演説というジャンルを殉教者の称賛のために用いたのかというものである。そして、四マカ著者はこのことをした最初の人物なのだろうか。

そこでLebramが注目したのが、17:8にある架空の墓碑銘である。Lebramによれば、これは演示弁論の一種であるエピタフィオス(追悼演説)の特徴であるという。追悼演説は、戦没者のためになされる墓前での演説であり、アテーナイで発展した。四マカの墓碑銘のところでは、この書物のテーマである神への証しについても情念の克服についてもあまり出てこない。殉教という結果のみならず、演説の使用という点も父祖の地のための犠牲という思想から定められている。

四マカ著者は、ダビデの渇きの話など、殉教物語でない部分も要約して自身の殉教物語の冒頭に置いているため、追悼演説との類似性が分かりにくくなっているが、Lebramは追悼演説の代表例と比較することでその類似性を明らかにしている。追悼演説を含むプラトンの『メネクセノス』は、死者のための称賛と生者のための慰めとに分かれている。この後半の生者に対する慰め部分には、パラミューティア(奨励)、トレーノス(哀悼)、そしてアナケファライオーシス(要約)あるいは嘆きへの呼びかけなどといった特徴が見られる。四マカでいえば、17:7-18:19が要約、18:20-21が哀悼、18:22-24が奨励に当たる。

追悼演説のもうひとつの特徴である死者の称賛部分には、プラトンによると、その死者のエウゲネイア(生まれのよさ)、パイデイア(受けた教育)、そしてプラクシス(業績)が述べられているという。リュシアス、デモステネス、ヒュペリデスらの追悼演説では、この死者の称賛部分がさらに、その先祖の歴史的・時系列的な称賛と、その死者そのものの称賛とに分けられている。この「過去の先祖の称賛」+「現在に死んだ英雄の称賛」という形式をもとに四マカを見ると、ダビデの渇きなどの逸話は、この演示弁論の作法に則っていたことが分かる。図示すると以下のようになる:

演示弁論→追悼演説→
  • 生者のための慰め(奨励、哀悼、要約)
  • 死者のための称賛(生まれのよさ、受けた教育、業績)→先祖の称賛と死者本人の称賛
プラトンによる死者の称賛部分に重ねて四マカを読んでみると、その類似性がはっきり分かる。まず「生まれのよさ」の関しては、殉教者たちが気高い生まれのヘブライ人であり(8:2; 9:6, 18; 17:9)、徳があり(9:18)、アブラハムの子であることが明言されている(9:21; 18:1, 20)。「受けた教育」については、拷問を耐える力となる律法教育を受けたことが指摘されている(13:9, 22)。一見、殉教物語に教育など関係ないように見えるが、わざわざ言及されているのは、四マカ著者が演示弁論の作法に則っているからなのである。「業績」については、徳(アレテーあるいはアンドラガシア)のもとで殉教者たちの業績が要約されている(1:8, 10; 7:22; 9:8, 18, 31; 10:10; 11:2; 12:15; 17:23)。先祖に恥をかかせぬよう、殉教者たちは拷問を「耐えている(クラテレイン)」が、この語はヒュペリデスにもしばしば出てくる。

最後にLebramは、四マカに特徴的な4つの考え方が他の演示弁論にも出てくるかを検証している。第一に、暴君と殉教者との対立・対照という特徴については、演示弁論における暴君の典型としてのペルシア王の存在が類似点として挙げられる。四マカは、演示弁論の持つ暴君への対抗心や自由への希望といった傾向を借用して文学形式を整えている。第二に、父祖の地のために死ぬこととは律法を遵守することそのものであるという考え方は、ヒュペリデスらの演示弁論にもしばしば出てくるモチーフである。演示弁論の戦士たちが国家のために死んだのが法律に則った行為であったように、殉教者にとって、殉教の理由は律法が課した義務だったのである。第三に、敬虔さの姿勢に関していうと、神(神々)を信じないことは、演示弁論においても四マカにおいても、必ず敵の特徴であった。そして第四に、名誉の永遠性に派生する復活信仰である。演示弁論では、普通の人間の生の儚さに対する、戦死者の名誉の永遠性が強調されるが、四マカはこの死者の永遠性を復活信仰に結び付けている。すなわち、復活とは殉教者にとっては永遠の褒賞なのである。復活信仰の考え方自体は、二マカ12:44に父祖たちの復活といったかたちで出てくるが、これが四マカでは殉教者の復活信仰へと一歩進められているのである。

以上の四点をまとめると、四マカは殉教者の称賛を演示弁論の形式で表現したわけだが、その形式のもとで、殉教者たちは暴君に対抗し、律法を遵守し、そして敬虔さに準じつつ、永遠の生という恩恵に与っているのである。

Lebramは本論文で明らかにしたことを以下の3点にまとめている。
  1. 四マカの後半部分で、殉教者たちの描写は、当初の歴史的な描写との関係性から話され、演示弁論という現在の文脈に置き換えられている。
  2. 著者はこれらの演説にアテーナイの演示弁論の形式を与え、弁論術の学校における模範や文学的テクニックを与えている。
  3. 演示弁論は殉教物語を修辞的に処理することに適している。なぜなら、マカバイ時代のユダヤ教の思想――暴君への抵抗、律法や敬虔さのための軍事的戦い、殉教者の復活信仰――は、演示弁論の精神的態度に近いからである。

2015年4月8日水曜日

『律法儀礼遵守論』のエピローグ Van Weisenberg, "4QMMT: Towards an Understanding of the Epilogue"

  • Hanne van Weisenberg, "4QMMT: Towards an Understanding of the Epilogue," Revue de Qumran 21 (2003): 29-45.

本論文は、『律法儀礼遵守論』(4QMMT、以下『律法』)の三区分のうちのセクションCを中心に検証することで、申命記からの影響を指摘したものである。著者によれば、法規を扱っているセクションBに比べて、エピローグに当たるセクションCの研究は手薄であるという。そこで著者はエピローグに注目することで、『律法』の構成における同セクションの役割を明らかにしようとしているのである。

著者はまず、全部で6つ見つかっている『律法』の写本から、校訂者が作成した合成テクストの再検証から始めている。それによると、エピローグを含むのは、4Q397、4Q398、4Q399であり、それぞれほとんど重複する箇所がないのだという。ほとんどヴァリアントがない法規部分に比して、エピローグにはしばしば異読が見られる。

『律法』の編集過程に関する研究としては、Charlotte HempelとMiguel Perez Fernandezの研究がある。前者は『律法』の法規部分と『ダマスコ文書』との共通点を明らかにしたものであり、後者はシンタックスや内容から、法規部分とエピローグの切れ目を従来のものと異なった箇所に施す試みである。こうした先行研究から、著者は法規部分で語られている、祭司性、浄不浄の問題、犠牲、聖域、聖性などといった事柄はエピローグでは一切使われていないと述べる。

こうした法規部分とエピローグとで使われるタームの違いは、それぞれが別のスタイルと特徴を持っているからと考えられる。著者によれば、法規部分が主に依拠しているのはレビ記と民数記であるのに対し、エピローグは申命記に依拠しているという。ただしこれは、法規部分とエピローグが別の文書だったということではなく、それぞれが異なった内容とジャンルであるからである。また、法規部分はそれだけでも独立した文書たり得るが、エピローグは法規部分に依存しているという。

法規部分の法規自体はレビ記と民数記に依拠しているが、スタイルの上で同部分は申命記からの影響も受けている。たとえば、『律法』は一人称複数で語られているが、これは申命記1-3章でのモーセの語りを髣髴とさせる。

2015年4月6日月曜日

『律法儀礼遵守論』のジャンル Grossman, "Reading 4QMMT"

  • Maxine L. Grossman, "Reading 4QMMT: Genre and History," Revue de Qumran 20 (2001): 3-22.

本論文は、『律法儀礼遵守論』(4QMMT、以下『律法』)の文学ジャンルとして適したものをいくつか仮定し、それぞれのジャンルだった場合にどのように読みが変わるかを検証したものである。Steven D. Fraadeは、『律法』の名宛人が外部グループではなく、仮に内部の人間であると仮定して、同書を再読するという「レトリカルな実験」をした。これを参考にして、著者はまず同書のジャンルの可能性として、第一に、外部グループに対する手紙、第二に、内部グループに対する論文を挙げている。

手紙と論文というのは、文書の形式や内容のみを問題にしているときには、峻別しがたいものだが、著者性と舞台に注目すると、大きく異なってくる。すなわち、手紙とは特定の著者によって別の特定の読者に向けて書かれ、そのとき読者が属するサークルは、空間的にも理念的にも著者のそれの外側にある。また手紙は、著者たちが描いている状況と同時代のものであり、それを読んでいる者たちも同時代人である。一方で、(古代における)論文には必ずしも著者は必要ないが、特定の読者がいる。そして論文はそれが描いている事実と同時代か、あるいは状況を回顧的に思い出して書いた事後のものである。すなわち論文といっても二種類あり、一つは現在の状況を描く内部に向けたテクストと、もう一つは出来事や規定が起こったあと書かれた事後のテクストである。

まず著者は『律法』を手紙として読む。すると、その調子や内容から、我々はクムラン共同体の黎明期を導いた衝突の記録を見て取ることができる。そうした前提のもとで『ダマスコ文書』やペシャリームと比較すると、『律法』の著者は義の教師のメンバーか義の教師その人であると考えられる。そして著者が義の教師であれば、『ハバクク書ペシェル』などから、手紙の宛名は悪の祭司となる。

次に、『律法』を、共同体の設立と同時代に書かれた論文として読むと、内部の人間が書いたものであることが見て取れる。論文としての『律法』は、共同体の設立を記録し、それを非敵対的な調子で語ることで、敵対者を諭しているのである。ただし、このとき『律法』は特定の衝突に言及しているわけではなく、グループを形成してきたさまざまな問題のコンピレーションとなっているのである。すると、むろん敵対者の悪の祭司に対する関連性も弱まり、そもそも著者と敵対者との相互の敵対関係ではなく、著者による相手への一方的な敵愾心しかなかったかもしれなくなる。

ここで共同体による『律法』の受容に目を向けると、同書は共同体のメンバーが自分たちの設立や中心的な概念を理解するための勉強用のテクストとして、あるいは入会希望者が入会するためのテクストとして、ごく初期に用いられていたと考えられる。すなわち、『律法』はある種の権威を持っていたのである。特に後代の者たちは、共同体内部の論文ではなく、共同体外部に向けて書かれ、実際に敵対者たちに送付された手紙として読んでいたと思われる。そしてこうした理解に触発されて、義の教師と悪の祭司との衝突によって共同体が設立されたという歴史的説明ができあがっていったのである。

最後に、『律法』がさらに後代に書かれた歴史化文書として読む場合、我々は後代の参加者たちが共同体の歴史の設立時のことをどのように記憶し、創造し、構築していたかを見て取ることができる。すなわち、パウロの偽の書簡と同様のものとして読むのである。この読み方は、誰がいつ共同体を設立したのかについては教えてはくれないが、共同体の後の世代が重要であると考えていたことを教えてくれる。

『律法』のカレンダーに関しては、もし『律法』が共同体の設立と同時期に書かれたものとすると、カレンダーももともとあったオリジナルであるといえる。もし『律法』が共同体の設立と同時期か、伝達の歴史の途中で書かれたものとすると、カレンダーは写字生による付加だといえる。そして、もし『律法』が後代の成立だとすると、カレンダーがオリジナルにあったものであろうとなかろうと、それは後代の人々の考え方を反映したものであるといえる。

2015年4月1日水曜日

内部文書としての『律法儀礼遵守論』 Fraade, "To Whom It May Concern"

  • Steven D. Fraade, "To Whom It May Concern: 4QMMT and Its Addressee(s)," Revue de Qumran 19 (2000): 507-26.

本論文は、『律法儀礼遵守論』(4QMMT、以下『律法』)の読解を通じて、この文書の性格を分析したものである。の研究としては、大きく言って次の四分野がある:第一に、クムラン共同体におけるサドカイ派的な宗教法の輪郭、第二に、クムラン共同体の初期の発展とセクトのイデオロギー、第三に、ラビ的セクト論争以前の初期のラビ的説明、そして第四に、後期第二神殿時代におけるパリサイ派とその教えの影響などである。こうした研究の多くは、同書をクムラン・セクトによる外部に対する論争の書と考えることでなされてきた。しかし著者は、これをセクト内部(intramural)の文書であると仮定してみたらどうなるかという前提から議論を始める。

まずセクションBをよく読むと、『律法』の著者である「私たち」が、「あなたがた」と呼ばれている名宛人を一切批判していないことが分かる。むしろ共同体の集合的なペルソナである「私たち」は、積極的に「あなたがた」を自分たちに組み込もうとしている様子が伺われる。

セクションCになると、記述がより対話的(dialogical)になり、三人称「彼ら」に対する言及がなくなる。二人称は複数形「あなたがた」のときは、やはり「私たち」に含めていると読むことができる。それに加えてこのセクションでは二人称として単数形「あなた」も出てくるが、著者は申命記30章および31章などの例から、こうした奨励(hortatory)のスピーチでは二人称は単数形の場合も複数形の場合もあると説明する。単数形にすることで、名宛人に対してより個人的に語りかけているように感じさせるためである。また懐柔的な(conciliatory)な口調から、「私たち」と「あなた/あなたがた」との対立は激化していないさまを見て取ることができる。いうなれば、論争的(polemical)というよりも、教育的(pedagogical)なのである。

セクションAの暦を、多くの研究者は写字生による付加だと見なしている。しかしながら、著者によれば、セクションBがセクトの分離を正当化するための律法議論のダイジェストであるように、セクションCもまた、354日区切りの太陰暦を用いるイスラエルの大多数からの分離を正当化する太陽暦のダイジェストであるという。

主としてShelomo Moragらによる『律法』の言語学的分析によると、同書は話し言葉の比較的低級なヘブライ語であるという。そこから、著者は同書を公式な手紙や正統的なセクト文書ではなく、共同体への入会希望者などに対する教育的内部文書であると見なす。

以上が本論文の主張だが、個人的に興味深かったのは、L. Schiffmanが『律法』の中に『共同体の規則』との共通語彙がないと見なしているのに対し、本論文の著者は、両者はいくつもの重要なターミノロジーやアイデオロジーを共有しているという。いうなれば、『律法』で用いられている語彙から、同書がセクト的文書であると見なすことができるのである。