ページ

2018年8月10日金曜日

アレクサンドリア文献学の後継者としてのオリゲネス Schironi, "The Ambiguity of Signs"

  • Francesca Schironi, "The Ambiguity of Signs: Critical ΣΗΜΕΙΑ from Zenodotus to Origen," in Homer and the Bible in the Eyes of Ancient Interpreters, ed. Maren R. Niehoff (Jerusalem Studies in Religion and Culture 16; Leiden: Brill, 2012), 87-112.
本論文は、アレクサンドリアで発明された校訂記号(セーメイア)の当初の使用法(とりわけホメロスの校訂版)と、それを聖書文献学に適用したオリゲネスの使用法を、それぞれ明らかにしている。本人の著作と証言が残っているので、オリゲネスを扱うことは適切である。オリゲネスを通してアレクサンドリアの文献学者による記号の使用法も分かるだろうし、その記号の発展がどのようなものであったかも分かるだろう。結論から言えば、オリゲネスはより読者に便利なシステムを作り上げることによって、記号を発展させたのだった。

校訂記号を作り上げたのは、エフェソスのゼノドトス(図書館長在職、前285-270年)、ビザンティウムのアリストファネス(前204-189年)、サモトラケのアリスタルコス(前175-145年)の三人である。ゼノドトスは、疑わしいが取り去りたくはない部分を示すためにオベロスを作った。

アリストファネスは、他の箇所で繰り返されている部分をアステリスコスで、また同一内容の連続する一節をシグマアンティシグマで示した。

アリスタルコスは、前任者2人の記号を受け継ぎつつ、さらに言語、内容、神話、様式などさまざまなことに関してコメントしたいところに矢のような形のディプレーを置いた。彼はまた、ゼノドトスやマロスのクラテスらの意見に異を唱えるところでは、付点ディプレー(ディプレー・ペリエスティグメネー)という記号を用いた。繰り返しゆえに疑わしいものとして却下されるべき箇所にはアステリスコスとオベロスを組み合わせた記号も使った。

以上がよく知られている記号であるが、コンペンディアやスコリアには他の記号も見られる。たとえばアリスタルコスは、語順が入れ替わって文脈と合わない箇所にはアンティシグマ、そして同語反復を含む箇所には付点アンティシグマを付した。他に意味の分からない記号として、ケラウニオン(雷形記号)がある。ギリシア文学のパピルスには他にも記号が用いられているが、それらの意味を取ることは難しい。

上の三人の文献学者に関して、ゼノドトスとアリストファネスは注解(ヒュポムネマ)を書かなかったが、アリスタルコスは書いたという違いがある。前者の二人にとって、記号は校訂作業のみと関わっており、彼らの版(エクドシス)においてそれらの意味は明らかなので、個別の注解は必要なかった。一方で、アリスタルコスは、校訂版に加えて注解を書いた最初のアレクサンドリア文献学者であった。H. Erbseによると、校訂版と注解の関係は、校訂版が文献学と釈義の予備的なテクストであるのに対し、注解こそが真の文献学的な仕事だという。それを受けて、R. Pfeifferは、校訂記号が校訂版と注解をつなぐものだと考えた。すなわち、アリスタルコスは校訂版の本文のコメントしたい箇所に校訂記号を書き入れておき、別個の注解において、その記号と本文の短い引用から、対応するコメントを探すことができるようにしたのである。

ただし、こうした写本が実際に見つかっているわけではなく、これはあくまで推測である。この推測に資する証拠としては、P.Oxy. 1086やP.Hawaraがある。ただし、これらのパピルスにおける校訂記号の解釈は極めて難しい。とりわけディプレーは幅広いトピックをカバーするので、対応する注解なしには意味を取ることができない。

校訂版プラス注解システム(The ekdosis-hypomnema system)というアリスタルコスの文献学の方法論は、当時としては確かに革新的であり、ゼノドトスやアリストファネスのそれを改良したものであった。しかしながら、それがうまく機能するためには、読者が両方のテクストにアクセスしなければならない。校訂版に書かれた記号は、それ自体が何かを説明してくれるわけではない。むろん多くの読者にとっては、校訂版の正確なテクストだけで十分ではあったかもしれない。その証拠に、しばしば校訂記号は写字生から無視された。

以上のようなアレクサンドリア文献学のシステムを、オリゲネスは聖書の校訂に取り入れた。ただし、彼はオベロスとアステリスコスだけにしか使っていないと述べている。『マタイ福音書注解』15.14において、彼はオベロスを「ヘブライ語版にはない部分」を表すしるしと説明している。七十人訳上に書かれたオベロスが「ヘブライ語にはない部分(=七十人訳にはある部分)」を表しているということは、それはヘブライ語テクストから見れば、余分な箇所すなわちプラスということになる。このように、オリゲネスはヘブライ語テクストに基づいて七十人訳を矯正しているのである。

『マタイ福音書注解』において、オリゲネスは、アステリスコスを「七十人訳にはないので、ヘブライ語と一致する他の版から取ってきたもの」を表すしるしと説明している。アステリスコスに関して、オリゲネスは、ヘブライ語テクストに近いアクィラ、シュンマコス、テオドティオンの諸訳を、七十人訳における欠落の補足として用いている。ここから、記号が付いたオリゲネス版の七十人訳は、明らかにもともとの七十人訳とは異なったテクストになり、ある意味では「長くされた七十人訳(enlarged LXX)」とでも言える。七十人訳上に書かれたアステリスコスが「ヘブライ語にはある部分(=七十人訳にはない部分)」を表しているということは、それはヘブライ語テクストから見れば、不足している箇所すなわちマイナスということになる。

では、なぜオリゲネスはオベロスとアステリスコスだけを用いたのか。彼自身はその理由を語っていない。論文著者の見解では、それはこれら2つの記号のみが曖昧でなく、注解がなくても理解可能だからである。これに対し、たとえばディプレーは、その箇所がなぜ注目されるのかを、注解なしに説明することはできない。つまり、オリゲネスが意味の明らかな2つの記号だけを用いたのは、彼の版は最初から注解を伴わないものだったからだと言える。そこから、オリゲネスは、校訂版プラス注解システムのアリスタルコスではなく、校訂版のみのゼノドトスおよびアリストファネスから、自身のシステムを採用したと考えられる。

ただし、注意すべきは、オリゲネスがディプレーを無視したからといって、彼が注解そのものに関心がなかったと考えるべきではないということである。むしろ事実は逆で、彼は文献批評も含めた浩瀚な注解書をものしている。しかし、そうした注解でオリゲネスは校訂記号には言及しない。上の例の『マタイ福音書注解』での言及は、当該箇所の注解とは関係ないところでのものである。つまり、彼は注解と記号をリンクさせない。彼の記号の使用は、厳格に校訂作業のときに限られている。

オリゲネスの記号が書かれたのはどのテクストかについて、研究者の中には、それは『ヘクサプラ』上だったと考える者もいる(P. Nautin, B. Neuschaefer, J. Schaper)。しかし、論文著者の見解としては、ヘブライ語テクストと七十人訳の異同は、それぞれのテクストが載っている『ヘクサプラ』上では明らかなのだから、わざわざ七十人訳に記号を付す必要はない。むしろ異同の情報が必要なのは、「長くされた七十人訳」だけを読んでいるときである。つまり、比較対象が手元にないから、目の前のテクストに異同の情報があると便利なのである。これは、エウセビオス、ヒエロニュムス、ルフィヌスらの証言とも一致する。彼らは『ヘクサプラ』に言及するときに、記号のことは触れていない。さらに、カイロ・ゲニザ・パリンプセスト(7世紀)やメルカーティ・パリンプセスト(9-10世紀)といった『ヘクサプラ』の断片にも記号はない。逆に、マルカリアヌス写本(6世紀)やコルベルト=サラウィアヌス写本(5世紀)といった記号を含む写本には、ギリシア語テクストのみが書かれている。以上より、論文著者は、記号は『ヘクサプラ』には書かれておらず、オリゲネスによって再構成されたギリシア語テクストの「長くされた七十人訳」に書かれていたと結論付ける。

オリゲネスはアレクサンドリアの本文批評の方法論を熟知していた。しかしながら、彼の記号の使用や釈義法は、校訂版と注解を結びつけて考えるアリスタルコスのそれには反している。オリゲネスは、最も曖昧さのない記号を選び、曖昧なディプレーを排除することで、アリスタルコスが発展させたアレクサンドリアの本文批評システムをさらに改良した。オリゲネスの版におけるオベロスとアステリスコスは、校訂者の判断による疑わしさといった恣意的な問題ではなく、テクストの付加や不足といった事実を表している点で意味が明確である。オリゲネスの記号は別個の注解を必要とすることなしに、読者に意味を伝えることができる点で、経済的でもある。これは、アリスタルコスの読者が本文批評の専門家だったのに対し、オリゲネスは読者としてすべてのキリスト者を念頭に置いていたがゆえの違いである。

関連記事

0 件のコメント:

コメントを投稿