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2018年8月20日月曜日

グレンフェル・パピルスとオリゲネス『ヘクサプラ』 Schironi, "P.Grenf. 1.5, Origen, and the Scriptorium of Caesarea"

  • Francesca Schironi, "P.Grenf. 1.5, Origen, and the Scriptorium of Caesarea," Bulletin of the American Society of Papyrologists 52 (2015): 181-223.

本論文は、1896年にB.P. Grenfellによって出版されたP.Grenf. 1.5(=グレンフェル・パピルス、オックスフォード)に保存されているエゼキエル書5:12-6:3の断片をもとに、オリゲネスの『ヘクサプラ』の姿を再構成することを試みている。このパピルスはオリゲネスが生きていた時代にとても近い時代に作成されたため、オリゲネスの七十人訳ではどのように校訂記号が用いられていたかの重要な証言となる。

グレンフェル・パピルス。この14センチ×10.7センチの大きさのパピルス断片は、コーデックスの上部分である。だいたい一行に24から25文字書かれた一つの欄から成っている。おそらくもともとは14センチ×14-15センチの正方形のコーデックスだったと思われる。成立時期の推定は古文書学的な鑑定から、後3世紀の終わりから4世紀の始めくらいと考えられる。

パピルスと校訂記号。このパピルスにはアステリスコス記号によって示された付加部分がある。その付加部分は、ヘブライ語テクストから校訂記号に関するオリゲネスの説明は、『マタイ福音書注解』15.14と『アフリカヌスへの手紙』に見られる。オリゲネスの記号は、アレクサンドリア文献学のシステムとは異なり、オベロス記号(七十人訳にはあるがヘブライ語テクストにはない箇所)とアステリスコス記号(七十人訳にはないがヘブライ語テクストにはある箇所)のみである。つまり、このパピルスは2つのテクストの量的な違いのみに関心を示しており、一方でヘブライ語テクストからの異読には関心を示さない。

『ヘクサプラ』。研究者の中には、校訂記号が『ヘクサプラ』の中で用いられていたとする者たち(Swete, Field, Brock, Nautin, Metzger, Neuschaefer, Ulrich, Schaper, Law)と、七十人訳単独のテクストの中で用いられていたとする者たち(Devreesse, Kahle, Jellicoe, Grafton-Williams)がいる。写本上の証拠が支持するのは、後者の見解である。『ヘクサプラ』の写本としては、カイロ・ゲニザ写本(7世紀)とメルカーティ写本(9-10世紀)があるが、共に校訂記号は付されていない。一方で、七十人訳テクストのみのコルベルト=サラウィアヌス写本(G、4-5世紀)やマルカリアヌス写本(Q、6世紀)、さらにはシリア語訳七十人訳であるシロ・ヘクサプラのアンブロシアヌス写本(8世紀)には校訂記号が付されている。これは考えてみれば当然で、共観聖書であればテクスト間の違いはそれぞれのテクストを比較すればいいだけなので、校訂記号は必要ないはずである。ここから、校訂記号なしの『ヘクサプラ』テクストと、他のギリシア語訳から欠損部分を付加して校訂記号を付した改訂版七十人訳テクストの2種類があったことが分かる。

改訂版七十人訳。校訂記号ありの改訂版七十人訳は、大部すぎて使いづらい『ヘクサプラ』をパンフィロスとその弟子エウセビオスが後代に縮約した版と考えられる。このことは、シナイ写本やマルカリアヌス写本(Q)の署名欄などを見ると明らかである。ただし、グレンフェル・パピルスは少し異なっている。

グレンフェル・パピルスとマルカリアヌス写本。両者は同じ部分のテクストを持っている。比較すると、第一に、パピルスが七十人訳から逸脱している部分をQも持っている。Qではアステリスコス記号と共に、そうした付加がどのギリシア語訳から来たものなのかを示す記号もついていて、その大部分はテオドティオンから来ている。第二に、Qは七十人訳にもパピルスにもない付加部分を持っている。こうした部分にはアステリスコス記号はあるが、ギリシア語訳を示すしるしはない。第三に、Qはパピルスでは欠損している部分のテクストも持っている。

パピルスとQにおける校訂記号。共に七十人訳へのヘブライ語テクストからの付加を意味する記号としてアステリスコス記号を用いているが、Qはそれ以外に、テクストの逆転をはじめとする何らかのテクストの異常もアステリスコス記号で表している。つまり、Qはオリゲネスの校訂記号のシステムから逸脱している(アレクサンドリア文献学では、逆転を示すのにアンティシグマを用いた)。パピルスと比べると、Qはヘブライ語テクストにはない箇所を示すオベロス記号もしばしば欠いているが、これはヘブライ語テクストそのものに関心がなかったからであろう。いずれにせよ、パピルスの方がオリゲネスの校訂記号システムに近い。

改訂版七十人訳における校訂記号の位置。パピルスを観察すると、裏面でアステリスコス記号が文中にあるとき、同じ行の欄外にも記号が付されている。しかし表面では文中のみで欄外にはない。一方で、Qでは多くの場合文中と欄外の両方に記号がある。またQでは、文中の付加部分の終わりの語のところにセミコロンのような記号がある(メトベロス記号ではない)。

もともとアレクサンドリア文献学の伝統では、校訂記号は左欄外にのみ書かれていた。そしてたとえばオベロス記号が欄外に書かれていたら、その行の一部ではなくすべてが疑わしいので削除されるべきだという理解を意味した。アステリスコス記号であれば、作品の別の箇所でその行の全体が繰り返されていることを意味した。何か校訂者の関心を引いたことを示すディプレーやディプレー・ペリエスティグメネーといったアリスタルコスの記号は欄外に書かれているが、その記号が示す問題点の内容は、別個に作成された注解に書かれている(校訂版+注解システム)。

オリゲネスは、このようなアレクサンドリア文献学の伝統とは違う状況にあった。彼の校訂記号は注解ぬきの校訂版に付されており、また扱っている対象が韻文ではなく散文である。散文は、韻文のように分かりやすい意味のユニットになっていない。それゆえに、欄外に記号を書くだけでは不十分なのである。いわば、欄外の記号は「古典的な」方法で、文中の記号は「キリスト教的発明」であった。そこから論文著者は、読者にとって最も便利な方法は次のようなものだと考えた。
  1. 文中の欠落/付加の始まりにオベロス/アステリスコス記号をつける。
  2. 欠落/付加を含むすべての行の欄外にオベロス/アステリスコス記号をつける。
  3. 文中の欠落/付加の終わりにオベロス/アステリスコス記号をつける。
ただし、グレンフェル・パピルスでは終わり部分の記号はなく、後代の七十人訳写本ではコロン、マレット、セミコロンなどさまざまな記号が使われており、他の2つの記号ほど伝統的なものでなかったようである。ここから、終わり部分に記号をつけることはオリゲネス自身のシステムではなかったと考えられる。

パピルスとオリゲネスの改訂聖書。論文著者は、校訂記号つきの改訂版七十人訳はパンフィロスやエウセビオスだけではなく、オリゲネス自身によっても作成されたものだったに違いないと主張する。これはヒエロニュムスの証言と一致する見解である。オリゲネスの校訂記号つき改訂版七十人訳は、『ヘクサプラ』の縮約版ではなく、それ自体独立した成果だった(一方で『テトラプラ』は『ヘクサプラ』の最初の版と思われる)。オリゲネスは聖書釈義を扱う著作では別の版を用いており、校訂記号にも触れないが、それはそこでは聖書本文の比較をしているわけではなく、神学的な意図があったからであろう。

結論。『ヘクサプラ』は初歩段階の写本のよせあつめのような作品であって、そこから改訂版七十人訳のような「校訂版」を作ることこそがオリゲネス本来の目的だった。そしてそれは、ユダヤ人との議論においてキリスト教信仰を擁護するという護教的な意図から出た企画だった。Brockが指摘するように、『ヘクサプラ』も改訂版七十人訳も現代的な意味で「真の」校訂版ではなく、やはり護教的なものだったといえる。オリゲネスは、その目的のために七十人訳テクストを「いやす」ことを目指したのであって、決して聖書の「原典」テクストに戻ろうとしたわけではない。

オリゲネスと近い時代に作成されたグレンフェル・パピルスは、こうした意図を反映した彼の校訂システムを保存している。このパピルスは、オリゲネスがいたパレスティナから離れたエジプトで作成されたものであるので、かなり早い時代からこうした改訂版七十人訳が出回っていたことが分かる。そしてそれは、やはり校訂記号を含んでいるシリア語の『シロ・ヘクサプラ』(テラのパウルス編集)にも影響を与えた。

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