2014年11月9日日曜日

祭司エレアザル、七人の兄弟とその母親の殉教 Van Henten and Avemarie, "Martyrdom and Noble Death"

  • Jan Willem van Henten and Friedrich Avemarie, Martyrdom and Noble Death: Selected Texts from Graeco-Roman, Jewish and Christian Antiquity (London: Routledge, 2002), 42-77, 132-51.
Martyrdom and Noble Death: Selected Texts from Graeco-Roman, Jewish and Christian Antiquity (The Context of Early Christianity)Martyrdom and Noble Death: Selected Texts from Graeco-Roman, Jewish and Christian Antiquity (The Context of Early Christianity)
Friedrich Avemarie Jan Willem van Henten

Routledge 2002-05
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本書の第二章Noble Death in Early Jewish Sourcesと第四章Martyrdom and Noble Death in the Rabbinic Traditionの、第四マカバイ記の殉教物語と関係する箇所を読みました。前者ではダニエル書3章および6章、第二マカバイ記、第四マカバイ記、フィロン、ヨセフスなどが扱われ、後者ではタルムードや各種ミドラッシュなどのラビ文学が扱われている。

二マカは、アンティオコス4世、アンティオコス5世、デメトリオス1世の治世(前175-前150年)の歴史を網羅しているが、実際に書かれたのは前124年頃と考えられている。内容としては、ハヌカーのもとになったキスレヴ月の新しい祭りへの参加を招く二つの手紙(1:1-2:18)と、ユダヤ解放の歴史(3-15章)とから構成されているが、後者の中にはエレアザル(6:18-31)、母親と七人の兄弟(7章)、そしてラジスの自殺(14:37-46)と、アンティオコス4世のもとで起きた3つの殉教物語が含まれている。前者二つの殉教物語においては、逮捕や尋問の過程ではなく、殉教者と王との対立に焦点が絞られている。加えて、二マカにおいてはエルサレムの神殿がきわめて重要なものとして描かれる。興味深い点を以下列挙:
  • 二マカ6:30におけるエレアザルの台詞「聖なる知識を持っておられる主は、すべてのことを見通しておられる。私は死を逃れることもできたが、鞭打たれ、耐え難い苦痛を肉体で味わっている。しかし、心では、主を畏れ、むしろそれを喜んで耐えているのだ」は、箴1:7, 9:10などの知恵文学の影響を受けていると考えられる。
  • 二マカ7:8「父祖の言葉」はアラム語かヘブライ語か不明だが、この表現は、兄弟たちの殉教が宗教的な観点からなされたものである一方で、ユダヤ民族の一員として死ぬというユダヤ的なアイデンティティからなされたものであることを示す。
  • 二マカ7:21「彼女は、息子たち一人一人に父祖たちの言葉で慰めを与え、女の心情を男の勇気で奮い立たせながら、彼らに言った」は、通常こういった文学で男性に帰せられる勇気や徳あ女性に帰せられるようになった例。のちに初期キリスト教文学に引き継がれる。四マカではこの点がより強調される。
  • 二マカ7:41「最後に、子供たちの母親も死んだ」と、母親の死が極めてシンプルに描かれているが、四マカでは彼女の神への賛美を長く付け加えている(四マカ14:11-16:25)。
四マカは、敬虔な理性の自律に関する哲学的な論文と、二マカで描かれたマカバイの殉教者たちの称賛とから構成される。こちらでは、二マカよりも母親に対する比重が重くなっている。かつては別々の資料を編者が再構成した書物と考えられていたが、語彙やスタイルの共通性から、ひとつながりの文書と考えられている。ただし、二マカをソースとして用いているのは明らかである。四マカは、アレクサンドリアかアンティオキアで、1世紀後半から2世紀初頭に書かれたディアスポラの書物で、ユダヤやエルサレム神殿に対するこだわりは見られない。また、哲学的な議論とそれを証明する具体例(アポデイクシス)こそが主題であるので、二マカで出てきたユダ・マカバイの軍事的な戦争は出てこない。哲学的には、当時のさまざまな哲学を参照しているが、最終的には、エウセベイアを基礎とした情念支配論といった、哲学としてのユダヤ教を押し出している。

ラビ文学においては、殉教物語はあまり多く残されていない。これはラビ文学において殉教が重要なポイントでなかったからではなく、ラビ文学は殉教というしゅだいに関して、個人のケースや歴史的な事柄よりも、その神学的な意味や倫理に照準を合わせていたからと考えられる。二マカおよび四マカに残されている母親と七人の兄弟の殉教物語に相当するエピソードは、『哀歌ラバー』1.16(およびその変形として、『バビロニア・タルムード』「ギッティン57b」、『プスィクタ・ラバティ』43)にある。二マカと哀歌ラバーとは、物語の語りにおいて、エレアザルに対する王の配慮、殉教者自身の罪意識、母親から末子への助言、母親による子供へのいたわりの描写、拷問器具としてのフライパンの使用などといった点が共通している。四マカと哀歌ラバーとは、殉教者をアブラハムおよびイサクと比較する点、末子と母親の描写を重視するが共通している(哀歌ラバーによると、末子の年齢は、6歳と半年と2時間だという)。一方で哀歌ラバーだけに見られる特徴としては、一神教意識が色濃いこと、そして未来における報い(迫害者に対する否定的な報いと殉教者に対する肯定的な報いの両方)の意識が薄いことが挙げられる。

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