2011年11月15日火曜日

4言語の男?ヒエロニュムスとシリア語


  • D. King, "Vir Quadrilinguis? Syriac in Jerome and Jerome in Syriac," in Jerome of Stridon: His Life, Writings and Legacy, ed. A. Cain and J. Lössl (Farnham: Ashgate, 2009), 209-23.

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ヒエロニュムスとシリア語との関係について論じた論文を読みました。著者のDaniel Kingはウエールズのカーディフ大学でシリア学とセム語学を教えている人のようです。この論文は、副題にあるように、ヒエロニュムスのシリア語能力はどのようなものだったのか(Syriac in Jerome)、そしてシリア語の伝承文学においてヒエロニュムスがどのように受容されてきたか(Jerome in Syriac)を検証しています。


この論文でいうところの「シリア語」とは、ヒエロニュムス当時ベツレヘム周辺で話されていた「パレスチナ・アラム語」のことを指します。ヒエロニュムスがこの言語を学んでいたことは、シリアの砂漠やベツレヘムに住んでいたときの証言、またダニエル書やエズラ記などアラム語で書かれた聖書の翻訳のための必要性などから明らかです。しかしKingによると、ヒエロニュムスのシリア語学習のモチベーションは、何といっても語学力の誇示であったようです。ヒエロニュムスはヘブライ語、ギリシア語、ラテン語ができることから、自らを「3言語の男」(Vir trilinguis)と称して誇っていましたが、それに加えてシリア語もできるということは、単にマイナー言語を習得したということだけでなく、残忍なサラセン人や砂漠の野獣が住む過酷なシリア砂漠を生き抜いたタフネスをも証明してくれるので、なおさら習得すること(あるいは習得したと喧伝すること)の見返りが大きかったと言えます。

ヒエロニュムスは著作の中で、sed syrum estとかsyrum est, non hebraeumとか前置きを置いて、しばしばシリア語を引いて語源的な説明しています。ここで問題となるのが、別のところで彼がよく使うChaldaeusという言葉との関係です。カルデア語はアラム語と同一視され、アラム語はシリア語と同一視されるわけですが、ではカルデア語はシリア語と同じなのでしょうか。用語として、「カルデア語」「アラム語」「シリア語」が混乱しています。Kingによると、どうやらヒエロニュムスはこれらを区別して、「カルデア語」がバビロニアの宮廷言語を指すのに対し、「アラム語=シリア語」は外国語からの借用語を含む乱雑な言語を指すと考えていたようです。なおかつ後者を表すのに彼自身は「アラム語」という言葉を使わず、常に「シリア語」という用語を用いました。Kingの説が本当に正しいのか確証はありませんが、ヒエロニュムスの著作を読むときには一つのポイントになるでしょう。

さて、私自身の関心はここまでのSyriac in Jeromeの方にありますが、この論文自体の本領は、むしろ後半のJerome in Syriacの方で発揮されているのかもしれません(おそらくKingの専門はこちら)。6世紀から7世紀の聖人伝アンソロジーの写本には著者紹介のような欄がついているようですが、そういったところにヒエロニュムスは登場してきます。これはアラビア語圏でも同様で、アラビア語に訳された聖人伝などでも、その著者としてヒエロニュムスが挙げられています。こうした聖人伝のうちでも、Historia Monachorumなどについては、7世紀の東方シリア教会のヘナニーショがヒエロニュムスの著者性を疑問視していますが、基本的にシリア世界でのヒエロニュムス評価は、何にもまして聖人伝の作家だったようです。

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