2015年10月17日土曜日

ヘカタイオスとストラボン(およびポセイドニオス) Gager, "Moses the Wise Lawgiver of the Jews"

  • John G. Gager, Moses in Greco-Roman Paganism (SBLMS 16; Nashville: Abingdon Press, 1972), pp. 25-43.
Moses in Greco-roman PaganismMoses in Greco-roman Paganism
John G. Gager

Society of Biblical Literature 1972-01-30
売り上げランキング : 1289773

Amazonで詳しく見る by G-Tools

異教のギリシア文学におけるモーセへの最初の言及は、アブデラのヘカタイオス(前300年頃)『エジプト史』においてである。『エジプト史』はシケリアのディオドロス(前1世紀)『歴史叢書』の中に引用され、さらにそれがフォティオス『図書総覧』の中に引用されて残っている。

冒頭では、すべての外国人がエジプトから追放された出来事に触れている。これはギリシア的な視点から書かれているが、卓越したエジプト人たちに対する、ギリシア人とユダヤ人という描き方になっている。といっても、モーセに対しては特別の敬意が払われており、他のエジプトの法制定者に対するのと同じ敬称が付されている。

引用者であるディオドロスは別の箇所において、非エジプト人の法制定者たちのリストを挙げ、最後に神「Iao」に使えるモーセを挙げている。ユダヤ人の神をIaoと呼ぶのは、ウァッロー(前27年死去)などにも見られるが、前6-5世紀のエレファンティネのパピルスにも同様の表現が見られるので、ディオドロスのみならず、ヘカタイオスもこの神の名を知っていた可能性もある。

ヘカタイオスはモーセの立法上の活動を説明している。その律法は宗教的なものと社会的なものに分かれるが、いずれもギリシア的なモデルに従って説明されている。たとえば、モーセの偶像禁止は、ギリシア哲学における伝統的な神人同型説の否定および同一化に由来するものとなる。

ヘカタイオスの説明の中には、五書からの引用と思しき一節があるが、ヘカタイオスの時代に完全なギリシア語訳聖書は存在しなかったので、おそらくアレクサンドリアにおけるユダヤ人から口頭で伝わってきたものを、彼がパラフレーズしたと考えられる。

ヘカタイオスはモーセが12部族を分けたと述べている。これはむろん聖書の記述とは矛盾するが、フィロンも同様の説明をしている。プラトンは、『法律』において、法制定者が人々に12の部分を割り当てるべきであるという説明をしているため、ヘカタイオスもフィロンも、哲学的なギリシアの法制定者のイメージをモーセに付しているといえる。

ヘカタイオスの説明においては、土地の割り当ては平等になされるべきだが、祭司たちは特別に他の人々よりも多くの割り当てをもらうことになっている。これも聖書の記述とは矛盾するが、ヘカタイオスはギリシア人の考え方に従って、リーダーは些事にわずらわされるべきでないということと、市民は法に守られるということをここで示しているのである。また、そうして得た土地は勝手に売ってはいけないことが述べられているが、これは貧者の救済と人口レベルの維持を目的としたものだった。特に人口のコントロールはギリシア哲学の課題であった。

ヘカタイオスの説明は概してユダヤ人に対して肯定的なものだが、二か所だけ否定的にも取れる箇所がある。それは、ユダヤの儀礼と文明が「異なっている(exellagmenos)」という説明と、彼らの文化は「外国人に対して非社会的で敵対的である(apanthropos tis kai misoxenos)」という説明である。しかし論文著者によれば、ディオドロスの他の箇所での「異なっている」という言葉の使い方から、この語は必ずしも否定的とはいえないし、また当時の民俗誌学的な作家の常として、thaumasiaとnomina barbarikaに関するセクションを入れるものだったのだという。

いうなれば、ヘカタイオスによるユダヤ人の描写は、ヘレニズム民俗誌学の典型とえるものである。さらにいえば、ヘロドロス以前のイオニア民俗誌学から受け継いだ伝統的な要素と、ヘレニズム期特有の要素との融合である。前者は特に、①神理解と犠牲の実践を含む「宗教的な法(religious laws)」、②結婚の慣習などを含む「普通でない慣習(unusual customs)」、そして③埋葬方法などに強い関心を持つ。一方で、後者はアリストテレスや逍遥学派の影響下で、政治制度への関心を強め、さらにさまざまな人々の歴史的な起源や、外国人の特異性に関心を持つ。

ストラボンの『地理誌』16巻におけるユダヤ人の描写は、ポセイドニオスに帰されることが多い。この中で、ユダヤ人はエジプト人の子孫であるとの説明があるが、これはよく言われていた説であり、ストラボンはあえてそれを選択しているように思われる。リュシマコスやアピオーンは、ユダヤ人の出エジプトを、疫病に罹患したエジプト人が追い出された物語であると説明しているので、ストラボンの説明は、ある意味ではこうした反ユダヤ的説明の一解釈であるともいえる。

こうした経緯から、モーセもまたエジプト人の祭司であったということになる。これはマネトンやアピオーンらによっても述べられていた見解である。つまり、モーセはヘリオポリスの地元の祭司として知られたエジプト人であるという説は、ストラボン以前の少なくとも前1世紀にはあったのである。

ストラボンはユダヤ教の神を説明するに際して、2つの要素を挙げている:第一に、神は天や地を含む我々すべてを含む一者である。第二に、神は我々が言うところの点や地や自然(フュシス)である。第一の説明はヘカタイオスにも見られるものだったが、第二の説明は明らかにストア派的な言説である。またヘカタイオスは、モーセによる偶像禁止の理由を、神は人間と同じ形をしているわけではないことから説明したが、ストラボンは、エジプト人の神獣同型説とギリシア人の神人同型説との両方の否定だと説明している。これはギリシアの伝統的な批判の方法でもあった。

ストラボンはモーセを神学者としてのみならず、影響力のある教師としても描いている。そこでモーセは軍事ではなく、神殿や祭儀に関する法を定める者となる。神殿祭儀の法においては、神はただ贅沢な犠牲では喜ばないというピタゴラス派のアイデアが入っている。モーセの軍事行動にも注目したヘカタイオスと異なり、ストラボンのモーセは自身の制度や外交手腕によって物事をさばいている人物という印象である。さらにいえば、ストラボンはヘカタイオスよりも、モーセの宗教指導者としての側面に注目しているのである。そしてそれを自身のストア派哲学のイメージの中で説明するという手法を取っている。

0 件のコメント:

コメントを投稿