2015年10月14日水曜日

ギリシア人から見たユダヤ人 Bickerman, "The Greeks Discover the Jews"

  • Elias J. Bickerman, "The Greeks Discover the Jews," in idem, Jews in the Greek Age (Cambridge, Mass.: Harvard University Press, 1988), 13-19.
The Jews in the Greek AgeThe Jews in the Greek Age
Elias Bickerman

Harvard University Press 1990-09-01
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著者は本章の中で、ギリシアの知識人たちがどのようにユダヤ人に言及してきたかを確認している。アレクサンドロスの遠征の前に、エルサレムやユダヤ地方のユダヤ人にギリシア人が関心を持つことはなかった。当然、ペルシア時代におけるディアスポラのユダヤ人と、商業上の取引はあったにせよ、国際語としてのアラム語を話すユダヤ人は、ギリシア人にとってはバビロニア人の一種にすぎなかったのである:
The uniformity of Aramaic, the common language of the Persian Empire, concealed national distinctions; to a Greek visitor both the Jew and the Turkoman in Mesopotamia were equally Babylonian. (p.14)
ちなみにユダヤ人に限らず、ギリシア人によるローマへの言及もかなりあとになってからのテオポンポスの出現を待たなければならなかった。ギリシアのギリシア人がローマに興味を持つようになったのは、エピルスの王ピュルスとローマとの戦い(280-272 BCE)になってからのことだった。アリストテレスの弟子であるテオフラストスも、ローマ法にもユダヤ人の律法にも触れていない(が、ユダヤ人の宗教には言及している)。

その後、フィリッポスやアレクサンドロスらに脅かされたことで、ギリシアで静的な生活こそ至上であるという考え方が広まると、オリエントの祭司的な知恵に代表される静的な生活と、常に変転するギリシアの理論とを比較する気運が生まれていた。そうした中で、タレントゥムのアリストクセノスはソクラテスとインドの賢者との対話を、ソリのクレアルコスはアリストテレスとユダヤ人の賢者との対話を残している。

テオフラストスは、『敬虔さについて』の中で、ユダヤ人を「哲学的」な民であると描写しているが、こうした哲学者としてのユダヤ人という見方は、クレアルコスやメガステネスらにも見られる。前者はシリアにおいて哲学者はユダヤ人と呼ばれていると述べ、後者はギリシアの賢者たちの理論はインド人やシリアのユダヤ人にすでに見られるものだったと述べている。つまり、ギリシア人は形而上学と神学とを区別せず、エジプトの祭司、ペルシアのマギ、ケルトのドルイドなどを自分たちの賢者と比較しているのである。

ギリシア人が本当の意味でユダヤ人のことを知るようになったのは、ディアスポラが大きくなってからのことで、それはアブデラのヘカタイオスの記述に集約されている。彼の記述は三世紀後のディオドロスや、ユダヤ人自身にさえ権威あるものとして引用されている。彼はエジプトで会ったユダヤ人の情報提供者から話を聞いて著述しているが、しばしば情報を勘違いしたり、説明を自身の哲学的な観点に合わせたりもしている。彼はユダヤ人が「非社会的かつ、他民族に敵対的である」と述べているが、これはギリシア人がスパルタのことを説明するときと似ている。

ヘカタイオスのあと、前300年くらいになると、ふたたびギリシア人はユダヤ人に対する興味を失う。カルディアのヒエロニュモスもエラトステネスもユダヤ人に言及していない。ところでカルディアのヒエロニュモスって、『ヒストリエ』のエウメネスのお兄ちゃんのことかしらん。

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