2012年1月11日水曜日

ギリシア語からのラテン語翻訳2000年小史



ギリシア語からラテン語の翻訳史をまとめた論文を読みました。2000年に渡る歴史を20頁弱で語ろうというわけですから、もちろんかなり駆け足ですが、通史としてさらっと読むのに適した論文です。リンクから全文を読むことができるので、ご興味ある方は御参照ください。


著者は翻訳史の時代区分を7つに分けています。①前3世紀ローマ(リーウィウス・アンドロニークスの『オデュッセイア』翻訳)、②前2世紀-後3世紀ローマ(キケロー、マティウス、ニンニウス・クラッススなど)、③4世紀-6世紀の教父時代(ルフィヌス、ヒエロニュムス、ボエティウスなど)、④暗黒時代-12世紀(ディオニュシオス、スコットのジョンなど)、⑤12世紀-13世紀のアラビア語経由のアリストテレス翻訳、⑥14世紀-15世紀のイタリア・ルネサンス(ペトラルカ、ピラトゥスなど)、⑦16世紀-18世紀の近代翻訳(ヴィクトリウス、ステファヌス、エラスムスなど)。

個人的に興味を持っている時代を説明した①-③は、簡潔で分かりやすかったです(少々物足りないですが)。ローマの知識人は、そもそもギリシア文学の翻訳をほとんど必要としていませんでした(ここでの「翻訳」とは、改作や翻案を含まない、本来的な意味での翻訳です)。なぜならローマの知識人は十分にギリシア語に精通していたため、別にわざわざラテン語訳する必要がなかったのです。確かに、マティウスやニンニウス・クラッススは『イーリアス』の翻訳を作っていますし、とりわけキケローによる、アイスキネースとデーモステネースの弁論の翻訳はよく知られていますが、ローマの翻訳は概してパラフレーズに偏っていました。著者はこうしたローマ時代の翻訳を、Imitation was constant, paraphrase frequent, genuine translation rare (p. 119)と評しています。また、Rome derived her intellectual life from Greece, and from Greece alone (p. 117)という指摘は、当然のことのようにも思いますが、大事な指摘です。教父時代になると、基本的にローマ時代とさほど変わらぬパラフレーズが続けられましたが、神学的な論争のために、文言の正確さが要求されるようにもなっていました。しかし、ギリシア語の知識の低下は否めず、ヒエロニュムスの翻訳論に代表されるように、理論は整っても、実践が伴うことはなかったようです。

以降の翻訳史の中では、個人的に、アリストテレスの著作がシリア経由でアラビア語から翻訳されていたことを説明している部分を興味深く読みました。このことについては、日本語で思いつく参考図書として次の一冊があります。

ギリシア思想とアラビア文化―初期アッバース朝の翻訳運動ギリシア思想とアラビア文化―初期アッバース朝の翻訳運動
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2 件のコメント:

  1. こんにちははじめまして。坂本邦暢というものです。いつも楽しく読ませていただいております。シリア語経由でのアリストテレス翻訳については、高橋英海「イスラームにおけるアリストテレス受容」(2011年)が、最新の研究成果を反映していてかつ日本語でよめる唯一の論考だと思います(情報列挙型なので読みづらいですが)。以下の本に収録されていますので、興味がおありでしたらぜひご一読を。http://www.amazon.co.jp/dp/4000282379/

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    1. はじめまして。こちらこそ貴ブログをいつも興味深く読ませていただいております。情報をいただきありがとうございます。高橋先生の論考をぜひ読もうと思います。まだ手に取ったことはなかったのですが、この『イスラーム哲学とキリスト教中世』シリーズ、実に豪華な執筆陣ですね。個人的には、「イスラーム」と「キリスト教中世」の問題を扱っていながら、「ユダヤ教」に関する論考が一篇しかないのがちょっと物足りない感じがするのですが。

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