2015年9月10日木曜日

ヘレニズム期の東と西 Jonas, "East and West in Hellenism"

  • H. Jonas, The Gnostic Religion (2nd ed.; Boston: Beacon Press, 1962), 3-27.
The Gnostic ReligionThe Gnostic Religion
Hans Jonas

Beacon Press 2001-01-16
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本書のイントロダクションはヘレニズム期の精神史を扱っている。興味を持ったところを抜き書き風にまとめておく。アレクサンドロス大王の東方遠征の際には、西はギリシアであり、東はオリエントであったが、ローマ帝国が台頭してからは、西はローマであり、東はオリエントを含むギリシアとなった。

西側におけるヘレニズムは、ポリスというローカルでナショナルな状況を、人間一般というコンセプトを獲得することで、コスモポリタンな状況へと変えていった。ロゴスに代表される理性主義は普遍主義へとつながるのである。この普遍性は、ギリシア人というものを、生まれや血筋ではなく、教育によって定義されるものに変えていった。ストア派の始祖ゼノンはフェニキア・キプロスの生まれであったが、ギリシア語を学んでその思想を形成した。コロニーでは文化的・言語的な同化がすすんだ。その後次第に、ヘレニズム的世俗文化は、内的な要求と同時にキリスト教への対抗として、異教的な宗教文化へと傾斜していった。プロティノス、ユリアノス、新プラトン主義、ミトラ教などである。こうした考察を受けて、Jonasはギリシア文化を4つに分ける。第一に、アレクサンドロス以前、第二に、アレクサンドロス以後(コスモポリタンな世俗文化の時代)、第三に、後期ヘレニズム(異教的な宗教文化)、そして第四に、ビザンツ期(ギリシアのキリスト教文化)である。

東側におけるヘレニズムでは、オリエントの役割が考察されるべきが、Jonasはオリエントを扱う困難さを説明する。第一に、ユダヤ文学以外の資料の不足、第二に、文化的な統一がされていないこと、そして第三に、汎ヘレニズム的な事柄とオリエントに特有の事柄との判別しがたさである。

アレクサンドロス以前のオリエントは、政治的な無感動と文化的な停滞(エジプトを除く)という特徴がある。これは、アッシリアやバビロニアによる、被征服民の移植などによって引き起こされた。ただし、そうしてさまざまな障害が取り除かれたことにより、宗教的なシンクレティズムが始まった。土着の宗教が抽象化され、神々が併合され、持ち運びのできるコスモポリタンな教えになっていった。このようにして、政治的な役割から分けられたことにより、ユダヤ的な一神教、バビロニア的な占星術、ペルシア的二元論のように、宗教における精神的・神学的な分野が発達した。

セレウコス朝およびプトレマイオス朝時代のオリエントは、雌伏の時代であった。オリエントそのものの声はあまり聞こえてこず、聞こえてくるとしたらギリシアを通した声のみであった。ヘレニズム化できるものは、コスモポリタン文化の上層面へと通過することができたが、それ以外のものは排除され、地下に潜伏していったのである。この潜伏には、ギリシア的価値観の専制による圧迫と、ギリシア的な概念を獲得して新たな表現を可能にした解放という、両方の意味があった。

この雌伏の時代を過ぎて、オリエントが再び表舞台に登場してくる。これには、オリエント自体の成熟と、西側が宗教的な変化の準備が整ったこととが関係している。オリエントの神話と、聖書的なアイデアと、ギリシア哲学の教えや用語とが混然一体となっていったのである。ヘレニズム・ユダヤ教の興隆、バビロニア占星術や魔術、そして秘儀的な儀式の流布、キリスト教の勃興、進ピタゴラス主義や新プラトン主義、そしてグノーシス運動の開花は皆、互いに関係している。特にグノーシスはこれらすべてのものに現れてくるのである。

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