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2014年1月24日金曜日

ミドラッシュとは何か? Stern, "Midrash"

  • David Stern, "Midrash," in Contemporary Jewish Religious Thought, ed. A.A. Cohen and P. Mendes-Flohr (New York: Free Press, 1987), pp. 613-20.
Contemporary Jewish Religious ThoughtContemporary Jewish Religious Thought
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ミドラッシュに関する概論を読みました。ミドラッシュとは、後1世紀のパレスティナにおいて、ラビたちによって鍛えられ、実践された聖書解釈の活動のことです。意味の広がりとしては、1)ラビたちによる聖書解釈法それ自体、2)聖書の節や語に関する個々の解釈、3)そうした解釈の集成としての文学、の3つが挙げられます。

聖書を解釈するという行為は、後代に書かれた聖書文書の中で、すでにあった文書に関して解釈することからすでに始まっていました。聖書コーパスがだいたい固まった後には、その翻訳(タルグム)、聖書物語の語り直し(偽フィロン)、そして黙示的な注解(死海文書)が続き、新約聖書の中ではイエス自身の生が、ある意味では旧約聖書のひとつの解釈として展開されました。ラビたちがミドラッシュの中で用いた解釈原理は「ミドット」と呼ばれ、Saul Liebermanはここにギリシア・ローマにおける法解釈の反映を見ています。

Sternによると、ミドラッシュの大きな特徴として4つ挙げられるそうです。
  1. ミドラッシュには一定のシステムはなく、論争的・護教論的な性質を持つ。
  2. ミドラッシュは聖書の大きなコンテクストではなく、ひとつの語、フレーズ、節といった小さな部分に注目する。J. Kugelはこうした性質を「The verse-centeredness of midrash」と呼んだ。このように聖書を断片化することで、それぞれまったく別の箇所から意外な繋がりを発見することができる。
  3. ミドラッシュは聖書中の問題ある箇所に注目する。語彙上の問題、物語の矛盾、不明な土地の名前や同定できない人物、シンタックスのぎこちなさなど、すべての問題がラビたちの関心事となる。同じ個所に関して複数の解釈がある場合、どの問題に着目するかによって、それぞれの解釈が矛盾し合うことすらある。
  4. ミドラッシュは極めて観念的(ideological)である。ラビたちは聖書に関する伝統的な解釈を大事にしながらも、躊躇なく自分たちの現実をそこに読み込んでいる。
さて、こうした特徴を持つミドラッシュは、主にラビたちが教えていた学院やシナゴーグで生み出されていき、次第に文書化されていきました。タナイーム集成(tannaitic collections)は、70年から220年までのラビたちの解釈を、3世紀後半から4世紀後半にかけて編纂していったものです。これは主に聖書の法的部分に関する解釈の集成です。一方、つづくアモライーム集成(midrashic collections of the amoraim)は、220年から5世紀末までのラビたちの解釈を、5世紀から8世紀にかけて編纂していったもので、内容的に、アガダー色が濃いものとなっています。アモライーム集成に納められたミドラッシュの方法はいわば古典的ともいえるもので、典型的な例としては、パラシャーの最初の節を次々と別の箇所とつなげていく「ペティフタ」と呼ばれる方法などがあります。しかしこうしたミドラッシュの隆盛も、11世紀のプシャット(聖書の字義通りの解釈)の台頭や、12~13世紀にかけてのカバラー運動の高まりによって、次第に衰退していきました。

ミドラッシュとは、いうなればラビたちの努力によって徐々に固まっていったプロセスそのものなのですが、近現代の研究史では、その背後にあるロジックを捉えようとする試みがなされてきました(Zeeb Wolf Einhorn, Leopold Zunz, Isaak Heinemann)。しかし、デリダのような思想家は、テクストの背後にある意味を探ろうとするような、ギリシア・キリスト教由来の西洋思想の解釈原理と異なり、ミドラッシュは、意味の可能性や複数性を含めて、テクストの言語の中にある意味をそのまま見ようとする、いわば西洋の論理へのオルタナティブだと再評価したのです。しかしはたして、こうしたミドラッシュの特徴とは、ミドラッシュそれ自体が持っている特徴なのか、それとも解釈対象である聖書の神聖性によって引き出された特徴なのかという問題が生じます。Sternとしては、どうやらその両方が共に正しいという結論に持っていっているように思えます。

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