2011年5月16日月曜日

クリュソストモス『マタイ講話』50.2 (1)

ブログを開設してみました。このブログでは、自分の勉強についてや、その合間にやっているギリシア語読書会についてメモを残していこうと思っています。

目下の研究対象がラテン教父であるため、ここのところずっとラテン語ばかり読んでいて、ギリシア語の勉強がおろそかになっていたので、ギリシア語読書会を始めました。

テキストは、肩慣らしのつもりで、
R. A. Whitacre, A Patristic Greek Reader, Peabody: Hendrickson, 2007.

A Patristic Greek ReaderA Patristic Greek Reader
Rodney A. Whitacre

Hendrickson Publishers 2007-09
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というギリシア教父の読本を使うことにしました。本書は、使徒教父からはじまって、ギリシア教父文学の最盛期(ユスティノス、アレクサンドリアのクレメンス、エウセビオス、ナジアンゾスのグレゴリオスなど)を経て、ビザンツ期の新神学者シメオンに至るまで、広範な教父たちを取り上げ、それぞれおいしいところを読んでいくという作りになっています。ギリシア語の単語も初学者向けにかなり親切に意味を載せてくれているので、ストレスなく読むことができます。

読書会では、最初にヨアンネス・クリュソストモス『マタイ講話Homiliae in Matthaeum』50.2-4(pp.167-74)を読むことにしました。ギリシア語原典の底本はPatrologia Graeca 58 , col.507-9です。クリュソストモスについて日本語で読める文献としては、次のようなものがあります。
 
・武藤慎一『聖書解釈としての詩歌と修辞:シリア教父エフライムとギリシア教父クリュソストモス』、教文館、2004年。

・――「宗教生活から生活宗教へ:4世紀シリア・キリスト教の転換」、『宗教研究』77巻2揖(2003年)、295-316頁。

『マタイ講話』50.2では、マタ8:27と14:32ff.の、イエスが湖の上を歩いたことに関する記事が取り上げられています。前者ではイエスが海を叱りつけて鎮め、それを周囲の人がただ驚いていたのに対し、後者ではイエスは叱りつけることなしに海を鎮め、かつ周囲の人に「神の子」と認められています。クリュソストモスはこれを人々の信仰の深まりのゆえであると説明するのです。近代の聖書学では資料に分けておしまいになってしまうようなこうした類似の記事も、古代教父はひとつながりの物語として読み、矛盾や描写の違いを話の流れに沿って解決しているのがわかります。

50.2 (PG 58, col.507の原文と私訳)


《そして彼らが船に乗ると、そのとき風が止んだ*1》〔マタ14:32〕。これより前では、彼らは次のように言いました。《この人は何て人だ、風も海も彼に従うなんて》〔マタ8:27〕。一方、こちらではそうは言っていません。いわく、《船にいる者たちがやってきて、彼を拝して言った、「本当にあなたは神の子です」》〔マタ14:33〕。あなたは*2、彼(イエス)がいかにして少しずつすべての者たちをより高みへと導いていたかを見ているでしょうか。というのも、海の上を歩くことや、他の者にこうせよと命じることや、また危険な状態にある者を救うことなどから〔14:28-30参照〕*3、信仰はついに大きなものとなっていたのです。先のところ(8:27)では彼は海を叱っていますが、今のところ(14:32)では叱っていません。それどころか、彼は自分の力を大いなるやり方で示したのです。それゆえに、彼らはこう言いさえしました。《本当にあなたは神の子です》。それでどうなったでしょうか。彼はこのことを言った者を叱ったでしょうか。むしろまったく逆に、彼は言われたことを確認し、大いなる権威をもって、近づいてきた者たちを癒したのです。先のときのようではありませんでした。いわく、《そして彼らは渡ってきて、ゲネサレトの地へやってきた。そしてその土地の人々は彼を認めて、その地方全体にふれまわった。彼らは彼のもとに、悪い状態の人々を皆つれてきた。彼らは彼の衣服の端に触れることを嘆願した。触れた者は誰もが癒された》〔マタ14:34-36〕。
〔つづく〕

*1 マタ14:32の引用
この引用は、Nestle-Alandの27版と比べると、かなり言い回しが異なっています。他の引用は原文と近いので、一概に記憶から引用していたとも言えません。しかし写字生が聖書原文に合わせて書き換えるという可能性もあるので、今のところクリュソストモスがどのように引用をしているのかはわかりません。

*2 「あなたは、彼(イエス)がいかにして…」
horaisは、2人称単数なので、この説教がだれか一人に向けて話されたものであることが示されています。実際には聴衆の前でしゃべっていても、あえて「あなた」とひとりひとりに語りかけているのかもしれません。

*3 「他の者にこうせよと命じることや、また危険な状態にある者を救うこと…」
ここでの内容は、明示されていませんが、マタ14:28-30のペトロに関することを述べていると思われます。つまり「他の者」(heteros)とはペトロのことなんですね。

4764272261聖書解釈としての詩歌と修辞―シリア教父エフライムとギリシア教父クリュソストモス
武藤 慎一
教文館 2004-02
by G-Tools

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