2016年12月8日木曜日

ゼノドトスと同時代の学者たち Pfeiffer, "Zenodotus and his Contemporaries"

  • Rudolf Pfeiffer, "Zenodotus and His Contemporaries," in History of Classical Scholarship: From the Beginnings to the End of the Hellenistic Age (Oxford: Clarendon Press, 1968), pp. 105-22.
History of Classical Scholarship: From the Beginning to the End of the Hellenistic Age (Oxford University Press academic monograph reprints)History of Classical Scholarship: From the Beginning to the End of the Hellenistic Age (Oxford University Press academic monograph reprints)
Rudolph Pfeiffer

Oxford Univ Pr (Sd) 1968-12-31
売り上げランキング : 1662417

Amazonで詳しく見る by G-Tools

アレクサンドリア図書館の最初の図書館員であるエフェソスのゼノドトスの仕事は、常に先駆者としての宿命から逃れられないものだった。彼よりあとの者と同じ基準で彼の仕事を評価することは、公平ではない。ゼノドトスは、ホメロスや他の叙事詩の最初の「校訂者(διορθωτής)」として、テクストを校訂・改訂した。そのプロセスは、収集されたテクストを順に並べ、整理し、分類し、カタログ化し、写本を比較し、テクストを改訂するというものであった。彼のホメロスに関する仕事は、おそらくプトレマイオス二世(前288-前247年)の治世において完成されたと考えられている。

ゼノドトスは、叙事詩や抒情詩の新しいテクストや語彙集を出版したことが知られているが、注解書や研究書を出版することはなかった。それゆえに、古代における彼の後継者たちも、現代の研究者たちも、彼が校訂した際の意図を知ることはできなかった。とはいえ、彼の直接の弟子たちの著作の中には、ゼノドトスが口頭で教授した内容が含まれていると考えられている。

ゼノドトスはさまざまな都市から送られたたくさんの写本を吟味したわけだが、著者によると、彼は最も優れた写本を選び出し、それを中心に校訂した可能性があるという。そして、他の写本の読みの中により優れたものがあればそれを採用したり、また自身の見解に従って読みを修正したりしたのだという。こうした修正作業のことを「校訂(Διόρθωσις)」と呼ぶわけである。

ゼノドトスの校訂について、その恣意性が古代においても批判されることがあったが、著者は具体的な例を用いて、ゼノドトスの校訂法が必ずしも非難されるべきものではないことを示した。ゼノドトスの発明品である「オベロス記号」は、単に便利な道具というだけではない。これは、読者や他の学者が校訂者の判断を評価することができるようにさせる偉大な発明だったのである。ゼノドトスは、真正性を疑っている箇所を隠してしまうのではなく、欄外にオベロス記号を付すことで、それを文脈の中に残したのである。そのようにして、彼は自らの見解を示し、読者がそれをチェックできるようにした。

イオニアのアルファベット24文字にちなんで、ホメロスの作品を24書に分けるというやり方も、ゼノドトスに帰されてきた(Lachmann)。後代の文書の中では、これをアリスタルコスに帰すものもある。しかし、『オデュッセイア』の最古のパピルスは、こうした分け方が3世紀の始め、すなわちゼノドトス以前にすでに存在したことを示している。ゼノドトスはヘシオドスやピンダロスの最初の校訂本を作成したとも考えられている。他のも可能性としては、アナクレオンの最初の校訂本も、彼の仕事だといえる。

ゼノドトスの同時代の学者たちとしては、アイトリアのアレクサンデルとカルキスのリュコフロンがいる。詩人としてのアレクサンデルは叙事詩、抒情詩、風刺詩などをものしたが、学者としての彼は悲劇やサテュロス劇を専門的に研究した。カルキスのリュコフロンは、詩人としては悲劇詩人であったが、学者としては喜劇を専門とした。リュコフロンは喜劇に出てくる頻出語などを収めた語彙集を作成した。アレクサンデルやリュコフロンは、エラトステネスのような後代の学者たちによって批判されているが、ゼノドトスの場合と同様に、これは先駆者として割り引いて考えるべきである。

他の同時代には、ソロイのアラトスが挙げられる。ストア派哲学を学んだアラトスは、『パイノメナ』で知られる学者詩人である。『パイノメナ』においては、科学的な主題が、ストア派的な哲学的・宗教的感情と共に、ヘシオドスのスタイルで扱われている。カリマコスは、アラトスのスタイルを「繊細(λεπτόν)」と呼んだ。彼は『パイノメナ』によって詩の再生を図ると共に、過去の傑作の保存にも努めた。

0 件のコメント:

コメントを投稿